「これからのキャリア発達モデル~9つのテーゼ~」の内容をご紹介するイベント第7回目。今回のテーマは、9つのテーゼの中の『あるべき自分とありたい自分の両方を意識しよう』です。
まずは、立命館東京キャンパス所長(イベント登壇当時)の宮下明大さんにご講演頂き、その後「キャリアのこれから研究所」のプロデューサー酒井章氏、研究所所長の水野みちも交えてパネルディスカッションを実施。その後、参加者の皆さまと共に豊かな対話の時間を持ちました。
●イベント実施日 2025年2月26日
●「これからのキャリア発達モデル~9つのテーゼ~」詳細ページは、こちら
●執筆:原博子 キャリアカウンセラー
1主催者からの挨拶
水野:本日のテーマは「あるべき自分とありたい自分の両方を意識しよう」です。
私自身、キャリアカウンセリングをしている中で、こんな声によく出会います。
「本当は、こんなふうに生きたいと思っている。でも一方で、『こうあるべき』『こうするのが正しい』といった、社会や家族、周囲からの期待に応えようとして、自分を否定してしまっている」 ーそんな方は、実は多いのではないでしょうか。
私自身も、そうした葛藤を抱えながら揺れ動き、経験を重ねる中で少しずつ「自分らしさ」を見つけてきました。
また逆に、「本当は、こんなことがしたかったんだ」「心の奥では、こういうことを求めていたんだ」と気づく——そんな方も多くいらっしゃいます。 このような気づきや葛藤を経て、キャリアの相談に訪れる方は少なくありません。
「あるべき自分」と「ありたい自分」。このふたつは、人生の中で何度も揺れ動き、そのたびに意識し直されるものではないでしょうか。
私たちは、キャリアカウンセリングの現場で、経験が自分に何を語りかけてくるのか、そしてその経験から何を学ぶのかを大切にしています。
あらためて、みなさんに問いかけてみたいと思います。
あなたにとっての「こうあるべき姿」と「こうありたい姿」は、どんなものですか?
そのふたつの間で揺れたり、板挟みになったりした経験はありますか?
そのとき、どのように気持ちを整理し、自分自身を変化・成長させてきたでしょうか?
そこには、これからのキャリアを考えるヒントが、きっとたくさん詰まっていると思うのです。
当事者として、そして支援者として、私たちはこのふたつの「姿」をどう扱っていけばよいのか。
今回は、宮下先生にご登場いただきます。
2宮下明大氏のお話
宮下 明大 氏
合同会社カレッジーズ 代表 関東学院大学 特任教授
前 立命館大学 東京キャンパス 所長
宮下氏:はじめまして。私は1965年生まれ、大阪出身です。東京に来て、大体8、9年ぐらいになるのですが、どうしてもイントネーションが関西風でございますので、そこはご承知おきのほどお願いいたします(笑)
~柔らかな笑顔と人を包み込む優しさが全身から立ち現れる様子が画面越しからも感じられ、日々、学生とそういった雰囲気で接していらっしゃる宮下氏のお人柄がこの瞬間に感じられた冒頭の自己紹介でした。~
(1) 高校生の進路選択と大学受験の悩み
宮下氏:高校生が大学を選ぶときの悩みの種類はさまざまです。 一つは「自分の学力の問題」です。どの大学のどの学部に行こうかと、精神的なプレッシャーや経済的な負担の問題などもあると思いますが、どうしても外的な要因、つまり他人の価値観に影響されやすいものです。
特に中高一貫で小学校5年生、6年生の時に一所懸命勉強をして進学校に入った子供たちの中には、入学してから残念ながら成績が上向かず低迷している事例も見受けられます。進学校にいるので有名大学に入りたい、親御さんも有名大学に入れたい。 でもちょっと厳しそうで、「自分のモノサシ」を持てずに、「外のモノサシ」で心がとても揺れてしまう。
「共通のモノサシ」から外れてみて、「勉強ができない」と言葉にすることを我慢して、たとえば芸術の分野や体育の分野で頑張ってみたいといった「通常の皆さんが持つモノサシ」とは違うところに自分の心を持っていくことができる高校生もいます。 しかし、日常的には親や兄弟、友達、先生などの目線といった外的要因が強いと思うのです。
一方、「高校生はこうあるべき」と、我々の方でも考えてしまっているのではないかと思っています。最近では、制服や校則を生徒たちが自分たちの頭で考えて「こうあるべき」でなくて、「こうありたい」と提案する事例も出始めているからです。
・悩みの種類
・学力不足や進路選択の迷い
・精神的プレッシャーや経済的負担
・外的要因の影響:他人の価値観に左右されやすい
・判断軸は外のモノサシ「高校生はこうあるべき」
(2) AO入試について
宮下氏: ここで少しお話ししたいのは、学力試験についての問題提起です。 ご存じの方も多いと思いますが、AO入試(アドミッションオフィス入試)が、日本では1980年代後半に慶応大学の湘南藤沢キャンパスで導入されました。アメリカでは書類選考で「アドミッションオフィサー」という専門の職員が書類選考をして入学許可を出します。一方日本では、先生方が試験問題を作ってデジタルに採点をして合格者を決めるという方法が一般でした。
