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キャリTERAレポート「今、キャリア支援の現場で何が起こっているか?~実践と理論の複合的視点から考える」

イベント

2021.7.29


企業内でキャリア支援に携わっている方やキャリアコンサルティング資格保有者が、対話・情報交換できる場所をつくりたい。
そんな思いから、2014年に株式会社日本マンパワーの「企業内キャリアコンサルタントの寺子屋(以下キャリTERA)」を開始。これまでに20社以上の事例紹介を重ねてきました。昨年2020年の「キャリアのこれから研究所設立」に伴い、キャリTERAも内容をバージョンアップ。
新キャリTERA・第1回目テーマは「今、キャリア支援の現場で何が起こっているのか~実践と理論の複合的視点で考える~」と題して2021年5月18日に実施しました。
ゲストは、三井住友銀行でキャリア相談支援を立ち上げられたSMBCラーニングサポート溝江直樹さん、組織サーベイ等を手掛けるビジネスリサーチラボの伊達洋駆さん。モデレーターは、日本マンパワーフェロー 水野みち氏です。

1、「キャリアコンサルティングをやりたい」と妄想をつぶやく! そして構想から現実へ

溝江さんの第一声は「実は私、こうやってキャリTERAでお話することが夢だったんです。これまでのキャリTERAでは学ぶ側だったので、今回の機会をとてもうれしく思っています」。笑顔とあたたかな雰囲気で、場がスタートしました。
溝江直樹(みぞえ なおき)氏プロフィール
SMBCラーニングサポート株式会社研修部 シニアインストラクター
1988年住友銀行(現三井住友銀行:SMBC)入行。
2016年現職に転籍後、SMBCのキャリアコンサルティング業務を立ち上げる。
SMBC並びに地方金融機関向けキャリア研修などの企画、登壇を行う。
社外では汐留キャリアカウンセラーズコンソーシアム(SCCC)メンバーとして、
企業の枠を超えてキャリアコンサルティングの普及活動を行う。
個人としてキャリアをテーマにした対話型ワークショップを時折り開催。
国家資格キャリアコンサルタント CDA ワークショップデザイナー 兼業主夫
現在、溝江さんは三井住友銀行で働く行員へのキャリアコンサルティング業務に携わっています。同行は、2020年グッドキャリア企業アワード「イノベーション賞」を受賞(※)。受賞理由の中に、「キャリアコンサルタントによるキャリアコンサルティングの積極的実施」という一文が入っているのを見た際、とても嬉しかったそうです。
※厚生労働省が実施する「従業員の自律的なキャリア形成支援について他の模範となる取組」を行っている企業等を表彰する取組み。三井住友銀行様のお取組み内容詳細は、こちら
この嬉しさの裏には、社員にとってまだまだなじみのない「キャリアコンサルティング」をメガバンクに導入する上での苦労の道のりがありました。

“自分が今いる組織で、こんなことができたらいいのに…”
皆さんも、そんなふうに思ったことはありませんか?
溝江さんが2015年にキャリアコンサルタント資格を取得した時、「行内でキャリアコンサルティングを受ける仕組みがあったらなんていいんだろう、やってみたい!」と思ったそうです。しかし、その思いを周囲に語ったところ、「キャリアコンサルティング?何それ?」「あぁ、転職の時に利用するやつでしょ」という反応がほとんどでした。
「行員向けに、キャリアコンサルティングを」という溝江さんの思いは、その時点では、残念ながら、“妄想”だったと言います。
しかし、溝江さんは簡単にはあきらめず、研修で人事部のメンバーに会った時や、上層部と偶然すれ違った廊下などで、キャリアコンサルティングの良さをお伝えし続けたそうです。
キャリアコンサルティングの良さを、何故ずっと周囲に伝え続けることができたのか?
溝江さんは、「途中でモチベーションが下がることは、もちろんありました」と言いつつ、次のことが原動力になったとお話しされていました。
①社内の仲間:SMBCラーニングサポートに転籍した時、キャリアコンサルタント有資格者が4名いたので、その人的リソースが支えになりました
②社外の有志:汐留界隈の企業内キャリアコンサルタントが集まる「キャリアカウンセラーズ会議SCCC」で、別会社ながら同じような思いを持つ人に出会い、安心感や勇気をもらいました
そうしている中で、ついにキャリアコンサルティングに関心のある人事部の方が現れました。その時には、飛んでいって、精魂込めてプレゼンされたそうです。
熱意とプレゼンが実り、溝江さんは、行内の仕事紹介をするイベント「ジョブフォーラム」で、キャリアコンサルティングのブースを出すチャンスを得ます。
予定していた定員の2倍の方がブースを訪れるという結果に、立ち会っていた方々も、「あ、キャリアコンサルティングってニーズがあるんだ」と、初めて同じ認識を持ってくれたとのこと。
その後もキャリアコンサルティングの常設化を人事部に請願し、まずは若手からの提供となったそうです。溝江さんは、研修でキャリアコンサルティングのチラシを配布するなど、社内での啓発活動を地道にすすめていきます。
2019年4月には、社内イントラに「キャリアコンサルティングのチラシ」が掲載され、全行員にキャリア相談支援があることを周知。さらに2020年4月、銀行の方針としてキャリアコンサルティングを強化していくことが盛り込まれた時は、感無量の思いだったそうです。
溝江さんが、最初“妄想”と呼んでいたキャリア相談支援は、こうして、少しずつ現実のものになっていったのです。
現在は、平日土日問わず、希望者にキャリアコンサルティングを提供しているとのこと。
同行では、公募制度、大学院などでの学び直し、60歳以降のデュアルキャリア支援など多様なキャリア支援制度が用意されており、制度を利用してのキャリアの転機にキャリアコンサルティングを利用される人が最近増えているとのことでした。
また、去年、キャリア相談支援をオンライン化したことで、地方・海外拠点の行員にも利用者が増えてきたと、溝江さんは話されていました。
水野より一言
キャリアコンサルティングの社内導入はトップダウンで決まることも多いのですが、溝江さんは、大きな組織の中で、ボトムアップでキャリア支援施策を展開されました。小さな試行を積み重ねて形にしていかれたのです。
組織の中でキャリア支援を実施したいと思われている方にとって、溝江さんの事例は、参考になるとともに本当に勇気を与えてくださるものだと思います。

