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《これからのキャリア発達モデル イベントレポート》 第1回 複線と伏線

連載記事

2024.8.9


2024年7月3日、「これからのキャリア発達モデル~9つのテーゼ(テーゼ全体のご紹介はこちら)」の内容をご紹介するイベントを開催しました。
イベントの内容をダイジェストでお届けします。9つの中から、第1回目は「複線と伏線」について考えます。
●執筆:原博子 キャリアカウンセラー

1.主催者挨拶
キャリアのこれから研究所所長 水野みち
~主催者の水野さんの挨拶が始まると、画面に映る参加者の皆さんから発せられる熱量が増し、このイベントへの期待を感じました。熱量があったのは、この記事を書いている私も一緒だったのかもしれません。~
水野:パンデミックを経て、社会や組織を取り巻く物語はどのように変化してきたでしょうか。そして、皆さん一人ひとりのキャリアの物語は、どのように変化したり、発展したり、織り合い紡がれたりしているでしょうか。
このあたりもぜひ考えながら、一方で、この物語というものが組織内のキャリア自律においてどのような有効性があるのかということも疑問に持ちながら、考えていく時間になればと願っています。そして、まずはキャリアの物語を形成するには、ナラティブが大切であるということを提唱している、マーク・サビカス博士の映像をご覧ください。

2.マーク・サビカス博士の映像を参加者とともに鑑賞~インスピレーション映像~
~2021年に開催した「キャリアのこれから研究所設立イベント」で上映した、マーク・サビカス博士の映像を再上映しました。~

3.大原理事長のお話
日本キャリア開発協会 理事長 大原良夫氏
インスピレーション映像鑑賞終了後、いよいよ大原理事長のお話が始まりました。
大原理事長(以下、敬称略):日本キャリア開発協会の大原です。皆さん、今の映像を見て、何を感じたでしょうか。今日は、用意してきたセリフよりも、この場で思いついたことを色々と喋りたいと思っています(笑)。
~大原さんが「その場で思いついたことを色々と喋りたい」と言ったことにより、参加者の皆さんの力が一気に抜けたようでした。「伝える側」「受け取る側」という関係性を超えて、それぞれが思うまま、感じるままに自由に考え、それを表現できる、そんな場が醸成されました。~

(1)「謎」という考え方が組織の中で馴染むのか
大原:サビカスの話の中に「謎(ミステリー)」という言葉がありました。この「謎」という考え方は組織の中にどれくらい馴染みがあるでしょうか?今日はこのことを問題提起したいと思います。
サビカス博士が映像の中で話した「謎」 ※映像を文字起こししたものです
And so, I call career counseling an identity intervention.
私はキャリアカウンセリングをアイデンティティ介入だと考えます。
It’s not about finding a job.
仕事を見つけることではありません。
It’s about declaring who you are, identifying yourself to yourself
あなたが誰であるかを自分自身に宣言し
solving the mystery of yourself
あなた自身の謎を解き、
and identifying yourself to other people.
そして他者に対して自分が誰であるかを示すことです。
サビカスが「あなた自身の“謎を解く”」と言いました。例えば企業内で開催される研修やセミナーで、サビカスの言葉を使って「今日は、あなた自身の謎を解くんです」と言ったとします。たぶんみなさんポカンとするのではないでしょうか。「謎」って何?と。企業の人材育成では「謎」という言葉は恐らく馴染まない言葉だと思います。そういう意味では、そもそも「ナラティブ」というのは企業の中で馴染まない。それはなぜなのでしょうか?そのようなことを今日は皆さんと一緒に話せたらと思います。

(2)なぜナラティブなのか~「意味形成」~
大原:なぜナラティブなのか。今日のテーマでもある「意味形成」につながっています。今、「意味形成」というものが強く求められていると思っています。人材育成の中で、いわゆる能力やスキルという話の方が大きなテーマかもしれない中で、意味と言っています。それはどういうことなのか。明確な答えはありませんが、皆さん一人ひとりが考えていくことが必要なのではないかと思います。私は、ナラティブの必要性について人に説明するとき、二つの切り口で説明しています。

(3)ナラティブの必要性 その1「メタコンピタシー」
大原:心理学者のダグラス・ホールは、環境変化が激しくなってくると、それに対応するために2つのメタコンピタシーが必要だと言いました。一つは「適応」です。環境変化が激しいため、自分を変えていかなければならないと。もうひとつは「アイデンティティ」です。自分のことを考える能力がこれからますます必要なんだと言いました。自分にとっての意味や、自分の「アイデンティティ」というのは、やはり語らないと意味が出てこない。自分がどう生きてきたのか、どう生きたいのか、ということが重要になってくるのです。

