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キャリこれ

篠田真貴子さんと読み解く「LISTEN」の世界

イベント

2021.12.23


「聴く」ことの意味を豊富な事例で紹介した一冊の本が評判を呼んでいます。
「LISTEN-知性豊かで創造力がある人になれる」(日経BP、Amazonはこちら)。
2021年8月9日の発売以来版を重ね、販売部数は既に45000部(電子版を除く)。その人気の秘密を探る講座が、去る11月1日、監訳者の篠田真貴子さんを講師に迎え、早稲田大学の社会人キャンパスWASEDA NEOで開催されました。
■早稲田大学 社会人キャンパスWASEDA NEO  詳細はこちら
篠田さんは大学卒業後、日系の銀行や外資系コンサルティングファームを経て、ほぼ日にCFOとして参画し同社の上場を手掛け、退任後は1年間の「ジョブレス」という充電期間を設け、昨年からは社外人材によるオンライン1on1を通じて組織変革を進めるエール株式会社に参画しました。本講座は、篠田さんがナビゲーターとなって「LISTEN」の世界を訪ねる旅のような場となりました。

1,「LISTEN」とは?

著者はケイト・マーフィー。ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルなどで活躍するジャーナリストです。本書では、カウンセラー、医療職といった聴くことが大切な職業だけでなく、人質交渉人、即興劇のコメディアン、諜報機関の尋問担当など一見聴くこととは無関係と思われる様々な職業の人たちが登場し、いかに聴くことが重要なのかが語られます。ハウツー本ではなく、「『聴くこと』そのものを賛美する本であり、また文化として『聴く力』が失われつつあるような現状を憂う本でもあります」(冒頭文より)と著者は述べています。
篠田さん:ビジネスコミュニケーション本の書籍では、話し方について書かれたものが大半です。それに比べて聴くことにフォーカスした書籍は、カウンセラーなどの専門家によるハウツー本を除いて非常に少ないですよね。豊富な事例を通して、人の認知や人の心、私たちを取り巻く人間関係、更にスマートフォンが生活に入り込んでいる現代の社会について描いた内容となっていることが、幅広い人が手に取っている理由かもしれません。

2,「LISTEN」との出会い

人の話に割り込んででも自分の主張を通すことが求められる外資系で職業経験を積んだ篠田さんは、もともとまったく「聴くこと」ができない人間だった、と言います。しかしほぼ日で対話の達人・糸井重里さんと出会い、同社卒業後のジョブレス期間の間に様々な人にじっくり話を聴いてもらえる機会を得て、改めて「聴くこと」「聴かれること」の重要さに気づきます。そんな時、エール社からのオファーと共に「LISTEN」そして「聴くこと」に関心を持つ編集者との出会いという偶然が重なり、監訳に至りました。
現在、篠田さんが取締役を務めているエール社は、「聴き合う組織」づくりを外部から支援することをミッションに、AIによって相性診断された2000名の外部の聴き手と企業で働く人たちが1on1を行うことを業態としています。特徴的なのは、1on1が「組織全員」で一斉に行われること。これによって組織内のコミュニケーションが飛躍的に変化するそうです。
■エール株式会社 (yell4u.jp) 詳細はこちら

3,「聴く」とは

篠田さん:コミュニケーションはキャッチボールに例えられますが、楽しく続くためにキャッチする方の力量にかなり依存していますよね。つまり、聴く側の姿勢や技術によって在りようがかなり変わります。にもかかわらず、私たちは聴くことの訓練をまったくやっていません。
篠田さんによれば「聴く」には2つの種類があるといいます。ひとつは、私たちが普段行なっている「聞く」。ここでは、自分の判断軸に照らして(with judgement)相手の話を聴いています。もうひとつは「聴く」。ここでは、いったん判断を保留すること(without judgement)が必要です。
篠田さん:つまり、いったん判断を保留し、相手の発言には「肯定的な意図」があると認識することが大事なんです。話し手が投げた球を同じ角度で一緒に見る感覚に近いでしょうか。
「聞くこと」と「聴くこと」をセットで実践することが、これからのビジネススキルとして必須になっていくでしょう。
著者がもう1点、強調しているのが「何よりも好奇心が大事」だということ。「LISTEN」には何と、35回も「好奇心」という言葉が登場します。