2、相談内容から見えてくる現場

「最近のキャリア相談内容をテキストマイニングしてみたところ、『今後のキャリア形成』『将来どうしたらいいのか?』といったような、現在から将来に対するテーマがが増えている印象があります。」と溝江さんは言います。
オンライン面談の普及に伴い、キャリアコンサルティングの利用者層が若手から中堅、管理職層にまで広がり、「銀行自体の業務が激変している中で、将来の働き方や選択肢をどのように考えたらよいのか?」という声が増えてきているそうです。
また、利用者には、事後アンケートを実施。アンケート上位3位は、①キャリアの考え方が整理された、②将来について前向きに考えられるようになった、③働く上で気持ちが楽になったという回答だったそうです。
なお、「面談後に行動は変化したか?」という質問には、7割の人が「行動が変化した」と回答し、具体的には、資格取得・自己研鑽といった学びを始めたという人が4割もいたとのことでした。
このアンケート結果に溝江さんは、「キャリアコンサルティングによって考え方が整理されると、資格取得など次のアクションにつながりやすい」ということを実感されたそうです。そして、今後の夢として、全行員へのキャリアコンサルティングの提供、組織開発の視点を持った提言、有資格者の活動の場作りを挙げていました。
水野より一言
現代はVUCAの時代。正解が分からない多様な現実がある中、経営トップは、必ずしも全てを見渡せているわけではありません。
部下が見ている現実を、上司が情報として収集できているか?部下が上司に伝えやすい環境が作れているか?
組織内における相互コミュニケーション・対話の重要性が、以前にもまして指摘されています。溝江さんが今後の夢の1つにお話しされていたように、キャリア支援の取組みを通し、従業員が見ている現実・傾向を上層部に提言していくのは、経営の視点からも非常に意味のあることだと思います。

