グローバル化やAIなどのテクノロジーの進化による事業環境の変化とともに働く人を取 り巻く環境もまた大きく変化する中、本格的なキャリア自律の時代が訪れているいま。キャリア観(=自分が仕事やキャリアに対して、どのような価値観や考えを持っているのか)を他人任せにせず、自分で考え言語化することがキャリア自律の出発点となる。このような問題意識のもと、「“誰か”のキャリア観を“私の”キャリア観へ」をコンセプトとしたキャリア観プロジェクトがスタートしました。
その取り組みの第1弾は「社長のキャリア観」。キャリアのこれから研究所を主宰する日 本マンパワーの楠木賢治社長へのインタビューを行いました。社会人としてどのようにキャリアの発達を遂げてきたのか、社を代表する立場(外的キャリア)と心の中に抱えるもの(内的キャリア)、そして次世代への想いなどを率直に語っていただきました。そこから見えてきたキャリア観とは?
◎話し手
・株式会社日本マンパワー 代表取締役 楠木 賢治(くすき けんじ)

◎インタビュー・執筆
キャリアのこれから研究所プロデューサー 酒井 章
1.証券会社から日本マンパワーへ、そして社長へ
Q:
まず、楠木さんのご経歴についてお話しいただけますか?
楠木:
私は、日本マンパワーには中途で入社しました。大学卒業後に某証券会社に入社をしまして、そこを辞めて33年前(1993年)に日本マンパワーに入りました。
ですで、もう人生のかなりの時間を我が社で過ごしていることになりますね。
Q:
日本マンパワー入社後は、どのような職歴を歩まれましたか?
楠木:
証券会社を辞めた当時は名古屋支店にいましたので、日本マンパワーの中部支社で面接を受けました。
ただし、同時に東京でも募集をかけていて「楠木くん、東京に行かないか」と役員面接の一番最後のところで言われまして、東京本社に入社しました。入社後は、人材開発営業を1年半ぐらいやりまして、94年の12月から関西支社に移ってすぐに阪神淡路大震災に遭いました。
関西支社では2007年まで13年間務めて、最後は支社長までやったんですが、その年末に当時の社長の加藤さんから「楠木、ちょっと東京に来てくれ」というお話をいただいて。てっきり営業で行くものだと思っていたのですが、CDS企画課というキャリア開発研修のチームと研修企画課という一般研修をやっているチームを一緒にした研修企画部という部署を作るから、そこの部長をやってくれと言われました。
2008年から1年間同部を担当して、その翌年からは東京の営業部長をやることになりました。以降は、本社統括部や全国の拠点を統括する支社統括の部長を歴任して、再びソリューショングループ(旧:研修企画部)を兼務し、営業本部長を務めてから社長になった、というキャリアです。
2.キャリア観とは「生き方」
Q:
では、キャリア観の話に入っていきたいと思います。まず「キャリア観」と聞かれて、どう思いますか?
楠木:
今回こういう機会をいただいて改めて考えたんですが、一番最初にパッと思うのは「生き方」ですね。何と言うか・・・個人的な信念や信条ということをパッと思い浮かべました。狭い意味でいうと労働観つまり「何を大切にして働いてるのか、何のために働くのか」になるのかもしれませんが。
Q:
なぜキャリア観を「生き方や信念」といった広い意味で感じられたんでしょうか?
楠木:
キャリアってどうしても「働く」とか労働の中でのキャリア(ワークキャリア)のところにフォーカスされますが、キャリア観と言われた時「生きる上で何を大切にしていますか」ということを問われているような気がしますし、その感じ方は時代や年齢・ライフイベントなどによって変遷していくものなのかもしれません。
「これだけは守りたい、譲れない」という通底した考え方があるかもしれませんが、それ以外のものって、多くは年齢によって変遷してくるものであって、そういうのをひっくるめて生き方自体も、その時々の環境の変化によって「何を大事にしているのか」とか「どういう価値観で物事を捉えているのか」は変わります。なので今のキャリア観はと問われると、「人生全体のことを考えるようなことだ」という風に変わりつつあるということですね。
Q:
「キャリア観は人生全体のことだ」と捉えるようになったのはいつぐらいからですか?
