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人的資本経営が「より良い社会の循環」をつくる。(後編)

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2022.5.27


■前編はこちら
Q : 日本でもジョブ型へのシフトが急速に進んでいますが、人的資本経営やISO30414とジョブ型の親和性はありますでしょうか?
人的資本の開示という観点からは、ジョブ型でもメンバーシップ型でも、開示は可能です。先ほど申し上げたようにISO 30414が前提にしているジョブ型の方が開示をしやすいのは確かですが、ではメンバーシップ型だとできないか、と言うとそうではありません。単純に「どちらか」に割り切れるものではないと考えています。
メンバーシップ型がベースの会社でも、例えばITエンジニアを採用するときには、ジョブ型の採用をされていますよね。付加価値を生む人材を企業が採用しようとするときに、メンバーシップ型ジョブ型関係なく、ジョブディスクリプション(職務要件)をある程度明確にした上で対応しているのではないでしょうか。そういった領域では、日本企業もISO 30414であっても違和感なく開示を進めることができる、と考えます。
Q : なるほど。メンバーシップ型からジョブ型へ移行しようとしてする中で、それにフィットする形で導入する可能性が高いということですね。
はい。ただ、これからもメンバーシップ型で採用し続けるという企業でも、ISO 30414はツールとしての利用価値が高いと思います。メンバーシップ型かジョブ型か、自社の事業戦略や領域に応じて良い方を使っていって、それに合わせて情報を開示していくということだと考えています。
Q : 今後、人的資本経営が導入されることによって、企業人事の役割は変化していきますでしょうか?
人事にとって使い勝手が良く、意味も大きいと思っています。これまでブラックボックスになっていた人事施策が、可視化・定量化されることで、より経営に対する貢献度も見えてくると思います。
なので、人事の役割は大きくなっていくのではないでしょうか。経験も大事だと思いますが、より科学的に人事施策や戦略を立てていく上で、定量的なものも使いながら経営を議論していく役割がより強くなる、と思います。
Q : 人事部門では、制度設計を行うチームと、キャリアや育成を担当するチームの機能が違って、個別に活動されて来た傾向がありますが、人的資本経営の流れの中で双方の連携が増えていくのでしょうか?
そうですね。研修も変わっていく可能性があるでしょうね。成果や効果もある程度見える化されるとか、誰に対してどういう研修をしていくのかといったところも、より大事になってくるはずです。ISO 30414の58指標の中には「スキルと能力」というカテゴリーがあったり、あるいは後継者計画や将来必要となる人材の能力なども含まれていたりします。海外では「研修」と「開発」は使い分けられています。
先ほどのジョブ型にも関わって来る話ですが、あるポストに必要な知識をつけるためには「研修」を行う一方、そこからさらに上のポジションに行くためには「開発」が必要という考えになっています。なので、研修や開発というものも、より計画的・戦略的にやっていくことが期待されてくると思います。育成担当、全体の戦略担当、採用担当の間の連携がより求められていくでしょう。
Q : 「開発」と「研修」の意味合いの違いをもう少し詳しくお話し頂けますか?
あるポストでパフォーマンスできるようになるために欠けている知識やスキルを身に付けるのが「研修」です。一方、例えばある担当者がマネージャーに昇格するために身に付ける必要があるスキルや能力が「開発」になります。「トレーニング(研修)」と「デベロップメント(開発)」の違いですね。
Q : 今後、指標化されることによって、企業の社員のキャリアにはどのような影響が起こってくると思われますか。
まずは、企業が人的資本に関する情報を開示することによって、求職者や現在働いてる人にとって、自社に限らず他社の労働環境や労働条件が可視化されていくことで、より選択肢が増えたり選択肢の質が高まったりする、つまり非常に良い選択ができるようになることにつながると思います。逆に企業側からは、そういった情報を開示していかないと良い人が取れなくなる、といった面もあります。要は、求職者にとってより良い労働環境を求めることができるようになるということですね。
逆に会社からすると、労働環境や従業員に対する投資、例えば研修機会を増やすこともより積極的に行われる流れができていくのではないでしょうか。
投資家に限らず、求職者からも、「人を大切にする企業が選別されていく良い循環」ができていくと思っています。より人を大事にする会社に人が集まるようになり、そういう会社が生き残っていく「良い選別」が働いていく、と信じています。