しかし、AO入試によって評価軸が多様化していったわけです。 客観的な教科・学力のスコア以外で、志望理由や将来性を評価することはとても難しいんですね。高校生がどんな勉強をして将来どういうふうな人になりたいか、大学でどんな勉強をしたいのか、といった自分軸みたいなものを一所懸命考えさせるということです。
(3) 他人軸から自分軸、相対値から自分の思いを絶対値にする
宮下氏:AO入試では、志望理由、面接活動の実績や課外活動などを通じた将来性などを、絶対評価します。 例えば甲子園の夏の大会で優勝したピッチャーと全国NHK放送コンクールで金賞を取ったアナウンス部門の生徒と比べても比較対照しづらいですよね。 そういう意味で、「絶対評価も選抜における信頼性として担保していく」ことが、大学受験の中でも理解が得られるようになってきたということです。AO入試では、受験生にも「自分のアタマで考えて書いて自分の価値観を明確化する」作業を通じて自分の将来を描くことが求められるようになると思います。 他人軸から自分軸、相対値から自分の思いを絶対値にする、ということですね 。
ある受験生の事例をご紹介します。その人は出願書類の中で、自分自身が性同一性障害であることをカミングアウトして、大学入学後は自分らしく生きたい、性差のない社会を作る活動をしたいということを主張しました。 もう10年以上前の話です。AO入試という自分自身の考え、実績、将来やってみたいことを評価するような試験にチャレンジする場では、自分の問題意識や関心を明確にしたり、卒業後の進路までも詳細に考えて自分なりに考える幸せの在り方を面接で説明する受験生も出てくるという事例です。
(4) 大学に入ってからの学びとキャリア形成について
宮下氏:次に大学に入ってからの学びとキャリア形成についてお話しします。最近では、年内で大学合格の切符をもらう人が大体半分ぐらいいます。 そうなると12月に合格通知をもらった後、1月から3月にどのように過ごすかが大事になってきます。 試験のためだけではなく「何のために学ぶのか」ということです。
ここで、スポーツ推薦で合格した高校生に対する働きかけの事例をご紹介します。英語はあまり得意ではないけれどスポーツがよくできる合格者に、英語の参考書を渡して「これで英語の勉強をしろ」と強いるのではなく、「もし世界選手権で優勝したら、どんなスピーチをしますか?英語で考えてみましょう!」という問いかけをして、「こんな風になってみたい」「こんな自分でありたい」ということを考えてもらいながら一人ひとりの成長に目を向けたアドバイスをしました。
(5) 異なる価値観のぶつかり合い
宮下氏:大学に入ると「自己概念の確立」がキャリアのテーマになります。さまざまなバックグラウンドを持った学生が全国から、あるいは海外から集まってきます。常識も背景も異なる中で、価値観をぶつけ合いながら交流することで自己概念を確立するのではないかと思っています。また、たくさんのロールモデルを見ることで、将来なりたい自分、あるべき自分、そしてありたい自分というものを明確にさせていくのではないかと思います。
ですので、初年時教育を大学では大切にしています。哲学や自然科学といった答えの出にくい問いに取り組むことがすごく大切だと思います。 学生生活の中で力を入れる、いわゆる「ガクチカ」についてはコロナ禍の頃は、 多くの学生がどうしていいかわからない状況だったと思います。人と会わない、ご飯を食べるときも別々に食べる、あるいは大学の授業もオンライン授業に切り替わりました。
このときに顕在化したのが「大学での学びとその周辺領域」という問題でした。 大学は一定の単位を取って卒業しますが、クラブ、サークル、留学、アルバイトやボランティアは正課外ですよね。 オンラインだけで授業をやって、オンラインでディスカッションをしてレポート書くだけで、クラブやサークル、ちょっとしたお喋りなどが全然できない状況でした。
改めて正課、単位を取るだけでなく、それ以外のところで学生が成長していく大学での学びの重要性に気づかされたと思っています。ちなみに「ガクチカ」という言葉が出てきたのは、2010年頃ですが、いつの間にか、面接官の意図に反し、就職活動で突破するためのツールを指す言葉みたいになってきているのが現状じゃないかと思っています。
(6) 社会人デビューとリアリティショック
(よくある悩み)
・「思っていた会社と違った」
・「考えていた仕事ではなかった」
(問題の要因)
・学生時代からの「他人軸」や視野の狭さ
・会社側の不十分なコミュニケーション
・世代間で異なる価値観のギャップを埋める仕掛けの不足
3パネルディスカッション
~キャリアのこれから研究所のプロデューサーの酒井氏の進行のもと、宮下氏、水野を交えてパネルディスカッションしました。~

