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【これからのキャリアに必要な「創造性」とは?】 vol3.ミドルエイジの越境への挑戦(後編)

連載記事

2021.12.21


連載「これからのキャリアに必要な『創造性』とは?」vol.3。
今回は「1つの組織にて働き続けなければならない」というとらわれから離れ、組織の中堅である40代前後に越境した経験をもつ田村さん・西田さんへのインタビュー後編です。
インタビュー前編では、お二人がなぜ「越境」を考えるに至ったのか、その当時の環境変化や、組織の景色、そこから感じていたことなどをお伺いしました。
インタビュー後編では、越境によって見えてきた自分、個人と組織の関係性などについてお伺いしていきます。
■前編記事は、こちら
■田村さん・西田さんの詳細プロフィールは、こちら
【記事 目次】 ※青の目次をクリックすると各段落にジャンプします
1,越境後の変化
2,越境経験者、個人と組織の関係性をふりかえる
3,最後に

1,越境後の変化

ハッカズークに出向してみていかがでしょうか?」というこちらからの問いかけに、西田さんは微笑みながら、「実は自分自身を振り返ってまとめた資料をつくっておりまして」と言って、下記の画面を共有してくれました。
株式会社ハッカズークは、退職者であるアルムナイと退職元の組織とが、ネットワークを通して新しい関係性を構築していくのを支援する企業です。2021年1月から出向がスタートした西田さんは、このアルムナイ事業の企業導入後の活性化・サポート支援を担当しています。
出向が始まった当初は、未経験の事業における不安と、機会を無駄にできないという緊張感が混在していたそうです。そんな中、新しいことをキャッチアップしていく時間と、自分の理解が正しいのかをどうかを確認するためアウトプットしフィードバックを受ける時間とを積み重ねていきました。
西田氏:「上の資料の心理曲線にあらわれているように、2021年3月に、テンションが一度ぐっと低下してしまいました。自分自身がうまくやれていると思ったことが、元々自分が持っていた強みを発揮する仕事だったと気がついたからです。この出向は、自分に不足しているものを補う機会を得る目的だったのですが、最初の3ヶ月でそれが全くできていないことに落ち込みました
ハッカズークのメンバーから、「頑張ってはいるけど、できていないことはできていないまま。変わっていない」とフィードバックがあったそうです。西田さんの成長を思えばこその率直で忌憚ないフィードバックがあったからこそ「逃げずに立ち向かわなければ」という姿勢にマインドチェンジできたと、西田さんは振り返っていました。
西田氏:「以前のエンジニアの仕事には長い歴史があり、仕事の9割近くは、フレームワークや基礎知識など体系立ったものがありました。一方、今いるハッカズークはスタートアップ企業なので、フレームそのものがありません。事業そのものをアジャイルして創っていきますし、自分のキャリアや能力も同時に開発しているという経験をしています」
西田さんは、続けて「今は自分に何ができるか、あえてPDCAサイクルを早く回し続けています」と話してくれました。
環境変化が激しい現在、1つ1つの手順が決まっている「ウォーターフォール」ではなく、トライアルアンドエラーで「アジャイル」に事業や業務を進めていく機会は、スタートアップ企業に限らず各種業界で増えています。
また、自身のキャリア構築においても、現在は、会社が用意してくれたルートを一歩一歩進むのではなく、西田さんが今回話してくれたように、自分に何ができるのかアジャイルしながら作っていく機会が徐々に増えつつあるのではないでしょうか。
西田さんのお話に、自分自身でキャリアを作っていく大変さと、オリジナルの軌跡を描いていく楽しさの両方があるように感じました。
田村さんも、西田さん同様、大手広告代理店という場所に在籍しながらNPOを立ち上げるという越境をした後、しばらくは模索の日々が続いたと言います。
田村氏:「骨の髄までサラリーマンの精神構造でしたので、会社員以外の身分で何かをやるという発想が自分にはなかったのです。会社にいないと何もできない、怖いと思っていた人間からするとプロボノチームを立ち上げたことは大きな変化でしたし、何もない場所の立ち上げは大変でした。頼まれたのではなく勝手に始めたことです。すべてゼロから、全部自分たちでヒト・モノ・カネの調達をやらなければならない。不安で、明け方に汗びっしょりで起きてしまうこともありました
「正直に言えば、会社の仕事より何倍も大変でした。それでも、楽しかったですね。どんなにイノベーションを起こす人でも最初は泥臭く地道なことをやっていますから。
僕自身は、会社の名刺以外にもう1つ①自分が『何者』かであるという身分を持っているという安心感と、②会社ではない部分で自分は動けるのだという自由になった気持ち、そしてなにより、③会社員ではできない社会貢献が有志の仲間たちとできる充実感がありました」
立ち上げたプロボノチームは、東京の各エリアにおいて、地域の小さな困りごとの解決&街の付加価値を高めていくために、アートやエンターテイメントのチカラを使って地域と共生するチームとして活動しています。
再開発エリアにある工事現場の囲いを巨大なキャンバスに見立て渋谷を舞台にした物語が進行する、100名の美大生を含めた総勢200名が制作に携わった「渋谷明治通りプロジェクトhttps://365bunnoichi.tokyo/shibuya-meiji-street-project/)」。
駒沢通り側壁の落書き問題解決に加え、中目黒の新しい名所となるような街のシンボルをNHK「どーもくん」の原作者であるアニメーター合田経郎さんと「なかめエンノシターズhttp://ennositers.tokyo/)」などを今まで創ってきました。
プロボノ活動を通じて様々な人たちに支援してもらい、そして地域・街の人たちとも求められて繋がり、少しずつ形になっていくことを体感してきていました。
渋谷明治通りプロジェクトの実際の画像
また、お話の中で、田村さんの口から何回か「ソーシャルインパクト」という言葉が出てきており、それはどういう考えのもとに使っているのかを聞いてみました。
「僕は『遊びゴコロが世界を救う』と思っているのです。地球上にある最大の資源で、かつ、活用されていないものは、実は人間のユーモアではないかと。これを活用することで平和的に解決できる社会問題もあるのではないかと感じています」
田村さんは、プロボノ活動という越境を通し、自分が社会で実現したいことがより明確になっていったそうです。
次の一歩として、自らリスクを取って社会事業を進める決断をし、大手広告代理店から独立。「遊びゴコロ」をフィロソフィーとした企画事務所、社会実験ユニットsoupleを立ち上げます。新事業体を立ち上げた理由は、プロボノにはないスピード感で、社会にインパクトを与えられるアクションを起こしたかったから。また、オンリーワンではなく、より再現性・汎用性のある事業に昇華させたい思いがあったと言います。
妄想を否定せず、テクノロジーとクリエイティブが力を合わせ、交通トラブルはじめ、心理的ストレスのかかる場所の空気感を一新させる社会インフラ事業『公共空間デザインプラットフォーム ZONE』を進めています。
NPOでできること・できないことを見極め、「エンタメのアプローチで、社会にインパクトを与える」という自らのミッションを果たすべく、事業とプロボノの両輪をまわすという次のステージへと進んでいきました。

