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「人の可能性を信じ切る」オリンパスのEX事例

企業

連載記事

2025.12.24


目次 ※クリックすると各章にジャンプします

話し手:

オリンパス株式会社 人事 組織人材開発 グローバル バイスプレジデント 森賢哉様

インタビュー・執筆:酒井章(キャリアのこれから研究所プロデューサー)

 

広がりの兆しを見せている「EX(従業員体験)」。その背景や現場をレポートする本連載の第2回は、オリンパス株式会社が推進している事例です。本格的にグローバル化する中で生まれたEXというコンセプト。その経緯、取り組み概要や社内外の評価を同社 森賢哉さん(人事 組織人材開発 グローバル バイスプレジデント)がお話しくださいました。「Power to the people」をMyパーパスに掲げる森さんの言葉から見えて来たEXのエッセンスとは?

1EX導入の背景

Q:

EXを導入された背景は、どのようなものだったのでしょうか?

 

森:

当社が2019年に100周年を迎えるにあたり、100周年以降の約10年を大きく捉えて、どういう会社になっていくのかを経営レベルで議論しました。 その中で、「グローバルメドテックカンパニー」になるというスローガンとともに、医療に特化し世界のメドテック企業と肩を並べて戦えるような会社になっていくんだという意思決定がありました。 その戦略のもと、経営体制もグローバル化しました。

オリンパス株式会社 森賢哉 様

また、医療事業は非常に複雑で非連続な世界でもあります。さまざまな規制が世界で渦巻いている中で戦っていかなければならない環境下で、これまで地域・国別に考え方も仕事の進め方もばらばらだった従業員の皆さんに共感してもらえるような、「グローバルメドテックカンパニー」として進んでいくためのあるべきひとつのカルチャーを明示して束ねていく必要性が経営的にあったわけです。

Q:

それを実践する上で、EXというコンセプトが出て来た経緯をお教えいただけますか?

 

森:

CHROが、グローバルの経営体制を作っていく上でHRの体制を抜本的に変える必要があると考え、2021年にグローバルOD(Organization Development:組織開発)という運営組織を立ち上げました。それ以前は、グローバルでタレントマネジメントやカルチャー醸成などを横断的に束ねる組織はありませんでした。 そのため、人や組織にフォーカスした グローバルな専門集団をしっかり組織化しようということになりました。それがEX導入の経緯になります。

 

2HRの両輪

Q:

御社にとってEXというものはグローバルカルチャー、組織文化と深く結びついているものと定義されたわけですね。森さんは、ご経歴でもかなり以前からODといったものに問題意識を持っていらっしゃいました。その原点は何だったのでしょうか?

 

森:

30歳頃から HRというものは両輪あるのではないか、と考えていました。ひとつは、経営的な視点、事業をやる上で必要となる人事戦略を作り推進していくこと。もうひとつは、人は生きものなので、 いろいろな想いや感情といったものを持ち合わせている。そのことを前提に「人間らしさ本位」でHRの前提を考える、ということです。1人ひとりが仕事を実践していく上で、その人の感情であったり異なった感情や考え方を持った人たちが集まっている チームや職場を、HRとして科学的に見ながら人と組織に目を向けて必要な施策を打ち出し、活性化していく。 まさにODの視点が必要だと考えました。

 

そう思っていた頃に(2005年頃)にギャラップのエンゲージメントサーベイなど、組織診断的なものがあることを知り、我が社でもやるべきだという提案をして、2008年に 関係会社も含めて大がかりなエンプロイサーベイを実施しました。そのような経験をする中で、組織開発という観点が 人事戦略を推進する上で今後重要なファクターになっていくだろうと感じました。また、HRというものが よりアート的な見方、つまり感情や感性が今後のビジネス社会でも、どんどん大事になってくるのではないか、という感覚が当時の私にありました。

3エンプロイ・リスニング

Q:

具体的にはどのようなEXの取り組みをされて来ましたか?