楠木:
そもそも、キャリアについて考え始めたのは日本マンパワーに入社してからでした。

今でも印象的に覚えているエピソードがあって。日本マンパワーに入って一番最初にCDS(キャリア開発研修)のレクチャーを立野さん(現・日本キャリア開発協会会長)から受けたんです。ちなみに、入社した時の直属の上司が大原さん(現・日本キャリア開発協会特別顧問)でした。
当時、価値観シートといって50個ぐらいの価値観のキーワードがバーッと書いてあるシートがあったんですが、その中で「晴耕雨読な暮らし」みたいなキーワードが書いてあって。
当時は「晴耕雨読」って初めて聞いた言葉でして、「え、そんなことに価値観を置いてる人いるの?」と。今ならわかるんですが、様々な人の価値観ってあるんだなあと、ちょっと衝撃でしたね。だからキャリアというものを考え始めたのは日本マンパワーに入ってからで、その後、お客様にキャリア開発研修やキャリア開発支援のソリューションのご提案をするうちに、自分の中で「働くことって何だろう」ということを、都度都度つらつら考えるようになるわけなんですけれど。「キャリアイコール生き方かな」と考え始めたのは、2008年に東京に戻って来てからでした。
それまでは自分中心に人生を考えていたものが、家族を持って子供が生まれて、役職もだんだん上がっていって責任もだんだん担うようになって、「人に支えられて今の自分があるんだな」といったことを考えるうちに、人生全体の中に「働くこと」というものが含まれていくようになりました。
3.人とつながり、社会に貢献するために働く
Q:
では「働く」についてですが、楠木さんは現在、社長という役職でなぜ働いているんでしょうか?
楠木:
若い頃は、人は成長する過程で金銭的に自立をしていくもので「働くのは当たり前でしょ」と考えていました。その後、「働くことって金銭的自立だけではない、その他に何かあるんだろうな」と考えることがキャリアなんだ、と思うようになって。その中で「じゃあ、なぜ働いているのか、なぜ働き続けているのか」を考えると、社会や人と繋がって貢献することなんじゃないかなと思うようになりました。目の前にいるお客様や社員といった様々なご縁で繋がっている人たちの困り事を解決して感謝されることって嬉しいじゃないですか。それが自分の中でエネルギーになって働き続けているんだと思いますね。
Q:
「社会への貢献」とは、具体的にはどんなことですか?
楠木:
私は「日本マンパワーが持っているソリューションサービスや商品によって、企業や個人の困り事を解決していくようなお役立ちを通じて社会に貢献をしていく」と考えています。言い方を変えれば、ソリューションサービスで、私たちが掲げている「働くに自分らしさを、誰もが夢中になれる社会を」実現するということです。
Q:
楠木さんにとって「つながり」とはどういう意味があるものですか?
楠木:
人それぞれで、考え方も価値観も違いますし見ている景色も違います。私にとって「つながり」とは、さまざまな考え方があるということを知ることだったり、その人たちから刺激を受けたり、あるいは気づきを与えてもらったりすることです。その中で困り事があるなら解決したいなとも思いますし、何かお役に立っていきたいなと考えています。
4.受けた「恩」を、次世代へつなぐ
Q:
働いている意味は、社長という肩書きを得て変わりましたか?
楠木:
社長になった時期も関係しているかもしれませんが今、私がすごく意識して大事にしているのは「いかに次世代につないでいくか」ということですね。
30年働いて来て「日本マンパワーってとっても良い事業を展開しているな」と心から思っているんです。だからこそ、しっかりと次世代にバトンをつないでいきたい。社長という役割を担ってからは、自分のことよりも、それ(次世代につなぐこと)をどのように形作って次につないでいこうか、と考えるようになりました。実は、ある時期までは「リタイアメントしてやりたいことをやってみたいな」とも思っていました。もともと現場の営業やコンサルが好きな人間なんですよね。
今でも一部のクライアントを担当させていただいていますが、お客様とお話をしてソリューションの提案をしたり、研修の中で受講生が喜んでくれたり「こんな気づきを得て良かったです」というお言葉をいただいたりするのがすごく嬉しいですね。
Q:
「次世代につなぐ」というのは、事業継続性が重要だと思われるようになったということですか?
楠木:
それもありますが、社員をしっかりと育成して活躍してもらえるような人材になってもらいたい、と思っているということです。
Q:
人生全体の中で「働くこと」は楠木さんにとって何パーセントぐらいですか?