(4)ナラティブの必要性 その2「人には訳がある」
大原:私が子供の頃、このようなコマーシャルがありました。「人には訳(わけ)がある」と。色々な仕事をやっていると、忙しいとか、なんでこんなことをやってるのかと、様々な障害や理不尽なことがあるものです。そんな時には、訳が必要なんだ、と。そして、語ることで自分にとっての意味が出てくる。語ることの重要性について改めて自分の人生も少し思い出しながら考えていました。

4.パネルディスカッション
モデレーター:キャリアのこれから研究所プロデューサー 酒井章
酒井:今日のテーマは、テーゼのうちの一つの「複線と伏線」です。まずは水野さん、改めて「複線と伏線」についてのご説明と、大原さんに期待することをお話しいただけますか 。
水野:弊社のキャリア自律サーベイの尺度の中には、この「物語る力」、つまり「意味形成力」が入っています。これまでの人生の様々な紆余曲折、一見無駄と思えるような経験、遠回りに感じられる出来事や役割に意味がある、価値があると考えて、つなげて物語にしていくという力が、ウェルビーイングを高め、ひいてはエンゲージメントを高めていく効果もあるということが、私どもの調査でもわかっています。
大原さんに期待することですが、じつは大原さんは私の元上司なのです。そのため、世間で流行り出す前からサビカス博士やナラティブのことを探求していたのを知っていました。今回は、日本キャリア開発協会の理事長という役割も担っている大原さんが、世の中の激動を経て、今、どのようなことを感じているのかをぜひお聞きしたいと思い、ご登壇をお願いしました。
大原己が何者なのかということを喋る。まずは己からですね。そして、そこから今度は社会につなげていくというのがナラティブではないかと思っています。自分の心に引っかかることを自分のキャリアのテーマとしつつ、それを社会というところにどうやって置き換えていくのかを考えてもらうというのが私はキャリアカウンセリングの一つのミッションだと思っています。要は、自分だけが幸せになるんじゃなくて、「社会的成熟」につなげていく。そういったことを考えてもらう。
水野:JCDAでは2年前の大会のときに「大きな物語」をキーワードとして掲げました。物語は、外の世界との相互作用で出来ていると思っています。
サビカス博士のセリフに「相手が物語れるように聴くんだ」とありました。ただ出来事を聞くのではなく、その人が物語れるように聞く。物語は、人の主観的世界の中にある。
重要なのは、そこに自分の世界を聴こうとしてくれる人がいることです。関心を寄せて、自分の世界を信じ、聴いてくれる人がいること。それにより、さらに豊かな物語になっていくのです。しかし、相手が批判的だったり、評価判断したり、何らかのフレームで決めつけたりしていると、その人の物語は膨らんでいきません。自分の内面の感覚を信じられなくなるからです。お互いを尊重し合う場や時間を取ることで、大きな物語が作られる可能性が拡がるということを改めて大原さんの話を聴いて感じました。

