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キャリこれ

パキスタン・イスラム共和国における「女性の雇用促進セミナー キャリア開発理論と実践」に携わって

インタビュー

社員

2021.5.28


スピーカー:株式会社日本マンパワー 取締役・キャリコン講座責任者 田中 稔哉
インタビュアー:株式会社日本マンパワー CDA事務局・講座推進課 五十嵐 賢

始めに今回の事業全体の概要について紹介をお願いします

今回の業務は、JICAの政府開発援助(ODA)の技術協力プロジェクトであるパキスタン・イスラム共和国のアパレル産業技能向上、マーケット多様化プロジェクト(https://www.jica.go.jp/oda/project/1500340/index.html)のなかのジェンダー活動の一環です。JICAから本プロジェクトを受託しているアジア共同設計コンサルタントさんを通してご依頼をいただきました。おおまかに言うとパキスタンのアパレル産業の国際競争力をつけていくために、様々なノウハウや技術を提供しようというものです。
アパレル産業は国際的に見て価格競争が激しく、付加価値付けの難しい産業です。このような状況で担い手として期待されているのが女性です。日本などでは縫製の仕事などは早くから女性が活躍していましたが、パキスタンではまだまだ男性が多く、品質の向上を目指すためにも、女性労働力へのニーズはとても高いのです。しかし地方などでは文化規範によって女性が家を出て働くことへの抵抗感が強いようです。

今回当社が、女性の雇用促進セミナーに携わらせていただくに至った背景や経緯を教えてください

JICAから事業を受託しているアジア共同設計コンサルタント所属のジェンダーの専門家の方が、当社の「キャリアコンサルタント養成講座(CDA対応)」を受講されていました。その中でこの講座におけるキャリアやキャリア支援の考え方、ノウハウを、ぜひこのプロジェクトの女性のキャリア支援に組み込みたいと思われたようです。それでお声がけをいただきました。
ご担当者がおっしゃるには、パキスタンではキャリアの概念として外的キャリア(肩書や地位、給与など)が中心で、内的キャリア(やりがい、充実感、承認実感など)は、あまり意識されないそうです。職業訓練機関のキャリア支援では受講者と仕事のマッチングが中心で、学生・生徒の就労やアパレル産業へのモチベーションを高めることに苦慮しているようです。そこで、日本などで活用されているキャリア支援の姿勢、理論、ノウハウを伝えたい、という思いがあったと伺いました。
今回当社が担当したのは、大きなプロジェクトの一部ということで、短い時間だったので、キャリアやキャリアカウンセリングについて本当に基本的な部分を学んでいただきました。受講者数は日によって少し変動がありましたが、およそ約20名、日本人スタッフも入れると30名くらいでした。事前のお話で想像していたより女性も多く、半数近くいたように思います。都市部の知識階層には女性も多いようです。

研修の全体の流れや構成について教えてください

現地パキスタンの受講者の就業時間後に2時間半で週一回、計3回行いました。東京と現地の職業訓練校数か所をオンラインでつないで講義しました。日本時間では夜の時間帯です。初日は、キャリアやキャリアカウンセリングの定義、スーパーの理論、SCCT理論(自己効力感、結果期待など)をお伝えしました。2日目はロジャーズの中核条件と傾聴の基本、3日目は感情の反映ほかマイクロカウンセリング技法と、自己理解の支援についてお伝えしました。2日目に傾聴のワーク、3日目にライフラインチャートのワークも行いました。
受講者からの発言、質問、受講者同士の対話も多く、とても盛り上がっていましたので、研修2.3日目はけっこう時間も延長しました。
短い時間でしたので、まずは、「相手に話を聞いてもらえるようになるには信頼関係(ラポール)を構築しましょう」「相手の自己概念、例えば価値観や大切していることなどを、決めつけず、ていねいに確認しながらかかわっていくことが大事ですよ」とお伝えしました。

受講者からの反応はいかがでしたか?

多くは教育に関わっている方々なので、理解は早かったように思います。中にはピンときてなかった人もいるかもしれませんが。
「内省(※)を促す」の説明のところでは、ある受講者から「内なるもう一人の自分と対話するよう促すんですね」という感想も出て、とても印象深かったですね。
※内省:自分の考え、言動・行動について深く省(かえり)みること
一方で、「そんな心理臨床的なことまでするのか」「その場合どのくらいの期間学ぶ必要があるのか」などという質問も多かったです。これは以前携わったヨルダンの方々への講義の時も同様でした。2000年前後に日本でキャリアカウンセリングが普及し始めた時の反応とも似ています。日本でのキャリアコンサルタントの業務領域や資格取得・維持のための制度を説明しました。

研修の中で、意識したり、心がけたりしたことはありましたか

ほとんどは、通訳の方を信頼して、日本のことわざなども含め、そのまま伝えました。わかりにくい時は訳す前に通訳の方から確認があるためです。ただ、外国の方への講義では、常に相手国への敬意を持つことが大事です。日本など他国の事例がそのまま通じるわけではなく、その国で行われていることは、それぞれ理由や経緯があります。それに対して十分配慮し、押し付けにならないように気を付けています。特に一神教の国では宗教的な価値観に注意する必要があると感じます。
ワークなどで使うケースや、話題にする事例は、現地でもありそうなものを作成しました。例えば、日本でもあると思いますが、アパレル系の学校に行ったものの「自分には向いていないんじゃないか」「このままの路線で就職したくない」といったケースです。
受講者の中には、「そうは言ってもせっかく来たんだから頑張ってやりなさい」と説得したそうな感じの方もいました。そんな受講者からは「その気にさせるにはどうしたらいいのか」と聞かれましたが、私からは「そういうアプローチも時にはいいのですが、それが通じない場合もあります」「まずは、そう思うことを受けとめ、不安な気持ちに共感しましょう」「そして、どうしてそう思うようになったか、何かきっかけがあったのか、ちゃんと聞いてみましょう」「受容・共感できているでしょうか」などと問いかけました。
終了時に、「今までは自分本位で説得してたんだな」とか、「自分の枠組みで決めつけて話をしてたので、もっと相手のことを聴かなければいけなかったと思う」といった感想をいただきました。普段教える立場なので、そのあたりがやはり難しいようですね。これはどの国でも同様かと思います。

最後に日本マンパワーの今後について教えてください

これまでいくつかの国でこういったお手伝いをしてきましたが、ヨルダンなど日本からキャリアコンサルタント育成のパッケージ自体を学ぼうとする国も出てきました。いずれは国家資格として制度化したいようです。私は2000年から日本でのキャリアカウンセラー養成の事業に関わっていますが、まさに日本のその頃の動きと同じように思います。
国によっては、社会的、宗教的な背景や価値観の中で、人生の選択の幅が狭いと感じている人もいます。そういった方には「外部から取り入れた価値観ではなく、自分本来の自己実現とは何なのか、自分は社会の中でどういう役割を果たしたいのか、を考えてみましょう」と伝えたいですね。
日本ももともとキャリア支援について欧米から多く学び、自国内で発展させてきた歴史があります。ペイフォワードの精神で、私たちが経験し積み重ねてきた知を、アジアや諸外国に向けてお伝えできたらと思っています。
現代カウンセリングの礎を築いたカール・ロジャーズは、皆がパーソンズセンタードアプローチを身につければ戦争などの争いも無くなる、という趣旨のことを言っていたそうです。他人、他国の立場に立って相手に共感し、それを自分事として考えられる力を持つ人が増えてくれば、よりよい社会につながっていくのではないでしょうか。今後もそう信じてかかわっていきたいですね。