HRとEXのデザイン研究会
2既知のものを未知のものとしてとらえ直す
3EXの施策としての展開
4ロジックと感情の融合
5EXとキャリア
6EXとネガティブ・ケイパビリティ
7デザイン全般、組織のデザイン、個人のキャリアデザイン
8抽象から具体へ
〇インタビューを終えて
話し手:
株式会社日本マンパワー 代表取締役会長 田中 稔哉
株式会社日本マンパワー 取締役 金子 浩
インタビュー・執筆:
酒井章(キャリアのこれから研究所プロデューサー)
いま、広がりを見せているEX(従業員体験・経験)というメガネを通じて「働き方のこれから」「キャリアのこれから」「人事のこれから」「社会のこれから」を見通していく本連載。第3回は、人事領域とデザイン領域の方々が共にEXについて探求する「HRとEX のデザイン研究会」に参加した田中稔哉(日本マンパワー会長)と金子浩(同・取締役)にインタビューをしました。人事とデザインというまったく異なる領域が共創する意味、デザインのプロセスとネガティブケイパビリティの親和性・・・・EXというメガネを通じて多角的にキャリア、組織や学習を検証する場となりました。

1HRとEXのデザイン研究会
Q:
まず、本研究会にご参加いただいた動機や興味についてお話しいただけますか?
田中:
れまでEX についてのセミナーにも参加したことはあったのですが、いまひとつ実感を持てなかったので、もう少し学んでみたい気持ちがありました。また、デザインという領域がとても広がってきていると感じていたので、興味を持ちました。元々、クリエイティビティというものは自分の中で大事なことでしたので。
金子:
私自身は、経験学習や越境学習といったプログラムを企業内の研修として提供させていただいていますが、その中で、EXという概念との親和性がきっとあるだろうと思っていました。また、EXという観点から、経験学習・体感型研修や越境学習の意味を再確認したかったという部分が大きかったですね。 加えて、人事だけではなくデザイナーの方々と他流試合をしながら価値を探求していくテーマが、何か新しい概念が生まれたり自分の視野が広がったりするのではないか、という期待感で参加させていただきました。
2既知のものを未知のものとしてとらえ直す
Q:
この研究会は、私(酒井)が企画チームのひとりでしたが、正直なところ、人事とデザインという全然違う領域の方たちの交流が本当に成立するのだろうか・・と不安半分、ワクワク半分で実験的に立ち上げたものでした。5回の研究会の中で特に印象に残った話やトピックのようなものはありましたか?
田中:
先日、「デザイン×テクノロジーで人間の未来を変える学校」というスローガンで注目されている徳島県の神山まるごと高専で講義を行った際に、この研究会で私が感じたことをお話ししたのですが、一番印象に残ったのは株式会社コンセントの大崎さんがおっしゃった「未知化(既知のものを未知のものとしてとらえ直す)」という言葉でした。