酒井です。よろしくお願いいたします。キャリアのこれから研究所の設立に関わり、現在プロデューサーという形で関わらせていただいています。
(1) 親の期待に沿えなかった挫折感

子どもが今度中学生になるのですが、あらためて地域を見渡すと——それこそ隣の地域も含めて——親御さんたちが本当に教育熱心だなと感じます。少子化の影響もあり、子ども一人にかけられるお金や時間、リソースが比較的多く、幼児期からしっかり教育に力を入れている家庭も少なくありません。
いわゆる「教育の早期化」が進んでいるようにも思います。ただ、そうした中で私が親として本当に気をつけなければいけないと感じているのは、「親の理想どおりの子どもに育てよう」としてしまう子育てです。
その方向に行き過ぎると、子どもが自分の思うように頑張ったとしても、親の期待に届かなかったときに大きな挫折を感じてしまうんです。しかもそれは、「自分が目標に届かなかった」こと以上に、
「親を失望させてしまった」「自分はもう理想の子どもではないのでは」「このままでは愛されないのでは」——と感じてしまう。その痛みのほうがずっと深いように思います。
日本は、教育を受けられる環境が整っているはずなのに、子どもの自殺率が非常に高い。世界と比べても高い水準であるという現状を考えると、こうした家庭環境や育てられ方も、少なからず影響しているのではないかと感じています。実際に、キャリアカウンセリングの現場で相談を受けていると、「親の期待に応えられなかったこと」が、強い挫折経験として心に残っている方も多くいらっしゃいます。
中には、軽いトラウマのようになっていて、それが自分の価値観や生き方を縛ってしまっているケースもあります。だからこそ、「誰かの期待に応えられなかった」という経験を、どこかのタイミングでしっかり受け止め、乗り越えることがとても大切なのではないかと思っています。
そしてもうひとつ、「必要なレールの外れ方」——つまり、予定どおりの道から外れてしまうことが、結果としてその人を強くすることもある。そんなふうに感じることも、私にはあります。

子供さんが優しいんですよね、親に対して。子供さんはやっぱり親御さんのこと、お母さんを大切に思っていてお母さんの言うことをできるだけ聞いてあげたいと思っているようです。学生の相談に乗っていても、知らず知らずのうちに親の意向に誘導してしまいます。学生自身の物差しに近い着地点に持っていくように気をつけています。

過度に他人の期待に応えようとしないで、失敗もできたり長期的な視点を持ったりすることが必要だというお話を聞いて、企業側の責任も大きいな、と感じました。学生を通して企業側の問題点についてはどのようなことを感じられますか。
(2) 企業側の問題点

たとえば、企業における戦略のもとで留学生を積極的に採用しよう、と考えられるのは良いと思います。しかし、トップの一存で深く考えないままに留学生を採用してみようかな、といった企業もあることは事実です。だから外国人人材が定着せず、頻繁に転職しています。
コロナ前でしたが、東京キャンパスで留学生の採用を積極的にしている企業の人事の皆さんに来ていただいて、留学生とのパネルディスカッションをしたことがあります。
そのとき、我々大学としては企業の皆さんに「もうちょっと(留学生のことを)きちんと考えてください」と申し上げました。
留学生が日本に定着してキャリアを形成するために、どういうキャリアモデルを会社が提示をしていただいているのか。どんなふうにその人を育てるのか、ですね。 そういうことをきちんと考えていただかないと、せっかくいい人を採ってもうまく使えなかったり、お互いの損失が多かったりするのではないか、とおもいます。

多くの企業では、イノベーションを起こすためにDXが重要だと言われていますが、どうしてもそれにふさわしいDX人材を慌てて採用したものの定着しない、ということが起こっていると思います。
宮下さんがお話しになった企業側の問題について、水野さんはどう思われますか?