楠木:
どうなんだろうな・・・・65%ぐらいかな。残りがプライベートですね。
Q:
なるほど。微妙なところがいいですね。
楠木:
微妙ですねえ(笑)。

Q:
プライベートの35%の役割の中で、いま気になっていらっしゃることはどういうことですか?
楠木:
最近、働きながら大学に通われるなど、いろんな形で学んでおられる方が多いじゃないですか。で、キャリア開発の考え方にも「生涯学び続ける」というのがありますが、学ぶという部分は昔に比べると減ってきているのかな、と感じています。現場からもちょっと離れてお客様から学んだり得たりする機会も減りましたので、なるべく今のトレンドに遅れないようにキャッチアップをしなければ、と思っています。
家庭とか家族の方では楽しく過ごしていますよ。
Q:
では、楠木さんご自身が作ってこられたキャリアを表現するとしたら、どのような色になりますか?
楠木:
自分の人生とかキャリアを例えるなら、ブルー(青)なんじゃないかと思っています。その理由は自分が一番好きな色だということですね。
Q:
ブルーは、どのようなことを表現していると思いますか?
楠木:
ブルーって空であったり海であったり、自然の中に溢れている色でもありますし。空であれば飛翔するようなイメージにもなりますし、海であれば深く潜るようなイメージ。
母なる海ではないですが、包容力みたいなところもあるかもしれません。一見した時に爽やかな印象を与えますので、晴れやかな気持ちというか。
Q:
改めて楠木さんにとって「働くこと」とはどういうことでしょうか?
楠木:
社会や人とつながって貢献することはもちろんですが、たまに思うことがあって。
ヴィクトール・フランクルの「人生にその意味を問うことはできない。人生が私たちにその意味を問うのだ」という言葉がありますよね。
それと同様に「働くことは何か」を問うのではなく、「働くことから問いかけられる」のではないかと思います。
「何やかんや嫌なことや辛いこともあるけれど、どんなことにも何かしらの意味があって、その問いに行動で応えていく」と考えるようにしています。
その繰り返しが人生であり、働くことかな。

Q:
ちなみに楠木さんの座右の銘は何ですか?
楠木:
座右の銘は「我唯足知(われただたるをしる)」や「看脚下(かんきゃっか:足もとをしっかりみる)」ですが、最近思うのは「知恩 感恩 報恩」ですね。仏教用語ですけれど。恩を知ってありがたく思って恩を返していくみたいな。人とのつながりの中で、周りの支えによって今の自分があるんだから、返していかないといけないよね、ということです。
その考えが根底にあるから「どのように次世代にしっかりつないでいくか」という自分の役割をしっかりと考えていかないといけない、と思うようになったわけです。
Q:
「恩」というのは社会だったり先人に対するものでしょうか。
楠木:
多分、社会のシステム自体が循環サイクルで回っていると思いますし、受けたものを返していく繰り返しの中で、社会や歴史も作られて来たと思います。
少しでもそういう形ができるように、自分の役割を果たして行きたいですね。
5.働くことから問いかけられる
Q:
「恩」や「感謝」といった言葉がたくさん出てきて、すごく人に感謝するようになった、というお話をされましたが、そう思うに至るまでにどういう背景があったのかを教えていただけますか?
楠木:
自分はメインストリームを歩いている男ではない、と思っていたんです。私はそんなに強い上昇志向や執着心はなかったと思いますが、でも今、会社を代表する立場になっているということは「周りに支えられてここにいるんだな、感謝をしないとダメだな」と思っています。
社長になって、言わなければいけないことはしっかり言うようにしていますが、周りの意見もしっかり受け取ることを心掛けています。私自身も、先輩からの率直なフィードバックでキャリアが変わった良い経験をしましたので「自分が思っていても言わないっていうことは良くない」と思っています。思っていることはなるべくシンプルに「こういう風に見えるけどどう?」とフィードバックするようにしています。私自身も、この年齢になっても他者からいただくフィードバックは大事にしたいと思っています。
Q:
改めて、楠木さんご自分の「キャリア観」とはどのようなものですか?