★企業組織の中でナラティブを形成することは可能なのか
酒井:さて後半は、企業組織の中で、ナラティブを形成することが可能なのかというテーマで、お二人にお聞きします。まず、大原さんからご覧になって、今の企業、組織というのはどのように見えていますか。
大原:私が「自分の人生や己を振り返ることはすごく重要ですね」と言うと、多くの方は「全くそうですね」と言うんです。ところが、所属する企業の立場からは、「こういった語りを設けること自体が組織の効率からするとあまり良くないんです」という展開になるわけです。個人はすごく面白くて重要だと思うけれど、組織としては、「いいからそんなことよりも仕事やってくれよ」「早く成果を出してくれよ」と。ナラティブというようなものが、なかなか形成しづらいのはそのためなのではないかと思っています。
酒井:今の大原さんの問い、とても大切ですね。ちなみに大原さんからみてナラティブが生まれる企業ってどのようなものでしょうか。
大原:創業者の言っていることや会社のミッションを、ただ繰り返すのではなく、社員が、その中に自分というものをうまい具合に重ねて語ることのできている企業です。それが出来ている企業は、ナラティブが生まれる企業なのではないかと思います。つまり、創業者や会社と自分とをきちんとつなげられる人が、自分のナラティブを語れる人なのではないかと思います。
酒井:水野さんは、どう思われますか。
水野:組織の大きな文脈の中で役割として自分のことを語ったり、相手の期待に沿って行動したり、ということが組織にとって都合が良い側面はあると思います。そのため、企業内では、自分は何を感じ、何を大切にしているかということを問われる機会が少ないようです。
そのため、自分を大切にする時間の少なさが、次第に自分を削いでいってしまう。気がつかないうちに自分の活力が沸いてこない、どこかいつも疲弊している状態になる。そして、知らず知らずのうちにパフォーマンスが落ちてしまう。「静かな退職」といった言葉もあります。その組織に属していても、気持ちは全く属していないという現象が起きていることが話題になっています。
これは何なのでしょう?それは、「自分の物語を生きているかどうか」ということではないかと思います。だからこそ、意図的に一人ひとりが自分の物語を取り戻していくことが大切です。そのための仕組みや、営みを随所に取り戻していくということこそが、今、組織が意識すべきなのではないかと思います。
相手に関心を持ち、相手の物語を聴く、つまりは、その人のアイデンティティを聴く。そんな聴き方をしていくということが、まさに役員にもマネージャーにも必要ですし、仲間同士も必要だと感じています。キャリアコンサルティングの能力は、一部の専門家のためのものではなく、社員全員が持っていても良いのかもしれません。
酒井:水野さんにさらに聴きたいのが、今自分の物語を取り戻すと仰いましたが、その上で、今日のテーマとなっているテーゼ「複線と伏線を育む」というのはどのように役立つでしょうか。
水野:まず、複線についてですが、私たちはたくさんの役割や様々な場面で生きています。それらは多くの場合、バラバラの記憶の箱に入っていると思います。例えば、仕事は仕事。プライベートはプライベートといったように分断されている。それを人生全体で捉えて語り直した際に、じつは相互作用を及ぼしていることに気がついたり、統合されて新たな大きなストーリーが出来上がることがあります。
また、伏線とは、人生においての紆余曲折や不本意な転機を現しています。その時は望ましくないと思えるかもしれません。しかし、それらが自分にとってどのような意味があるのか、どんな風につながっていくのかを考えてみることが「自分の物語を取り戻す」こと、つまり伏線回収につながるのだと思います。「ああ、あの時のあの出来事があるからこそ、今これが得られているのか」といった感覚です。
サビカス博士は「自分の好きな物語は何ですか」と聞きます。好きな映画、本、そこに流れる物語は何かを聴きます。それらは、自分の物語に流れるプロット(物語の筋書)を発見する手掛かりになるから聞くのです。
例えば、誰もやったことがないことにチャレンジする主役が現れる映画が好きと語った人は、恐らく誰もやったことがないことにチャレンジするという生き方を選んでいる、またはそうしていない自分に苛立っている可能性があります。でも、そのプロットに気づいていない場合も多いものです。しかし、人生のテーマが見つかると、バラバラだったものが物語として見えてきます。
ですので、組織の中で、一人ひとりの人生テーマ、価値観にも通じる物語を豊かにしていくことによって、モチベーションも上がります。その上で、その物語を生きていくことをお互いにサポートする。物語が織り合わさって、同じ船に乗っている組織として何が世の中に提供できるのか。どのような価値が提供できるのかという文脈でつないでいくと、組織として強い物語が生まれていくのではないかと思います。
組織のミッション、ビジョンと言うと組織の上から下に降ろすという発想になりがちですが、ボトムアップで、一人ひとり物語を紡ぎ合いながら組織の物語を作っていくという発想も大切だと思います。それがキャリア自律による人的資本経営なのかもしれません。
大原:サビカスの言った「謎」とはどういうことなのか。今、改めて感じています。我々が、主観的な世界を大切にしていこうと声高に言わないと、その人自身、あるいは企業内のキャリアというものが出来てこないのではないかと思います。だから、今こそ私は企業の人たち一人ひとりの会話を重視しようと、そういったことを位置づけるような考え方や、施策をやってもらいたいと思いました。

5.対話
~「参加された方々が主観的に感じられたことを語ることによって、ご自身が受け取られた意味というのを外に出して、それをまた咀嚼して、相互作用で膨らませていく。そんな感覚でブレークアウトの時間をお楽しみください」という水野さんの言葉で参加者の皆さんがグループに分かれて対話されました。
そして、メインルームに戻ってきた皆さんの表情には「言葉にした」「つながった」実感を持った方特有の充実感に溢れる様子がうかがえました。

6.クロージング
水野:今日はいかがでしたでしょうか。腑に落ちたところもあれば、不明確だったところもあるかもしれません。すぐに「謎」を解かずに、少しご自身の中で温めながら、また次回以降も続くこの9つのテーゼに一緒にお付き合いください。
次のテーマは「年齢を超えよう」です。私たちは誰もが大なり小なり自分に対して決めつけているもの、「いい年だから、まだ若いから」とか、「私は女性だから、男性だから」「私は今こんな仕事をしているから」などと、色々な限界を抱いている可能性があります。それを超えていくということが、これからのキャリアにおいて大切です。第2回目では、それをテーマに扱います。
第3回目は「こころの成長痛」と称し、当社の田中より「ネガティブケイパビリティ」を紹介すると共に、不透明な中、答えを出さないで佇む、そこに居続けることで生まれるキャリア自律を語ります。
また、9つのテーゼにご関心を持っていただきましたら、ワークショップもあります。組織内でどれくらいの人たちが「意味形成力」を持っているのかを知りたい場合はサーベイもご用意をしていますので、是非、お声がけください。皆さまと一緒に、キャリア自律を通して、誰もが望む方向で組織や社会が成長できることを願っております。引き続き、どうぞよろしくお願いします。ご参加ありがとうございました。
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