私にとってはデザインのプロセスの中で前提、状況や対象に対して曖昧さや不確実さを受容した上で、改めて顧客を「未知化する」というプロセスが、極めてネガティブ・ケイパビリティと似ていると感じました。
▼参考記事:企業内キャリア支援に活かす「ネガティブ・ケイパビリティ」
https://future-career-labo.com/2024/11/05/mizutani16/
Q:
神山まるごと高専で話された時の生徒さんの反応はいかがだったですか?
田中:
アンケートの回答に書かれていたコメントの量がものすごく多かったです。深く自分のことを考えながら、社会とどうつなげていくか、というコメントが多かったですね。
デザインを広く捉えていて、実際に起業することが目標の一つになっている学校なので「自分たちはなぜ学ぶのか」「自分たちの学びを社会にどう戻すのか」といった哲学的な話をしているんですよ。
デザインというのは必ずしも形にするだけの「静的なもの」ではなくて、一つに決め込むよりも複数の案を試行錯誤していく「動的なもの」だという話もしました。
3EXの施策としての展開
Q:
金子さんは、研究会の中で何が印象に残りましたか?
金子:
期待していた通り、経験学習や社員のエンゲージメントを高める領域と非常に親和性の高い概念であり、人事が積極的に 取り組んでいく意義や意味を実感しました。 その一方で「難しいな」と感じた点もあります。概念的には納得感もあるのですが、一人ひとりの社員の体験をどのようにデザインしたりマネジメントしたりしていくのか、それによって、どのように一人ひとりのエンゲージメントの向上につながるよう施策を展開していくのか、という具体論・各論のところに関しては、まだまだ課題はあるだろうな、と感じました。
だからこそ、これから取り組む価値があると思いました。 中でも印象的だったのは、株式会社マネーフォワードの金井さんのお取り組みです。もともとデザインをバックグラウンドにされていて、その後、HRやOD(組織開発)の観点から経営と現場をつなぐような結節点の役割を担いながら組織風土を作り上げていった取り組みは、ものすごくパワフルで、ストーリーと具体性があって、大きな刺激を受けました。
4ロジックと感情の融合
Q:
今回、デザイン分野の人たちとの交流を通じて感じられたこと、あるいは人事領域とデザイン領域が交流する意味については、いかがですか?
田中:
私自身は、デザイン領域の皆さんのお話に対して、あまり違和感は持ちませんでした。ただ、人事領域の方々はポジティブ・ケイパビリティ寄り、つまり短期性、前例や効率といったところに強く寄った思考なので、デザイン領域の方々にとっては違和感があったのではないか、と感じました。逆に、理屈ではなくて体で動いてみたり「なんとなく」を大事にしたりするのもいいんじゃないか、というデザインのアプローチは、私自身は共感していましたが、人事領域の皆さんにとって違和感があったのではないか、と感じました。
人事の方には、人事管理やデータや裏付けといったものを重視する側面があります。一方のデザイン領域の皆さんからは、フレームワークやロジックはあるにしても、最終的には人の感情や、それが集積した組織の感情にきちんとフォーカスをして、感情を動かし感情に対して訴求するような表現やコミュニケーション、あるいは場をデザインするという意識を相当強く感じました。
金子:
私も、これからのHRやEXの方向性を考えると、「理」の部分と「情」の部分のどちらかではなく、両者を統合・融合しながらデザインしていくことによってパフォーマンスとエンゲージメントが上がっていくだろうと思いました。HR系とデザイン系がお互いの強みを生かして融合していくという方向が、田中さんがおっしゃった「違和感」の先にあるのではないか、ということを研究会を通して感じました。
5EXとキャリア
Q:
では、EXとキャリアの関わりについてはいかがですか?
金子:
「キャリアそのものがEXにつながる」と感じました。EXという観点で捉えると、従業員が会社や組織で体験したことを自分自身のキャリア開発にどのようにつなげていくかが、これからますます大事になっていくのだろうと思います。
体験の場を提供すると同時に、体験したものを自分自身の成長につなげたり、自社・自組織で働く意味を生成していくことにつなげてたりする内省と意味づけが、EXとキャリア開発を融合していく上では非常に重要になってくるという考えが、この研究会を通して深まりました。「人の成長」という点では、見聞きしたことや行動したことを「体験」だと捉えると、そこで得られた知識や技能や持論をしっかりと内省して言語化できれば成長実感につながると思います。一方で、体験したものから自分自身がどう個性を発揮できたか、体験したことによって自分が誰かのために役に立てたのかをしっかりと振り返って意味を生成できれば、「キャリアを考える」という領域になると思います。体験を内的キャリアの視点でしっかりと振り返って意味づけすることが、キャリア開発につながりますし、それが結果的にエンゲージメントの向上にも非常に有効になってくるだろうという想いが深まりました。
田中:
EXというのは「入社前、入社してから退職後に至るまでの感情を伴ったストーリー」なんだと思っています。僕は最近、「感情の捉え方」にこだわっています。再現性がないなど、感情とは、常に非常に複雑でモザイクのような状態ですよね。「つらい」と言っているけれども喜んでいるとか、喜びの中に寂しさがあるとか。例えばマラソンで、「つらい」と言いながら喜んだり悲しんだり寂しかったりが同時に起きていて、それが時間経過と共に変化していく。例えば、会社の中でも退職理由を表面的な理由で捉えてしまうと危険で、きちんと面談して聞くと、そこには複雑な感情とその元となっている意味づけがありますよね。
感情は、そういう非常に移ろいやすくて複雑なものだという捉え方を大事にしたいなとは思います。
6EXとネガティブ・ケイパビリティ
Q:
田中さんが研究されているネガティブ・ケイパビリティとEXの関係性や親和性について、改めてお話しいただけますか?
田中:
研究会に参加させていただいて、「デザインのプロセスとはこういうものなのかな」という理解に至りました。

「観察」のあたりまではネガティブ・ケイパビリティが重視されていると思います。
観察しながら対話をして形にして、さらに議論してブラッシュアップする、その議論も曖昧さや不一致感を大事にするようなプロセスなんだな、それはキャリアと似通っているな、と思いました。
7デザイン全般、組織のデザイン、個人のキャリアデザイン
Q:
研究会を踏まえて、 改めてEX とは何だと思われるでしょうか?
田中:
デザイン全般、組織におけるデザイン、個人におけるデザインの3つについて考えさせられました。