4,ビジネスのパフォーマンス向上に欠かせない「聴く」こと

篠田さんは、「聴く」ことがビジネスのパフォーマンスに多大な効果をもたらすことを3つの視点で説明してくださいました。
第一は「聴く」ことの効用。会議の場面では、誰もが自分の主張を「話すこと」に意識が向き、それによって自分とは異なる意見に否定的な感情が生まれます。しかし、聴くことに意識を向けた場合、同時に肯定的な意図にも意識が向くので、異なる意見もフラットに俎上に乗せることができ、双方の意図を受け取り合う対話になります。つまり、他者の感情や経験などを理解する「エンパシー(共感)」の力が高まっているとも言えます。
篠田さん:なので「対話」ではなく「対聴」と言った方がふさわしいかもしれません。これができると、様々なステークホルダーとの接点が増えタフでストレスな状況になっても、聴く「スイッチ」を意識的に入れることで切り抜けることができます。
第2は「聴かれる」ことの効用。「LISTEN」には、母親が手を貸したり批判したりせず、ただ耳を傾けると、子供の問題解決能力は著しく向上する研究事例が紹介されています。そして大人も同様に、じっくり聴いてくれる人に話せるだけで、話し手の潜在的な問題解決能力が開花することも語られています。
篠田さんは、ここで有名なレンガ積み職人の寓話を紹介しました。レンガ積みという行為が、ある人によってはただの作業にもなれば、別のある人によっては歴史に残る聖堂づくり、ひいては世の中をより良くする取り組みに参加していることにもなります。つまり、働くことの「意味づけ」の仕方によって人は、より高次の目的とつながることができるのです。
聴かれることで、このつながりに気づき、企業理念や事業の存在意義(パーパス)への理解も深まる、と言います。
第3は「チームで聴き合う」ことの効用。「心理的安全性」で有名になったグーグルのプロジェクト・アリストテレス2015で証明されたのは「心理的安全性が高いチームは、メンバー全員が失敗を恐れずに発言・行動できるが、その前提に、互いに尊重し合い、相手の発言を聴き合っている環境がある」ということでした。
にもかかわらず、私たちは聴くことを教わる経験がありません。なぜなのか??「それは、じっくり聴かれた経験がないから」だと「LISTEN」の著者は述べています。
ここで篠田さんがご紹介くださったのが「賢者の盲点」。つまり、良いビジネスパーソンであろうとするほど陥りやすい3つの誤解です。その第一は「聴くことは従うことである」という誤解。第2は「聴くことは受動的である」という誤解。そして第3は「聴くことは怠慢である」という誤解。まるで聴くことで関係性のイニシアティブを奪われる、と考えてしまいます。
篠田さん:私たちは、向上心を持って努力するほど聴くことから遠ざかるパラドックス(逆説)にはまり込んでいることを知る必要があります。しかし、それは修正可能です。「聴く」は「相手の意図に従い」は全くの別物の能動的な行為であり、聴く態度や問いによって対話の質を変えることができ、「聴く」ことでより知的な関係性をつくることができるのだ、ということに気づく必要があります。
そして「組織に所属したら自分を抑えるのではなく、組織に所属することで自分らしさが発揮される、チームで聴くことができる未来があれば一人ひとりの潜在能力が解き放たれるのではないでしょうか」と言う言葉でお話は締めくくられました。

5,「聴くこと」が現場のリアルに効く

ご講演の後は、ご参加者との質疑応答の時間になりました。そこでは「社内で1on1を実施しているが、その場をどう進めれば良いのかわからない」「コロナ禍でオンラインで採用面接をする機会が増えたが、リアルな面談と比べて難しい」といった現場のリアルな悩みや質問が投げかけられました。
篠田さんは、ひとつひとつ丁寧に答えながら強調されたことは「1on1は、あくまで手段」だということでした。オンライン環境だからこそ、相手の意図や感情に注意を払っていることや、それを本音を交えながら伝えることの大切さをお話しくださいました。
あるいは、組織という車を走らせる「アクセルとブレーキがある」という例え。経営者が事業を推進したい、組織を変えたいという意思や行動は「アクセル」です。その一方、現場では変化に抵抗しようとする「ブレーキ」がかかります。そのような時にこそ、組織の変化が働く個人にどのように影響するのか、を丁寧に伝える機能としての1on1や「聴き合う」ことの重要さをご説明くださいました。
最後に篠田さんに「LISTEN」の監訳を通じて起こった変化についてお聞きしました。
篠田さん:「聴くこと」が心や人生を豊かにしてくれるものだということに気づきました。
コロナによって企業や社会における人と人との関係性、人と組織の関係性に亀裂や分断が生まれています。「聴くこと」「聴かれること」が、その亀裂を埋め、分断に橋を架け直していくのではないでしょうか。