3、キャリア支援の現場から、組織の課題を読み解く(1) ~パンデミックとキャリアミスト~

溝江さんのお話に続き、日本のキャリア研究第一人者である金井壽宏教授の門下生で、現在、組織サーベイサービスなどを提供している伊達洋駆(だて ようく)さんのお話がありました。
伊達洋駆(だて ようく) 氏プロフィール
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。
2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。
以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。
研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。
著書に『オンライン採用 新時代と自社にフィットした人材の求め方』(日本能率協会マネジメントセンター)、共著に『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)や『「最高の人材」が入社する 採用の絶対ルール』(ナツメ社)など。
「私からは、溝江さんがお話しした現場のことを研究の観点から考察し、この後、皆さんが対話される際の素材を提供できればと思っています。
『行為者-観察者バイアス』という社会心理学の用語があります。他の人に起こったことは(観察者として)その人の内面(性格など)が原因となっていると思いやすく、自分に起こったことは(行為者として)自分の内面や性格ではなく、環境が原因となっていると思いやすい傾向のことです。
今回は、溝江さんのお話であがっていた行員の悩みの原因を、個人の内面に求めるのではなく、私たちを取り巻く環境に求めてみたいと思います。」
溝江さんのお話の中で、伊達さんが注目されたポイントは次の2つです。
1点目は、キャリア相談の内容です。相談の中で、「今後」「将来」というワードが多くあがっていたのは、行員の方が、将来が見えにくい状態、専門的にはキャリアミストの状態にあるのではないかと伊達さんは推測します。
キャリアミストに直面している従業員は他社にも見られ、昨年来のパンデミックが部分的に影響していると言います。
「パンデミック以降、ジョブ型雇用を巡る議論が特に盛んになってきました。長い間続いてきたメンバーシップ型雇用(新卒採用、人事異動、年功序列、長期雇用などを前提とする雇用システム)に修正が加えられようという動きが出てきています。
メンバーシップ型雇用の修正にともない、企業が従業員のキャリアをリードする『企業主導のキャリア』から、従業員が自らのキャリアを考える『キャリア自律』へと転換が起こっています。」と伊達さんは言います。
従業員側からすると、今までは足元(自分の仕事)を見ていれば良かったのが、前方(自分の将来)も見なければならなくなりました。しかし、そもそも変化が激しく予測が難しい現代において、自分のキャリアを考えるのは難しいことです。ゆえに現在、日本社会全体でキャリアミストに直面している人は多いのではないかと、伊達さんはお話を結んでいました。

4、キャリア支援の現場から、組織の課題を読み解く(2) ~今後必要なのは自己効力感を高める働きかけ~

伊達さんが注目したポイントの2つ目は、相談後の行動変容です。
溝江さんのお話の中で、キャリア相談後にとったアンケートで、利用者の約4割が、その後、自己研鑽や資格取得に取り組まれていた点に着目。キャリアコンサルタント側から『資格取得しよう』という働きかけをおこなっていないのに、資格取得という行動変容が起こったことが興味深いと言います。
なぜ、行動変容が起こったのか。そして、なぜ資格取得だったのでしょうか。
伊達さんは、自己効力感が関係しているのではと推測します。
行動変容の要因の一つとして『自己効力感』(特定の行動をうまく遂行する自信)が注目されており、キャリア領域でも、自己効力感の有効性が検証されています。
今回の場合、キャリア相談者の中に、資格を取得するという行動に自信のある方たちが多くいたことが読み取れます。」
伊達さんはその後、個人の自己効力感にも偏りがあり、ある行動には自信があっても、別の行動では自信がなく動けないことがあるとお話しされていました。
例えば、資格取得に対しては自己効力感が高くても、越境や副業には自己効力感が低いようなケースもあること、さらに、そうした自己効力感の偏りも、相談者の性格だけではなく、相談者が置かれている環境が影響している可能性があるそうです。
キャリア支援者の立場に立った時、相談者がどのような環境にいて、どのようなことに自信が有り、どのようなことに自信が無いかを考えていくことも重要ではないかと伊達さんは言います。
なぜなら、自己効力感は、小さな成功体験、ロールモデルの観察、「あなたならできる」といった励ましなどで高めていくことができるからです。
『この先のことを考えないとまずいですよ』と、焦燥感や不安を駆り立てる恐怖喚起ストーリーでは、人はなかなか動きません。
キャリアミストを晴らし、あるいは、その中でも一歩ずつ前に進んでいくためには、自己効力感を高める働きかけが必要ではないかと、溝江さんの話を聞きながら思いました。」
伊達さんの結びの言葉は、変化が激しく予測が難しい現代を生きる“全ての人”を勇気づけてくれる応援歌のようでした。

5、参加者同士の対話・質疑応答

溝江さん、伊達さんのお話のあと、参加者同士の対話を行いました。お二人の話を聞いて、自分にとって心に残ったことや活かせそうなこと、わき起こった疑問などをシェアし合いました。
その後は、溝江さん・伊達さんと質疑応答を重ね、場の全員で学びを深める時間となりました。質疑の一例と、対話の様子をまとめたグラフィックレコーディングを紹介します。
Q「自己肯定感(自己効力感)をいかにして向上させていくか。一歩踏み出すための周りのサポートが必要なんじゃないか」
伊達さん:「ご質問の通り、キャリアコンサルタントだけでなく、職場での周囲の人からの働きかけも重要です。特に、自分のキャリアビジョンを周囲と共有できるような風土づくりがポイントです。
キャリアビジョンを言い合える風土があると、例えば “あなたの気になりそうな情報がイントラに流れていましたよ”というように、お互いに支援できるからです。」
【質疑の内容をまとめたグラフィックレコーディング】

結びにかえて

キャリア支援者同士が対話し合い、学びを深める場として、キャリTERAは今後も2ヶ月に1回開催されます。
ご興味のある方は、ぜひ次回ご参加ください!