Q : 今回改めてISO 30414を大企業が取得する流れの中で、自社の事業戦略に応じて最適な人材開発を見える化して、それに対して開発をしたり投資をしたり、投資のところもトレーニングなどをしっかりとやって結果を出していくことが、経営の価値に繋がるものだということを改めて感じています。その一方、ジョブ型制度の流れの中で企業側が社員に求めるところとして、キャリア自律というような言葉が多く聞かれるようになっています。従業員のキャリア自律を支援していく取り組みはISO 30414の観点から、どんな意味づけや関連性が考えられますでしょうか?
一つあるとすると、コストの部分ですね。ISO 30414のコストの指標の中に総雇用コストといった従業員に対する投資を見ようとする指標がありますが、そこでは従業員自身が自分のキャリア開発のために研修を受けるところに会社としてサポートする部分も、コストも含めて開示を考えることができると思います。自社の戦略に応じて、そういった部分に力を入れていることを対外的にどう開示していくかは、より重要になっていくでしょうね。
つまり、社員のキャリア開発に会社として力を入れているということを意識的にハイライトして開示することも可能です。加えて、従業員それぞれの研修受講時間や参加率を開示していくことも重要となります。ISO 30414は、58指標以外のものを開示してはいけない、ということではないので、むしろ社員の成長をサポートする取組みを併せて開示していくことが、今後さらに必要になっていくでしょうね。
Q : 58の指標に関連付けて見せていくという方法もあれば、日本企業独自の取り組みとして開示する機会にもなっていく、ということでしょうか?
おっしゃる通りです。グローバル水準としての最低限のガイドラインなので、日本企業独自の指標を設ける余地はあります。例えば、グローバルにも高い水準と思われる安全や福利厚生などの取組みを開示していく動きは、今後ますます増えていくのではないでしょうか。
Q : 世の中で人的資本経営やその開示が今後も動いていく中で、従業員個々人がどのように準備をすればいいのか、一方で上司がどういう観点で人的資本経営に対して準備をして、部下・個人に向き合っていけばいいのか、お考えをお聞かせ頂けますか?
従業員としてという意味では、これまで以上にさまざまな会社の人的資本に関する情報、例えば雇用環境や労働条件が見えてくることになります。
そのため、キャリアという観点からは選択肢が今の会社だけでなく広がっていくと思う一方で、会社の中で経営に近い重要ポストに行きたい場合には、会社側がそういうポストを定義しているかどうか、後継者計画を作っているかどうかは見ていくべきでしょう。
自身がそういう後継者計画に入っているかどうか、入るためにはどうしていけばいいのか、どういう能力をつけていけばいいのかといったところをより意識し、一定の仕事をしていく必要性が高まっていくのではないでしょうか。
一方、上司の観点からは、部下がそういう情報を、今後より多く持つことができるようになることも考えながら接していく必要性が出てきます。いい人材を採用して引き止めていくためにどうすればいいのか、良い人材に選ばれるためにどうしていくべきかを、これまで以上に真剣に考えていく必要性が高まるでしょう。加えて、ISO 30414には倫理とコンプライアンスの指標も含まれますが、世間で言われるハラスメント等のリスクの側面は当然ながら注意していく必要があります。あるいは部下のエンゲージメントを高めていくためにどうすればいいのか、それが生産性にどう繋がっていくのかを、上司の立場からより強く意識していく必要が出てきます。
Q : 投資家目線だけではなくて、1人1人の従業員がどのように関係するのか、より経営に資する人事になれるのかが、よく理解できました。
日本の場合は、投資家が注目するよりも先に、求職者や学生が素早く反応するので、採用ブランドを強化しようという企業が多いです。なので、上場していない中小企業などは投資家というよりも、労働市場を意識して動いていくのではないかなと思っています。
Q : 最後に、人的資本経営が導入されることによって、日本人の働き方やキャリアが、どのようになって行けば良いと思われますか?
先ほど少しお話しした「良い循環」が生まれてくればいいと思っています。
要は、人にちゃんと投資をする、人を大事にする会社が、そうした情報を対外的に発信し、それが求職者や投資家に評価され選ばれることで、さらに中長期的に成長していくような世の中になっていってほしい、と思っています。ただISO 30414をとればいいやということではなくて・・ あくまでISO 30414はツールなので、そのツールを使って良い会社が増えることで世の中もより良くなる「良い循環」ができてくると良いな、そのために人的資本が使われていくと良いな、と思っています。

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