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(前編)企業内キャリア支援者向けイベントレポート これからの企業内キャリア支援者に必要な知識とスキル

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イベント

2023.10.31


2023年9月1日、企業内キャリア支援者を対象として「これからの企業内キャリア支援者に必要な知識とスキル」をテーマにイベントを開催しました。
本イベントは、日本マンパワーにおいて立ち上げた「企業内キャリアコンサルタントの寺子屋 オンラインコミュニティ」の設立記念イベントとして実施しました。イベントの内容をダイジェストでご紹介します!
〇登壇者
ユースキャリア研究所 代表
日本キャリア開発協会 理事
博士(心理学)・キャリアコンサルタント・公認心理師
高橋 浩 様
日本マンパワー フェロー
キャリアのこれから研究所 所長
JCDA認定スーパーバイザー、CDAインストラクター
水野 みち
個と組織の仲介者としての企業内キャリア支援
講演者 ユースキャリア研究所代表 高橋 浩様

1.「新しい心理的契約」の必要性
(1)心理的契約とは
今、日本には「新しい心理的契約」が必要なのではないか。私はこんな風に感じています。「心理的契約」とは、形に残る通常の雇用契約とは異なります。
「当該個人と他者との間の互恵的な交換において合意された項目や条件に関する個人の信念」を意味します。「互恵的」ですから、個人が組織に何かを期待し、それに対して組織も個人に何かを提供するという関係です。
こうした関係が心理的なレベルで存在すれば、エンゲージメント(深い関係性や関わり)も高くなるだろうと考えています。
以前の日本社会では、組織が終身雇用・年功賃金を提供し、個人はそれを享受する代わりに組織への忠誠・従属を提供していました。双方にメリットがあり、ある意味でWin-Winの関係でした。
ところが、終身雇用制度は崩れ始めています。今後はおそらくなくなっていく方向だと思います。では、心理的契約はどうなっていくのでしょうか。

個と組織との関係を考えると、終身雇用・年功賃金は「個人が組織に依存している」と考える人が多いかもしれません。でも、視点を逆転させると、実は「組織が個人に依存している」と考えることもできるのではないでしょうか。

従業員がいなければ組織は動かないからです。そういう意味では「相互依存」の関係だとも言えます。そして、それが「心理的契約」とも関連していました。

(2)新しい心理的契約に向けて
しかし、今後、終身雇用・年功賃金が崩壊すると、新しい相互依存・心理的契約が必要になります。お互いに何か新しいものを提供しなければならないということです。もちろん、従業員が労働力を提供する代わりに賃金をもらえるのは当たり前ですが、それ以上のものをお互いに提供する必要があるのではないかと思うのです。
もっとも、個人においても組織においても、自身が何を望んでいるのかは案外不明確です。特に個人はその傾向が強く、たとえば「仕事を通じてどういうことを望んでいますか」「将来どうなりたいですか」などと問いかけても、「よくわかりません」と回答される方が多くいらっしゃいます。
特にシニア層ではわからない方々が多いようです。ですから、新しい心理的契約をつくるためには、自身の望みを明確に言語化していくことが非常に重要になってきます。

2.キャリア支援者は調和の仲介者
(1)キャリア支援者は、組織戦略と個人のキャリア形成を調和させる仲介者
先ほど述べたように、組織と個人の間に新しい心理的契約が必要とされる今、企業内のキャリアコンサルタントあるいはキャリアカウンセラー(以下、総称して「キャリア支援者」という)の最大の使命は、組織戦略と個人のキャリア形成を調和させる仲介者であることだと考えています。
特に、個人一人ひとりのニーズを理解し、それを経営者や人事部門、ミドルマネジャーと連携を図って、組織戦略と個人の成長を調和させていく。そうした形で支援していく役割なのではないかと思います。
そのために、個人が組織に何を望んでいるかのニーズをしっかりと掘り起こしていくことが大切です。一方、組織にも戦略などのニーズがありますので、それも押さえながら調和をしていくということです。
また、さまざまな関係者と連携を図ることで、個人のモチベーションやエンゲージメントを向上させていくことも大切です。それが結果的に、組織全体の成果を高めていくと考えられます。
なぜなら、組織を構成しているのは経営者だけではなく、社員全員だからです。社員全員がより良くならなければ、組織も良くなりません。「個と組織」という表現をすると対立概念のように聞こえるかもしれませんが、実は対立概念ではなく、双方があって初めて成立する関係だと理解していただければと思います。
つまり、キャリア支援者には、経営者と社員(組織の成員)の両者について情報収集して理解しながら働きかけ、両者がうまく調和していく接点をつくっていく、あるいはそれを拡大していく役割があると思います。
(2)キャリア支援者が行うのは、間接的な支援
こう言うと、「キャリア支援者は組織開発を中心にするのか」「経営コンサルタントのような立場なのか」などと思われる方がいるかもしれません。もちろん、キャリア支援者は、特に個人のキャリアを支援するとともに、本人がそれを自覚していくようにサポートするわけですが、組織に対しては間接的な支援を行うという役割になります。
立教大学の中原淳先生らが執筆された『研修開発入門 「研修評価」の教科書』(ダイヤモンド社)には、「人材開発自体が直接、企業の利益をもたらすことはない」と書かれています。売上は戦略や市場などと関係しますので、人材が変わったからといってすぐに成果に直結するわけではないのです。とはいえ、戦略に応じた行動をとることができる人材を採用したり育成することは不可欠です。
キャリア支援も同様です。企業内でキャリア支援を行おうとすると、経営者から「それによって売上を高められるのか」と聞かれるケースがありますが、答えはNoです。キャリア支援は「どのように行動変容を起こしていくか」、その結果「その行動変容が当該企業の戦略といかに呼応させるか」が大事だと思います。