昔、ある人事担当の方から、「学生時代に受けてきたキャリア教育は、入社と同時に一度リセットする必要がある」といった考えを伺ったことがあります。つまり、学生は「私はこれがやりたい!」と希望を持って入社してくるものの、実際の職場では思い通りにいかないことも多く、そのギャップにどう向き合うか、どう乗り越えるかといったことを、企業内で改めてキャリア教育として教えていく必要があるという声です。これは、いわば「マッチングのその先」、思い通りにいかない現実をどう捉え、どう成長の糧にしていくかというフェーズに入っているとも言えます。
企業側には「予想外の出来事にどう適応するか」「それをどう自分のキャリアに取り込んでいくか」といった視点で、キャリア形成を支援していってほしいという期待の声もあります。
例えるなら、降り立った場所で「そこで美しく咲きなさい」と言われるようなもの。
従来ならばそれで良かったのかもしれません。しかし今では、新入社員のうち半数以上が「数年以内に転職を考えている」とも言われています。ではそれで仕方ないのかというと、この発想も気を付けないと、気に入らないから辞めるとなってしまっては、自己成長が望めず、葛藤がつきまとうキャリアになってしまう可能性もあります。
このように、企業のキャリア支援のあり方やスタンスも、大きく変わっていく必要があるタイミングに来ているのかもしれません。
「キャリアの捉え直し」を行っていくことが大切です。それは、お互いのWin-Winを探求していくことではないかと思います。メアリー・パーカー・フォレットという経営学者が「PowerWith」という概念を提唱したそうです。これは、「PowerOver」という支配関係ではなく、共にお互いの力を発揮するという考え方です。人々に意思があり、「やらされる」なんて望んでいないということです。フォレットはリーダーシップ論にも大きな影響を及ぼした人として有名です。社員のキャリアを考える際、この考えはヒントになります。企業側も変化する必要があります。キャリアと密接にかかわってくるマジメントの在り方、経営の在り方も問われるのではないかと思います。
4参加者との対話
~参加者の皆さんの中で数名の方がお声を聴かせてくださいました~
(1)キャリアセンターに来ない学生でも1人ひとりの動きを手厚く見る
参加者Mさん
キャリアセンター自体の利用率が、どの大学も3割ぐらいだという話を聞きました。キャリアセンターに来ない学生をどう支援していくのか、という点についてどのようにお考えですか?

キャリアセンターに来る学生は一定数ですが、来ない学生でも、就職活動に対して、今どういう位置にいるのか、どういう状態にあるのかを、1人ひとり丁寧に見るようにしています。
「1人ひとり手厚く見る」という意味は、必ずしも対面でアドバイスするということではなくて、就職活動をする学生さんを、必要な場面で必要な支援をしていく、ということです。例えば、公務員を目指して勉強している人なら、公務員試験の合格発表の翌日に連絡して、合格したかどうか確認する。試験に落ちて民間に行くのであればすぐ相談しにいらっしゃい、とかですね。 あるいはメーカーを希望しているのにメーカーの説明会に全然来ていない学生には「どうしたの?」って聞くとかですね。我々は、一人ひとりの動きをバックヤードで見ているという形ですね。
(2)「あるべき自分とありたい自分」について改めて焦点を当てる