楠木:
年齢とともに変わっていくものだとも思いますが、それでも変わっていないのは「楽しく働いていきたい」ということですね。
若い頃は結構自己中心的だったなって今思うんです。
最初に入社した証券会社では、バブルになって世の中が沸き上がっている時期から崩壊に向かっていく期間を働きましたが、心身ともにだんだん疲れていく一方で、次第に人の成長や育成に興味が移っていった時に日本マンパワーの募集広告を見て応募しました。初めてそこで「キャリア」という言葉やキャリア開発・キャリア支援という考え方を知りました。
でも、入社して5年ぐらいはあんまりパッとしなかったんです。
証券会社では「今日のコミッションはいくら稼ぐんだ」みたいな世界で生きていましたので「(日本マンパワーは)なんて楽な仕事なんだろう」と、ちょっと仕事を甘く見ていたのかもしれません。
そんな時に、自分の直属の上司ではない他拠点の先輩と、当時役員になっておられた方のお二人から同じようなことを言われたんです。「楠木はクリティカルシンキングが得意で弁は立つけれど結果が出ないよね」って。
衝撃でしたね。「ああそうなんだ、そんな風に自分って他者から見えていたんだ」と思って。「自分がやりたいこと言いたいことがあっても、ある程度成果をしっかりと出して貢献をしないと誰も自分のことって聞いてくれないし認めてくれない」ということを思い知って、心から深く内省したと思います。
それからは仕事に対しては、「プロセスも大事にしながらも結果をしっかり出して貢献する。最善を尽くす。」ということが新たなキャリア観として加わりました。今から思えば、プライドや意地みたいなものもあったかと思います。

Q:
先輩のお二方からいただいたコメントが、楠木さんのキャリアのターニングポイントになったわけですね。
楠木:
その経験は、自分のキャリアの中で大きかったと思います。言われなかったら「全然評価してくれない」とふてくされて、どこかに転職していたんじゃないですかね。
Q:
そのように率直に言ってくださる人がいるというのは大事ですよね。
楠木:
大事だと思いますね、本当、目からウロコでした。
冷静に考えて「ああ、そんな風に見えていたんだ。それはそうだよね」って思いました。で、そこから関西支社長になるまでの7年間で6期年間個人予算を達成し、支社長になってから2年目にふたたび個人予算を持ち、通算9年間で7期(うち6期連続)予算達成しまして、「東京に来ないか」という話をいただきました。
どうせ働くなら「楽しく働いていきたい」という気持ちはずっとありましたが、お客様からのご相談をソリューションにつなげることに喜びを感じて「ああ、いい仕事だな、こういうことで感謝されるって嬉しいな」と思うようになって、視野も広がっていったと思います。
そして、マネジメントの領域に入ると「どうやってチームを作って機能させるのか」とか「プロセスを大事にしながら成果に結びつけるチーム作りはどうした方がいいのか」といったところに目が行くようになっていきました。
人のために、チームのために、会社のために、という視点が、だんだんと自分の働く中に入っていった、という感じです。
なので「今のキャリア観は?」と問われると、自分の仕事も大事にしながら次世代のために何ができるのかを中心に考えるように変わってきている、ということになります。
Q:
最後に、今まで話されて感じいらっしゃることは何ですか?
楠木:
自分のことを話す機会って、こういう立場になると少なくなるじゃないですか。
ですので、今日は私もすごく楽しみにしていましたし、「キャリア観というものを自分ではどう考えているのかな」ということを改めて考える良い機会でした。
Q:
話してみて楽しかったですか?
楠木:
楽しかったです。すごく楽しかった。

キャリアのこれから研究所プロデューサー。美大の大学院に飛び込んで
自ら創造性の再開発を実験中
RECOMMENDED関連おすすめ記事
人気記事
-
PICK UP
イベント
【後編】中原淳教授と語るこれからのキャリア発達モデル~9つのテーゼ~
2022.8.29
-
PICK UP
イベント
【中編】中原淳教授と語るこれからのキャリア発達モデル~9つのテーゼ~
2022.4.22
-
PICK UP
イベント
【前編】中原淳教授と語るこれからのキャリア発達モデル~9つのテーゼ~
2022.4.19
-
イベント
「それってイミありますか?」 -Z世代が問いかける、これからの働き方のリアルとは-
2022.2.8
-
PICK UP
特集記事
ひとり一人には役割がある。アーティスト・小松美羽氏が語る言葉と“これからのキャリア”の重なり
2020.12.28
-
インタビュー
個人
マーク・サビカス博士「コロナ禍におけるキャリア支援」 オンラインインタビュー(後編)
2020.12.4
-
インタビュー
個人
マーク・サビカス博士「コロナ禍におけるキャリア支援」 オンラインインタビュー(前編)
2020.10.30