3.個人に対するキャリア支援
(1)個人に対するキャリア支援1 ~より根源的で本質的なWillの言語化~
個人に対して必要なキャリア支援について、私は、まずキャリアアセスメントをする必要があると考えています。ここでいうアセスメントとは、いわゆる「Will」「Can」「Must」、また「Vision」「Plan」などがどうなっているかの点検です。それらを個人がどう捉え、どう考えているのかを確認します。
なかでも私が最も大事だと考えているのが「Will」です。これは単に外的キャリアとしての「やりたいこと」ではなく、「より根源的で本質的なWill」を言語化することです。「Will」のことを「この部署で働きたい」「将来こういう役職に就きたい」など外的キャリアで捉えている人がいますが、それらは「Will」の表層でしかありません。大切なのは、「なぜその部署で働きたいのか」「なぜその役職に就きたいのか」という「なぜ」の部分なのです。こうした問いを繰り返していくと、もうこれ以上答えが出ないという状態になります。それを「根源的で本質的なWill」と私は呼んでいます。
私が「Will」を重視するのは、次のような理由からです。
日本文化では、組織内で「自分はこういうことをやりたい」と主張すると、わがままに映ってしまいます。組織に所属しているのだから組織に従うのは当たり前、という風土が強いからです。そのため従来、企業は、「Must」「Can」の部分である能力開発・人材開発にトップダウンで取り組んできました。そこに個人の意思「Will」はあまり反映されてきませんでした。
それで社員の皆さんのモチベーションが上がるでしょうか?答えはNoです。モチベーションのベースになっているのは「Will」だからです。今後はそこをきちんと明確にしていく必要があります。
そして、この「Will」をいかに引き出すかが、キャリア支援者の最も重要な技能だと思っています。「Will」の言語化支援にあたっては、個人の過去を追体験して共感的理解をし、さまざまな語りの中から意味を推察する帰納的推論をする能力も必要でしょう。
(2)個人に対するキャリア支援2 ~個と組織の整合~
また、Willにあたって重要なのが、個人のキャリア形成と組織の戦略や理念などと折り合いをつけて調和させることです。それなしに「Will」だけを助長すると、それこそ「わがまま」になってしまいます。
「組織における社員の心の揺れ動き」を図にすると、次のようになります。
横軸の「職業的アイデンティティ」とは、「Will」「Can」「Must」などを個人がどう捉えているかということです。ここがしっかりと確立していて、なおかつ縦軸の「組織との関係」で「親和」していると、望ましい状態だと言えます。
ただ、どのような状態の人でもさまざまな葛藤をしています。右上の状態にある人でも、「もっと組織に調和した方がいいのではないか(図中の調和)」「いや、自分はこう考えるから、本来はこうあるべきだ(図中の反骨)」など、強い意思を持ちながらも揺れている人もいます。あるいは、職業的アイデンティティが薄弱で、「組織に従うべきか(図中の従属)、組織を飛び出して自分がやりたいことだけをやるべきか(図中の自己中心)」など大きな揺れがある人もいます。
個と組織とが調和するためには、こうした葛藤を克服していく必要があります。それはある種の発達課題ではないでしょうか。それを乗り越えながら自己成長し、うまく組織と調和できる人材が、Win-Winの関係が作れる人材ということになります。
何よりもポイントとなるのは、「Will」と「Must」との葛藤です。言い換えれば「個と組織の整合」です。「やらなくてはいけないけれど、そこにはこんな意味があるんだ」などの働く意味や働きがいなどが見えてくると、うまく整合していくでしょう。最近では、ジョブ・クラフティングという手法もあり、「自分らしさ」(Will, Can)を仕事(Must)に追加することでやりがいが見えてくることがあります。この辺も重要なスキルになります。