「あるべき自分」と「ありたい自分」というテーマについて、もう一度立ち返って、改めて焦点を当てて考えてみたいと思います。
宮下先生からもお話がありましたが、学生たちが揺れ動く時期において、「あるべき自分」というのは、どうしても他者軸、つまり“他人の目”に左右されがちですよね。
一方で、自分の中にある「ありたい自分」を見つけていく——その過程に、どう寄り添っていくか。今日はそこを少し掘り下げてお聞きしてみたいと思っています。
たとえば、ある学生が「私は芸術家になりたいんです」と言ったとします。
でも、その人はこれまでに誰かに才能を認められた経験もなく、コンクールなどに応募したこともない。
「何か賞を取ったことあるの?」「そもそもどれくらい実力があるの?」と問われたときに、明確に答えられないような場合です。
そうすると、その人を「現実を知らない」とか「認識が甘い」と見て、ただ是正しようとする人は多いと思われます。しかし、そうではなく、「なぜその人はその世界に惹かれたのか?」
「その夢には、その人にとってどんな意味があるのか?」…そういった部分に意識を向けることのほうが大切なのではないかと、私は感じています。
芸術家になりたいと言う、その背景には、一人ひとりの“物語”があるはずなんです。それを無視して、「リアリティギャップだ」と早々に評価して正そうとするようなキャリア支援には、私はどこか違和感を覚えます。
もちろん、現実をどう認識するかという視点も、無視できないとは思います。
ただ、それでもなお、「あるべき自分」と「ありたい自分」の間で揺れる人にどう寄り添うのかというのは、支援者として大切なのだろうなと思います。宮下先生は、この点についてどうお考えでしょうか?

どんな自分になりたいのか。職業がゴールかもしれませんが、「なりたい」を具体的に深掘りしてあげた方が、いま水野さんがおっしゃったようなことに近づくのではないかな、と思います。
5宮下氏最後のひとこと「誘導しない支援者でいたい」

今回「あるべき自分とありたい自分の両方を意識しよう」というお題をいただきましたが、私自身、キャリア支援者としてどうあるべきか、どうありたいのかを考える機会になりました。
一番最初、そして最後にも述べさせていただきましたが、ありたい姿が明確になると力がはいってくると思います。 それが成長のエネルギーだと思いますし、誰かに指示されるものではなく、自分自身がそうありたいんだということです。そうなるまでには色々なプロセスがありますが、できるだけ寄り添って誘導しない支援者でいたいと思っています。
6水野の最後のコメント ~少年に差した一筋の光:ありたい自分のエネルギー~
水野:宮下先生、ありがとうございました。
少し私からもお話させていただきたいのですが、私は以前、アメリカの大学のキャリアセンターで働いていたことがあります。そこで、初年次教育——いわゆる大学1年生の導入プログラムの中で、キャリア面談を担当していました。新入生を対象に、15分間という短い時間ではありますが、一人ひとりとキャリアについて話をするんです。
その中で、今でも忘れられない学生がいます。彼は「特別枠」で入学してきた学生で、成績を見ても他の学生と比べてあまり良くはありませんでした。
面談の中で「将来、どんなことがしたいの?」と聞くと、彼は迷わず「医者になりたいです」と答えました。
当時の私はまだ見習いで、スーパーバイザーが隣についてサポートしてくれていたのですが、その言葉を聞いた瞬間、私は思わず固まってしまったんですね。というのも、成績とのギャップがあまりにも大きいように感じてしまったからです。
そんな私の反応を察したスーパーバイザーが、すぐに話を引き取ってくれました。スーパーバイザーは彼の成績表を見て、「英語(国語に相当する科目)がとても良いね」と、その子の強みに目を向けて声をかけたんです。
実際に、確かに語学系の成績は他と比べて少し高かったんです。そこでスーパーバイザーは、「あなたは読んだり書いたりするのが得意なんだね」と言いました。すると、それまで暗かったその子の表情がパッと明るくなって、「そうなんです、読書が大好きなんです」と話してくれたんです。
そこから、その子は心を開いてくれて、「自分は家族の中で初めて大学に進学したんです。家族には体の弱い人も多くて、自分は医者になって、家族の病気を治したいと思っているんです」と、家族への思いや夢を語ってくれました。そのとき、彼の目が輝いて、生き生きと前向きな表情に変わったのを今でも鮮明に覚えています。
わずか15分という短い時間でしたが、あのとき、彼を暗い気持ちのまま帰してしまっていたらどうだっただろう、と思うことがあります。でもスーパーバイザーの一言があったことで、その子はきっと希望を持って学生生活を始められたのではないかと感じています。キャリア支援というのは、すべてを解決できるわけではありません。無力さを感じることも多いです。それでも、関わる大人の一言や姿勢が、その人の人生に一筋の光を差すこともある…そう実感した出来事でした。だからこそ、「ありたい自分」を大切にする支援のあり方が、もっと日本でも広がっていくといいなと、私は心から思っています。
皆さま、宮下先生、酒井さん、本日はお付き合いいただきましてありがとうございました!

キャリアカウンセラー&社労士。趣味は映画・ドラマ鑑賞、ヨガ。ヨガの得意技は頭のてっぺんで立つポーズ。
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