2,越境経験者、個人と組織の関係性をふりかえる

越境経験者の西田さん・田村さんに、今、個人と組織の関係性がどのように見えているのかを聞いてみました。
西田氏:「この先トヨタという大企業であっても、キャリア自律を皆が意識し始める時代がくるのは間違いないと思っています。そして、それは様々な形で、組織を離れる・続けるという選択肢があると思っていて。場合によっては定年退職という考え方自体が無くなっていき、70歳になっても働き続けることもあるでしょう。
そしてもっと早くに組織を離れる人もいるかもしれません。でも、トヨタから転職したとしても、いつかその人たちと中長期的に何らかの形で連携できるという未来が絶対来ると感じます」
西田氏:「以前は会社を越境したり離れたりする人は組織からみて『裏切者』という視線で見ていたかもしれません。今までの組織の枠は会社の中という形だったかと思いますが、今後その形は拡がり、辞めた人も緩いつながりをもった仲間のひとりだという感覚になれるのだとしたら。外側にいる人は会社に新しい価値をもたらすかもしれませんし、内側にいる人とも刺激を与え合える関係性になっていくのでしょう
西田さんはハッカズークの事業である「アルムナイとの関係性」という観点から、個人と組織の新しい関係性を見て、組織の枠組みが変わっていくイメージを拡げていました。
田村氏:「これは僕の造語なのですが『孤力(こりょく)』というひとりで突き詰めていく力と『集力(しゅうりょく)』という2つが必要になるのではないかと思います。
『孤力』は孤独なまでにひとりでやらなければならないことは絶対にあるので泥臭く、戦略的に向き合っていく。でも、ひとりでできることなんてたかが知れています。できないことを早々に認めて『助けてください』ということが大事で、その助け合えることが『集力』であり、そういう仕組みや環境を作っていく必要があるかなと」
田村さんは、「個人」として立ち続けることの必要性と同時に、多様な力を持つメンバーが力を合わせ、助け合っていくことの重要性も伝えてくれました。
前述の西田さんの話と重なりますが、多様なメンバーが力を合わせる場(コミュニティ)は、いまや企業の中にとどまらず、同じ思いのもとに集うNPOだったり、アルムナイのネットワークから発展した場だったり様々な場があるのだろうと、改めて思いました。