 

森:

グローバルでのカルチャーを育てていくためには、まずは会社の状態を従業員1人ひとりがどのように捉えているのかを把握するためのサーベイの実施が不可欠でした。同時期に経営はグローバル企業としてのコアバリューが必要だと考え、導入しましたので、コアバリューの浸透と従業員の心持ちを確認するという二つの目的で、エンゲージメントサーベイを実施しました。

 

実施後に結果を分析し、グローバルメドテックカンパニーになるために必要となる「健やかな組織文化」というカルチャーモデルを明示して、全ての従業員に理解・共感してもらうように働きかけました。

 

 

コアバリューが一番下に土台としてありますが、その上にイネーブラー、つまりパーパスを支えるために必須となる五つの要素を明示して、さまざまなHR活動をグローバルに展開していきました。 グローバルで一貫性がある包括的・総合的な 施策を展開していくために整理したわけです。

Q:

その中でも「エンプロイ・リスニング」をされていますね。

 

森:

従業員のライフサイクルの重要な局面で 意見を聞ける体制を目指すために実施しました。 また、今期からは退職者向けのサーベイも導入します。

 

 

先のキャリアに展望を持って会社を辞める方もいると思いますが、プッシュ要因(職場に不満を感じ離職へと押し出す要因)とプル要因(魅力的な転身先へと引き寄せられる要因)の両方があるはずです。プッシュ要因になっているところを確認して、EXの改善施策として反映できるように 体系的にやっていきます。

Q:

人事が実施するサーベイとエンプロイ・リスニングの違いは、どのようなところですか?

 

森:

サーベイは非常に有効なツールだとは思いますが、数年に1回しかやれないですし、分析にも時間がかかります。また、サーベイだけでは見えてこないライフサイクル全体を捉えた時に、従業員の意見を聞けるような仕組みにする必要があると考えました。経営と従業員がコミュニケーションする「ラウンドテーブル」や労働組合と 経営との会議の場から出てくる意見を整理・分析して、全体として一貫性と包括性のあるEXとして整理をするために、サーベイだけではなく従業員の意見を多面的に捉える必要があると考えています。

4全社で取り組むEX

Q:

「患者さんの安全と品質」カルチャーの強化、という取り組みもされていますね。

 

森:

やはり、事業としてどうアウトプットするのかが一番大事なことなので、CX(顧客体験)の向上に繋がるようなEXを考えていくべきなのは間違いありません。しかし、これはやってみてわからないすごく難しいことで・・・。  我が社の場合は、FDA(米国食品医療品局)から指摘を受けるということがあったのですが、その出来事があったことで「患者さん第一」で考えるマインドセットが足りなかったのではないか、という反省をしました。

 

そして、策定してから数年しかたっていないコアバリューを「グローバルメドテックカンパニー」として必要な形に見直し、全社で展開しました。医療従事者の方と直接コミュニケーションする機会が多い営業や開発だけではなく、会社全体で「患者さんの安全と品質」を しっかり考えられる会社になろうと考え、それを感じられるEX施策を全社で推進していきました。

Q:

なるほど。ここのポイントは「EXに全社で取り組む」ということですね。

 

森:

そうなんです。 一つの会社であり、一つのサプライチェーンとして繋がっているわけですから、まさしくそこに関わる全員が理解する必要があります。

Q:

その考え方のもと、医療現場のお客様やパートナーの声を聴く「Core Values 企画」をされているわけですね。

 

 

エンプロイ・リスニングと共にパートナー方々にもちゃんと耳を傾けるというところで一貫されていますね。このようなEXの取り組みをされてきて、社内外の反響や反応はどのようなものですか?

 

森:

反響が特に 大きかったのは、我々のような間接部門です。頭の中では医療事業を支えているとは思っているのですが、実感値としてはちょっと遠いわけです。ステークホルダーの皆さんのお話を聞くことによって、会社のパーパスをすごく身近に感じられたという反応が非常に多くありました。

Q:

それによって事業部門とHRをはじめとする間接部門の距離も縮まったということですね?

 

森:

はい。我々も、営業やマーケティングの従業員と企画し準備をする中でいろんな意見交換をして、医療現場のニーズへの理解を深めることができたのは非常に貴重な経験だったと思います。

5EXで変わるHRのあり方

Q:

では、HRのあり方はEXの導入によって変わってきましたか?

