連載「未来へつながる仕事」。
「技術革新の目覚ましい現代、10年後20年後、どのような新しい仕事が生まれているか?」
「未来の仕事で必要なスキルや、働く人たちが大事にしている価値観は?」
このような疑問に対し、最先端の世界にいる人へのインタビューを通して、未来展望のヒントを得ようとする連載です。
連載第3弾は、プロマインクラフター・タツナミシュウイチさんにインタビュー。マインクラフトのワールドの創り手で、マインクラフトを使った新しい教育に取り組まれています。
前編では、タツナミさんのキャリアの変遷とともに、マインクラフトを使った教育の最前線をお伺いします!
●インタビュアー:NPO法人ArrowArrow代表 海野千尋
●執筆:NPO法人ArrowArrow代表 海野千尋・株式会社日本マンパワー 緒方雪絵
タツナミシュウイチ氏プロフィール
日本で最初のプロマインクラフター
東京大学大学院情報学環客員研究員/常葉大学造形学部客員教授
マイクロソフト認定教育イノベーター・FELLOW
Minecraft Education Global Mentor/Minecraftカップ全国大会 審査員長
プロクラフター団体 Japan Crafters Union 代表/株式会社KEC Miriz 執行役員
★タツナミシュウイチオフィシャルWebサイト こちら
★タツナミ氏詳細プロフィールは こちら
■Minecraft(マインクラフト)とは?
ユーザーが仮想空間の中で自由に動きカスタマイズすることができるサンドボックス型ゲーム。世界で最も売れたゲーム(2023年時点)。
サンドボックスは日本語で砂場を意味する。まさに砂場で遊ぶかのように自由に創り、壊し、再設計することが可能。遊び方もさまざまで、木・土・石などの素材を立方体の3Dブロックで創って建築物を組み立てたり、さまよい歩いているモブたちと戦ったり、オンラインで友達とつながって共に建築やサバイバルを楽しんだりできる。
2016年より教育版としてMinecraft: Education Editionがスタート。教育機関でも使用され学びのツールとしても認知され始めている。
―タツナミさんは現在、Minecraftのワールドやアイテムを作ったり、Minecraftを使った教育に取り組む等、プロマインクラフターとしてご活動されていますよね。Minecraftという創作活動に関わる、その「ものづくり」の原点はいつ頃からスタートしたのでしょうか。
タツナミシュウイチ氏(以下、タツナミ氏):幼少の頃からものづくりが大好きでした。木材を集めて下駄を作ったり、外側からお金がとれないような貯金箱を制作したり、さまざまな素材を使って自分の好きなものをつくってきました。
その後、声優という職業を目指し始めます。きっかけは、中学の古典の先生に「タツナミは、本当にいい声だよな。低音の魅力だな!」と言われたひとことでした。自分の声が低いという認識は全くなかったのですが、褒められたことが印象に残り、自分の唯一の武器で人に誇れるものではないかと思いました。この声を仕事にしたい!と思い、足掻いた結果声優に辿り着きました。
-声優をスタート地点に、そこからキャリアはどのように変化していったのでしょうか。
タツナミ氏:脚本を書くなど、演劇や芝居に関するものづくりへと仕事の幅が拡がっていきました。一時期は、北海道の専門学校や高校で講師として教鞭をとっていました。
-その後2010年に上京されたんですよね?
タツナミ氏:そうですね。上京後は、声優だけでなく、アニメに関する映像や音楽の制作にも関わるようになりました。アニメーションのオープニング曲やサウンドトラックを制作し、ものづくりの幅が一層拡がっていきました。またその頃に、Minecraftも始めました。
声優や映像・音楽のクリエイターとして様々な発信をし、声優は大好きな仕事だったのですが、このあと2015年に誹謗中傷の被害を受け、数年間、表舞台でクリエイティブな活動をすることが出来なくなったのです。
2.自分を救ってくれたもの、それがMinecraft
タツナミ氏:人生のほとんどを占めてきたクリエイティブな活動ができなくなってしまったことは、自分にとって大きな衝撃でした。家族の支えで立ち直ることができましたが、このとき、僕の手元にたった1つ残されていた『ものづくり』がMinecraftだったのです。Minecraftの中でワールドを創って、コツコツと作品を創り続け、後のために残すことを続けていました。
-ご自身のキャリアの中で一番苦しかった時期にMinecraftがあったことはタツナミさんの救いになっていたのですね!
タツナミ氏:今ふりかえると、Minecraftがなかったら『今の私』は存在しなかったと思えるほど救われたと思います。「これしかできるものがない」という想いがありましたけれど、一方で、やはり楽しいからやり続けられたという点も大きいです。Minecraftを極めるぞ!というような挑む気持ちよりも、Minecraftが傍にいて、そして楽しい気持ちを持ち続けて制作してこられたから、今に繋がっているように感じます。
-プロマインクラフターのお仕事について教えてください。
タツナミ氏:Minecraftにおける世界を『ワールド』と呼びます。ワールドやワールドで使うアイテムは、ユーザーが創ってMinecraft Marketplaceで販売することができます。
僕はクラフター仲間と一緒に2017年に、ワールド[睦月城]を出品しました。出品申請時は、ワールドの規模や構造などを厳しく審査されました。審査に合格した2018年、アジア圏内で初めて出品が認められ、プロマインクラフターとしての仕事をはじめました。
タツナミ氏:プロマインクラフターの仕事は、ワールドを制作するだけではありません。Minecraftを人に知ってもらうこと、Minecraftに実際に触れてもらうことも、プロマインクラフターとしての仕事に含まれると思っています。
教育版の『Minecraft Education』を使った教材制作、特別支援教育でのMinecraftの活用などに、先陣を切って取り組んできました。その結果、大学と共同研究させてもらったり、講師をつとめる常葉大学では、Minecraftを用いた授業が正規授業として単位認定されたりするようになりました。
4.マインクラフトを活用した教育、新しい分野の開拓
-タツナミさんの活動によってMinecraftと教育の現場がグッと近づいていった印象がありますね!現在、どのような教育の現場に携わっていますか?