組織の中では、ミッション・ビジョンに寄せていく「求心力」と個性を尊重する「遠心力」のような、両立が難しく思える複数の取り組みが行われています。それをどのようにバランスをとるのかの答はなくて「自社としての最適解を探していく活動」が組織のデザインなんだと思いました。
個人のキャリアデザインという点では、今この時を楽しむ時間も大事な一方、将来のために準備して耐える時間とのバランスを個人は取らなければいけない。あと、「キャリアの選択は節目の後にする」という話も面白かったです。選択を節目の前にするのではなくて、節目を経て周りが見えてきた時にするのも大事だ、ということですね。「今を大事にする」と「将来のため」のバランスは個人にとっても組織にとっても当てはまりますね。
今回の研究会を通じてWill,Can,Mustについても考えさせられました。

キャリアの授業では、Will/Can/Mustという三つの円がポンと提示されるんです。でも、本当は自分のWill/Can/Mustを包含関係や大きさで自分なりにデザインするべきだと、私は思っているんです。私くらいの年齢になると、まず社会的なニーズやマストがあって、その次に自分の価値観を重ねていって、 で、そこに興味や能力を拡大して寄せていって、最後に出てくるのがWillなんですよね。Willはレイヤーが違うんです。同じレイヤーで並んでいる三つの円には非常に違和感があるんです。
Q:
面白いですね。金子さんはこの研究会を通じて、EXをどのように定義しましたか?
金子:
企業内での人材育成に向き合っている立場から言いますと 、従業員の「理屈」と「感情」の両面を意識した人材開発、キャリア開発、そして組織開発の考え方や手法が大事になってくるということを、この研究会を通して実感しましたね。
Q:
私は、EXというのは、さまざまなものを見る「眼鏡」だと思っています。先日、中華料理店に行って厨房のそばの席に座ったら、中からシェフがスタッフを怒鳴る声が聞こえてきたんです。すると、美味しいはずの食事の味がだんだんまずくなってきたんです。同じようなことっていろんな組織や企業で起きているのではないでしょうか? そのように、EXの眼鏡で見ると世の中の見え方が違ってくるなと思った経験でした。
8抽象から具体へ
Q:
最後に、この研究会で学ばれた気づきや学びを、今後どのように活かしていかれたいですか?
田中:
会社として、社員一人ひとりに喜んでもらえるような報酬や配置をしてあげたいのですが、なかなか全てに応えることができません。なので、どういう思想のもとでEXをデザインしていくのかが大事だと思います。また、酒井さんの話を聞いて、従業員の感情というのは、打ち合わせで起きていることだけではないことが結構影響している、例えば横から聞こえてきた先輩のおしゃべりなどの影響が蓄積して、いろんな感情が起きているのだということを考えさせられました。そして、改めて思ったのは経営も抽象から具体へのプロセスだということです。私の抽象的な意見を金子さんが具体的にデザインしてくれています(笑)。
金子:
田中さんのお話を聞いて、私は抽象化・曖昧性の中にある課題や目的・目標を具体化・要素分解して、それを道筋を立てて施策に落とし込むような作業をやっているんだな、と改めて感じました(笑)。これを「HRとデザイン」という視点で見ると、制度や仕組みやデータなど、抽象度の高いものから具体的な何かを作り出していくプロセスは、デザインのプロセスと通ずるものがあるかもしれないと思いました。EXの概念を、HRの領域で人材開発やリーダー育成やキャリア開発の中に設計して落とし込んでいきたいと思います。また、人の感情に、よりフォーカスしていく上で、ポスターやキャッチコピーなど、より視覚に訴える表現のパワーがより重要になってくると感じました。なので、我々ビジネスパーソンがデザイナーの方から「表現すること」を学んでいくことの意義はすごくあると思いますし、学ぶだけではなくてクライアントに提案したり、自社内で実践できたりするようになっていきたいと思いました。
〇インタビューを終えて
EXとは「入社から退社に至るまでのストーリー」という、まさにキャリアそのもののテーマであり、改めて働く一人ひとりの“感情”に目を向ける必要性を感じた対話の場となりました。また、人事領域とデザイン領域が互いに「親和性」と「違和感」を持ちながら、より良いEXとキャリアを実現する意味も確認されました。その一方で、働く現場やキャリアの中で「体験や経験をどのように具体的にデザインしていくのか」についての課題も、まだまだありそうです。だからこそ、大きな可能性(のびしろ)を秘めているEXには取り組む価値がありそうです。
キャリアのこれから研究所プロデューサー。美大の大学院に飛び込んで
自ら創造性の再開発を実験中
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