3,最後に

今回、田村さん・西田さんから貴重な越境体験のお話をお伺いしました。
お二人が越境を経験された40代は、人生の正午を迎え、「自分の人生は本当にこれで良いのだろうか?」と自身のアイデンティティが揺れ、心の葛藤が起きる「ミッドライフクライシス」の時期にあたります。
働き手としても、中堅に入り、プロフェッショナルとして専門分野を進むのか、管理職としてマネジメント・後進育成に注力するのか、将来的に社外転職も考えるのか等、キャリアの岐路を意識する機会が多い時期でもあります。
このような揺らぎや迷いの多い時期に、どうキャリアを歩んでいくか。
お二人のお話(①自分が感じた違和感・焦り・危機感を無視しない、②「自分には何ができるか」「自分が大切にしたいものは何か」を考え続ける ③越境に限らず小さなアクションを積み重ねる・アジャイルし続ける 等)にそのヒントが沢山あるように思いました。
現在、メンバーシップ型雇用(新卒採用、人事異動、年功序列、長期雇用などを前提とする雇用システム)の限界が盛んに言われるようになり、キャリアは会社主導ではなく、従業員自らが考えるものになりつつあります。
メンバーシップ型雇用を前提に入社したミドル・シニア世代にとって、自分で自分のキャリアを考える「キャリア自律」は、まだ心の底から納得して実行できるものではないかもしれません
会社を出ていくのは「裏切り者」、自分のしたいことを考えるのは「わがまま」に感じられる方も、もしかしたらいるかもしれません。
しかし、西田さんや田村さんのお話にもあったように、企業と従業員との関係は変わりつつあります一方的に業務やキャリアを与えられる「親と子」のような関係から、お互いに影響を与え合い新しい事業をつくっていく「対等なパートナー」へと変化する過渡期に私たちはいるのかもしれません。
そうであれば、「自分には何ができるか」「自分が大切にしたいものは何か」を考え続け、越境のようなアクションを起こすことは、企業側にとってもおおいにメリットのあることです。従業員の越境が、企業側に、新しい価値観・イノベーションをもたらす可能性があるからです。
ビジネスにもキャリアにも、正解の無い時代。
働き手一人ひとりが、会社が求める役割に適応するだけでなく、「自分が大切にしたいものは何か」を考え続け自分らしいキャリアを紡いでいくことが、新しいキャリア・ビジネスの創造につながっていくのではないでしょうか。
連載「これからのキャリアに必要な『創造性」とは?」では、引き続き、皆さまが今後のキャリアを考える際のヒントにしていただけるような、新しいキャリアの創造者たちにインタビューを続けていきます。
引き続きのご愛読、よろしくお願いします!
■インタビューに協力くださったお二人のプロフィール
田村勇気(たむら ゆうき) 氏 プロフィール
社会実験ユニットsouple(https://souple.tokyo/
特定非営利活動法人365ブンノイチ(https://365bunnoichi.tokyo/)プロジェクトリーダー
大手広告代理店在職中にエンタメのアプローチで社会課題を解決するアイデアによって「ソ ーシャルビジネスグランプリ」で優勝。プロボノNPOを立ち上げ、その活動が数々のメディアやSNSで話題となる。グッドデザイン賞受賞などを経て独立。
現在はコンテンツビジネス・ソーシャル・スタートアップと3つの軸足を持っており、複数の場で事業を展開している。
西田和史(にしだかずひと) 氏プロフィール
トヨタ自動車株式会社(https://toyota.jp/)生産技術部門
現在株式会社ハッカズーク(https://www.hackazouk.com/)に2021年1~12月出向
新卒トヨタ入社後にエンジニアとして従事していたが、産業変革期において自社への貢献 を考え自らが多様性を取得する機会が必要と実感。ハッカズークというアルムナイとの関係構築をする異業態・異業種に出向。