 

森:

はい。何のためにEXがあるのかを考えた結果、CXEXという「2軸」において、HRが 事業と従業員の橋渡しをする存在になることができると思っています。事業の方向性が縦軸だとすれば、従業員の状況という横軸があって、 その両軸の対角線上に一番遠いところに行くことができると多分一番いいんでしょうね。その両軸を頭に描いて、従業員の心持ちや関係性(EX)は悪くないのかもしれないけれど、事業視点(CX)つまり「患者さん第一」の方は足りていないのではないか、というような発想で問題意識を持って施策展開できると良いな、と思っています。

 

これは私が個人的に思っていることですが・・事業のメインとなる内視鏡事業というのは早期発見、早期治療によって治癒率の向上に直結する、人の可能性を医療の中で最も信じている領域なんです。HRも人の可能性を信じてアプローチしていくことが大事、という点で同じだと思います。

Q:

EXは2000年ぐらいに、アメリカのマーケティング領域から「エクスペリエンスマーケティング」というものが始まり、そこからUXつまりデザインの領域に繋がり、EXへと発展していった経緯があると思います。森さんからご覧になって人事とデザインが連携する可能性を感じられますか?

 

森:

ものすごく感じますね、EXという視点で見ていくと物事が変わって見えていくということだと思いますが、同時に対従業員にとっては、会社が出しているメッセージがどう受け取られるかということだと思います。

 

EXというのはさきほど申し上げたように「アート活動」だと思っています。従業員からハッピーでポジティブなものだと感情的・感覚的に受け入れてもらわないと、そこから一歩も進めないんですよね。

 

その意味で、デザインというものはメッセージをわかりやすく伝える意味で大事でしょうし、 感情的・感覚的なところでも今重要になってきていると思うので、EXとデザインを組み合わせることは必須になっていくと思います。

Q:

もう一つ、「感情」もEXのキーワードになっていきますね。

 

森:

これも必須だと思います。AIが当たり前になっている昨今、人間はどんな仕事をやっていくのか、という議論がありますよね。先日、「AIの権威」に関する講演を聞いたときに、AIというものは基本的に過去の知識経験から予見・予測していくのですが、物事を俯瞰視したり洞察したりしていくことが人間の役割になっていくという話をされていました。 仕事を人間らしさが活かせるようなプロセスに組み替えていくことが今後重要になり、その人間らしさの一つは“感情”。「自律的にやりたい」「人と繋がって仕事をしたい」「仕事によって成長していきたい」という三つの感情が人間らしさだとおっしゃっていました。まさにEXによって感情をどのように高めていけるのかを科学的に整理して施策に反映していくことができるような専門性が、HRの領域ではこれから重要になっていくだろうと思っています。

6Power to the People

Q:

最後に、森さんからご覧になって、EXとは何でしょうか?

 

森:

私は、 これから人が人間らしさや自分らしさを取り戻してどんどん自由になっていく時代だと思っているんです。そういった意味で、EXとは 本来持っていた自由さを取り戻し人が活躍するための土台となる仕掛け、つまり「自分らしさが花開く舞台装置」ですね。

先ほど申し上げたように30代の頃と想いは一切変わっていないんです。HRがODやEXに没頭していくことで世界は良くなるんだと本気で思っています。

で、私はこれから「Myパーパス」を広めていきたいと思っているんです。

Q:

どのようなパーパスなんですか?

 

森:

私のMyパーパスは「Power to the People」です。

「全てのビジネスパーソンの職業人生を励まし、勇気づける存在であり続けることがMyパーパスなんだ」とみんなに言っているんです。それが、これからのHRや社を担う世代へのメッセージです。

◎インタビューを終えて

森さんのお話にはEXに必要な要素が散りばめられていました。全社員そしてステークホルダーと共に取り組むこと、EXとCX(顧客体験)は両輪だということ、事業と従業員の架け橋と人事(HR)の役割、サーベイと「リスニング」は異なること・・・。中でも印象に残ったのは「(事業も人事も)人の可能性を信じてアプローチしていくことが大事」という言葉。事業(内視鏡事業)のあり方と人事のあり方が一致していることの重要性を教えていただきました。何よりも「人の可能性を信じる」パッションに溢れた人事パーソンだからこそ“血の通ったEX”を推進できるのだということを、森さんから感じた刺激的な時間でした。

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