(1)平和学習におけるMinecraftの活用
タツナミ氏:2つの事例をご紹介します。1つは平和学習におけるMinecraftの活用です。東京大学大学院情報学環の渡邉英徳教授と共に、日本の過去の戦争の歴史をこどもたちに教えています。広島や長崎の原爆投下や核兵器についてもふれていくのですが、「怖い・恐ろしい」といったネガティブな印象を変えられないかと思っていました。
そこで、2023年の夏、広島県にて『Minecraftで広島の歴史を学ぼう』というワークショップをおこないました。
原爆にまつわる展示や資料、模型を見て学ぶという調べ学習から始まり、Minecraftの中に、原爆が落ちる前の広島の街並みを再現していくプログラムでした。
*画像は現在の広島のイメージ
子どもたちは、Minecraftで広島の街を作って「楽しかった!」と言ってくれました。
今までの広島の平和教育では、残念ながら、楽しかったという言葉が出たことはほとんどないそうです。
原爆で壊された後の惨状を知ることも大事だと思います。加えて、壊される前の良かった所をMinecraftの街づくりを通して知ることで、「こんな素晴らしい世界を原爆で壊しちゃいけない、大切にしよう」という気持ちを子ども達にもってもらうことも、平和教育の1つだと思っています。
(2)Minecraftを使った宇宙開発教育
タツナミ氏:もう1つは、宇宙開発教育の場です。JAXAと一緒に、Minecraftで2050年の月の世界を創り、月面の世界を体感する『
LUNACRAFT(ルナクラフト) *詳細は
こちら』をつくりました。
宇宙は、人類にとってのフロンティア。現在、火星移住の計画も進んでいます。その前段階として、火星にロケットを送るための月面基地も必要だと言われています。
*月面基地のイメージ画像
LUNACRAFTでは、JAXAが実際に月周回衛星で観測し取得したデータをもとに月の地形を再現、そして、必要最低限の設備が揃った基地ドームをつくりました。基地をどう拡げていくかはユーザー次第です。
ここで重要なのは、基地を作るにあたって、月にある資源を活かすことです。
というのも、地球から多くのものを持ってはいけません。ロケットのスペースに限りがありますし、持っていくものが重いものほど、打ち上げるのにエネルギーが必要です。
「今日は、月面のどこ(地下も含む)を探検し、何の資源をとってこよう?」
「今日は、ドームにある道具を作って、こんな道具を作ろう!」
といった月面基地でのファーストステップの体験がLUNACRAFTでできるのです。
-月面シミュレーションが、Minecraftの中でできるんですね。LUNACRAFTを体験した子ども達の中から、将来、宇宙飛行士や宇宙産業に携わる人も出てくるかもしれませんね!
歴史教育・宇宙開発教育…Minecraftが教育の現場でできることはバリエーションに富んでいますね。
タツナミ氏:でも、Minecraftはあくまでツールです。Minecraftを与えるだけでは何の役にも立ちません。大事なのは、『Minecraftを使って何を創るか』です。Minecraftは万能な魔法ではありませんので、あればよいというものではなく、大切になってくるのは人間の意思、好奇心や探究心です。それがなければ、何も始まりません。
海野:Minecraftがゲームだけではなく学びと繋がっていることがよく理解できました。そしてMinecraftを含めて、どんなに素晴らしいツールやプラットフォームがあったとしても、それを何のために使うのか、使う人間が持つ力が重要なのだという強いメッセージをタツナミさんから受け取りました。
インタビュー後半はタツナミさんの仕事における価値観の転機や、Minecraft×教育の現場で感じていること、未来への視点に迫ります。
タツナミシュウイチ氏プロフィール
<略歴>
●1976年8月30日生まれ 青森県弘前市生まれ、北海道札幌市育ち。
●2004年より北海道札幌市で映像や音楽のコンテンツ制作に従事。高等学校や専門学校で教鞭を執る。
●2010年、上京しMinecraft(当時アルファ版)に惹かれ映像コンテンツを制作開始。株式会社ドワンゴ(当時)にてMinecraftをはじめとする様々なゲームプロモ番組やイベントステージ制作を手掛け声優作詞家としてクリエイティブな活動にも従事。
●2018年、Minecraftマーケットプレイスにて「睦月城」を発表。アジア初、日本初の Official Minecraft Partner の一員としてマインクラフトのプロマインクラフターとなる。同年マイクロソフト認定教育イノベーター(Microsoft Innovative Educator Expert)拝命。
●2020年、『 Programming Learning Award 』を受賞。
●2021年、日本人7人目のMicrosoft Innovative Educator FELLOW の称号をマイクロソフトより授与され、MIEEのメンバーを務める。明治大学サービス創新研究所や慶應義塾大学SFC研究所など大学の研究所で、Minecraftの教育教材制作や特別支援教育での活用を教育機関と共同研究。
●2023年、常葉大学にてMinecraftを活用した講義を開始。日本で初めてマインクラフターが大学にて正規講義の教鞭を執る。同年東京大学大学院情報学環に客員研究員として招聘。
同年、常葉大学造形学部客員教授を拝命。
働き方・働くことに関する企画・編集。NPO法人ArrowArrow代表。複数の場で「働く」を実験中。