4.ミドルマネジャーへのコンサルテーション
では、組織の人、特にミドルマネジャーに対して何が必要でしょうか。
ミドルマネジャーを上司と言い換えると、キャリア支援者は上司といかに連携していくかが大切です。なぜなら、日常的に部下をマネジメントしているのは上司なのですが、時間的面や能力的な面からそれが難しいからです。
そこで、キャリア支援者がその部下と面談をして、「Will」や能力「Can」について理解したとします。その際に、本人の了解のもと、上司と情報共有しながら、どのように部下を育てていくのか、どうマネジメントしていくのか、あるいはキャリア形成をどう自律化していくのかなどについて、助言をしていくというやり方があります。
この手法を心理学では「コンサルテーション」と呼んでいます。
ミドルマネジャーに対するキャリア支援者の役割には、大きく二つあります。
一つ目は、部下育成における上司の困りごとへの助言・教示です。まさにコンサルテーションで、部下の特徴・課題を踏まえて、キャリアの専門家として知見や技術を提供します。
二つ目は、上司と協力しての部下育成です。上司とのコラボレーションという言い方の方が適しているでしょう。作戦会議を実施し、育成目標を共有して、役割分担をして部下のキャリア開発・能力開発をともに支援します。

5.経営者・人事部門との連携
経営者や人事部門との連携も大事です。
キャリア支援者は従業員の面談を通じて、キャリア上の課題や、キャリア形成上の組織の問題を明らかにして、得られた情報を個人が特定されない形で集団分析をします。それを経営者や人事部門に提言します。それによって、環境改善や制度改善を行うというサイクルを回していくことができます。
経営者・人事部門に対して必要なことをまとめると、キャリア支援者には、組織全体の成果を高める仲介者であることが求められます。場合によっては、「組織の手先」なのか、それとも「個人の味方」なのかと疑問視されるかもしれませんが、「両者調和のエージェント」と考えていただければいいのではないかと思います。
 そのためには、キャリア支援者は面談能力の他にいくつかの力が必要です。列記すると次のようになります。
・経営者のニーズ・課題を引き出す力(カウンセリング力)
・組織をシステムで把握する力(システム思考、システムアプローチ)
・メディエーションの応用(二者間の仲裁スキル)
・集団分析の力(調査、集計、質的・量的分析力、考察力)
・改善策の提案(4つの支援側面の発想力)
・連携力(見立ての共有、支援目標の設定、役割分担、リーダーシップ)

6.改善策の提案~4つの支援側面
先ほど取りあげた「キャリア支援者が、組織全体の成果を高める仲介者であるために必要な力」の内、「メディエーションの応用」と「4つの支援側面」についてもう少し詳しくご紹介します。
(1)メディエーションの応用
「メディエーション」とは、対立する二者間を仲裁する手法のことです。私たちの周りにはさまざまな紛争事があります。1対1の人間関係にもあります。そうしたことをうまく調整して適切な関係にしていく手法です。
組織内には人間関係で悩んでいる人たちがいます。特に上司と部下との間によく見られます。そうした際にメディエーションを応用すると、うまく仲裁することが可能になります。カウンセリングの技能と共通する点が非常に多いので、キャリアコンサルティングの勉強をされた方は比較的習得しやすいのではないかと思います。
(2)4つの支援側面から、改善策を提案する
また、経営者や人事部門に対する改善策の提案は、「4つの支援側面」で考えることができます。「4つの支援側面」とはコミュニティ心理学で唱えられているものです(組織も一つのコミュニティ)。「4つ」とは、「組織か個人か」「直接か間接か」をマトリクスにして分類したものです。
まず1つ目は、個人に対して直接支援する側面です。これは、キャリアカウンセリングが代表格になります。
2つ目は、個人に対して間接的に支援する側面です。支援者がクライエントを直接支援せず、他者を介して支援するものです。これは、先ほど述べた上司へのコンサルテーションが代表格です。管理職教育/訓練なども、自分以外の誰かを通じて個人を支援するやり方の一つです。
3つ目は、組織に対して直接支援する側面です。支援者が、特に人間的な環境に接触して、組織・職場の理解力・支援力を上げていく、つまり職場を特定の個人にとってよりサポーティブな状態に変えていく方法です。
たとえば、障害のある社員に対して、職場の周囲の方が障害特性を理解し、どのような仕事を、どのような依頼の仕方をすればその社員が生き生きと働けるのかを工夫できるように支援することです。障害者に限ったことではありません。誰にも得意/不得意があります。能力面だけでなく、感情面や家庭事情などの個人差もあるでしょう。
そうした個の違いを相互に理解しながら仕事を進められれば、すばらしい環境になると思います。対話型組織開発の研修もこの側面に相当します。
最後の4つ目は、組織に対する間接的に支援する側面です。支援者が社会的・物理的環境に接触し、組織・職場の理解力・支援力を高める仕組みを工夫するものです。たとえば、就業規則などのルールを改訂したり、制度を改善したりすることです。そうしたことで環境を変えていく方法もあります。
これら4つの支援側面を把握しておけば、たとえば今、組織内でキャリアカウンセリングだけを行っているとすれば、「これは個人・直接の支援で、ほかに3つあるんだ」と理解できるかと思います。あるいは、人事担当者として制度づくりに取り組んでいれば、「ほかにも3つのやり方がある」と理解いただけるでしょう。そして、「ほかのやり方ではどんなことができるだろうか」と考えていただけるのではないでしょうか。
皆さんも上手にこの4つの側面をご活用いただければと思います。
■後編はこちら

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