「自分のありたい姿を表現してください」そう問われた時、あなたは何をもって表現できるでしょうか。オンライン草月流いけばな創作研修は、自分のありたい姿を“いけばな”というアートによって表現する場です。2020年7月16日に開催された体験会の様子をレポートにてお伝えします。
ライター:海野氏プロフィール
「働くこと」に関連する企画・編集・ライター活動7年目。”働き方の固定観念を壊す”というマイミッションのもと、現在5つの場でパラレルキャリアの実験中。NPO法人ArrowArrowではライフイベントと”働く”の選択肢を創る活動を、NPO法人二枚目の名刺では本業以外の場所で社会に関わる活動を、N女ではソーシャルキャリアの構築を、それぞれの場で人と「働く」とキャリアの新しい関係性を創る活動をしている。
アートとキャリアの関係性を体感する初めての試み
新型コロナウイルスの感染影響は全世界を揺るがす大きな試練である一方、人々にとっては壮大な越境学習を経験している側面もあります。「一人ひとり在宅環境が続く中、自分とは何者か?という内省をしていらっしゃる人もいるのではないでしょうか。また、不安・怒りが広がるこんな時だからこそ、異なる価値観を受容する“寛容性”を持つ大切さが必要だと思います。」冒頭、今私たちは何に向き合っているかを、ファシリテーターである株式会社クリエイティブ・ジャーニーの酒井章(さかいあきら)氏から伝えられました。
また、昨今、ビジネスとアートの関係性が近しくなっていることは顕著であり、山口周氏の名著「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」の視点を元に、アート・ビジネス・キャリアの結節点を本から抜粋いただきました。VUCAの時代、ビジネスの場で、分析・論理・理性に軸を置いた意思決定だけでは舵取りができず、自分なりに「真善美」の美意識をもって判断することも必要であるという考え方です。
自分のありたい姿、すなわちキャリアを、日本の芸術であるいけばなで表現するというこれまでに無い新しい取り組みであること。対面セッションができないという制限下、オンラインでアートを創り対話する挑戦の場であること。この体験会に、様々な願い・希望が込められていると理解できました。
いけばなへの理解、自分自身のキャリアとの重ね合わせ
華道には様々な流派がありますが、人材開発・キャリアの軸と想いを重ね合わせられる流派が、草月流の“いけばな”です。
草月の特徴は、型にとらわれることなく、自由にその人の個性を映し出すこと。
「花はいけたら、人になる」。初代家元・勅使河原蒼風氏が残した有名な言葉です。花・枝葉をどのようにいけるか、着眼点や表現方法は人さまざま。いけた花には、その人そのものがあらわれるそうです。
体験会がスタートした後、草月流いけばなの師範である五十野雅峰(いそのがほう)先生から、草月の理念の紹介、いけばなのデモンストレーションがありました。
「いけばなのおもしろさは“もったいない”という言葉を飛び越えることにあります」
草月が大事にする理念をいくつか紹介いただきましたが、五十野先生のこの言葉から始まった蒼風氏の次の言葉が、「選択と集中」等の意思決定を迫られるビジネスの世界に通じる部分があり、特に印象に残りました。
花を大切にするということと、花を惜しまないということは矛盾するように思えますが、ひとつひとつの花や枝をいかしきるということは、無駄で、無意味なものを捨てることに通じます。花の表情をいきいきと、枝の線をのびのびと表すためには、大切な花材の中から、必要なものを取り出し、不要なものを捨てることです。それがいけばななのです。
※『蒼風語録』の『草月五十則(第二十三則)』より抜粋
また、実際にオンラインで花をいけていく工程も、五十野先生が丁寧に説明してくださいました。剣山の使い方、花材の特徴、大きい枝の切り方、枝と枝の間にできる空間の見せ方等、いけばな初心者でも要点が理解できました。
自分自身を照らしていく没入の時間
自分のありたい姿や世界観を表現するため、ここからは自分と向き合う時間へ。
今の自分はどんな気持ちで、どういけていくのか、目の前の花材と器を見ながら考えていきます。
葉や枝のつき具合を見つめながら、自分の手でその枝に触れ、枝の長さを考え、葉の残し方を想像し、切っていきます。
頭の中はゆっくりと無になって、ひたすら自分への問いかけという内省が始まっていくことを実感しました。
自分はどうしたいか、どういけたいか、どんどんセルフアウェアネス(自己認識力)の視点に集約されていく感覚がわかります。
「個」の突出。自分のありたい姿が見える“いけばな”
その後、各自のスマートフォンで撮影した自分の作品をアップロードし、表現した作品の紹介と五十野先生からのフィードバックの時間に移りました。
自分の「今」を切り取りつくった作品を、自身の言葉で説明すること。どう解釈し行動したかを他者に伝える行為は、自分の状況・活動を客観的に捉えざるを得ず、メタ認知の経験に確実に繋がっています。
「タニワタリを磨いていたときに、汚れが取れてピカピカに輝いていく様子が愛らしく感じまして。私は人材育成を会社で担当していますが自分の仕事と重ね合わさり、葉の表も裏もどこも綺麗だから『タニワタリを見て欲しい!』と思い、全部見せたくて丸めて表現しました」
葉を観察するうちに“人”と捉え、ご自身の仕事と同様に輝いてもらいたいという気持ちを表現していく。自らの仕事観を重ねて伝える参加者がいました。
同じ花材を使っているにも関わらず、参加者それぞれの作品に、こんなにも違いがあるというところに、強烈な「個」を感じました。
また、フィードバックの時間に、参加者同士がチャット機能を使ってそれぞれの作品への感想を伝えあうというワークもありました。
「葉の緑を『成長』ととらえる感性が素晴らしい!」「本当に優しさが表現されている」等、作品の背後に見えるその人らしさもお互いに受容・肯定し合う中で、異なる価値観・生き方を受け入れる寛容性が育まれていく感覚がありました。
結びに
新型コロナウイルス感染の収束の目処は立たず、自分の気持ちが揺れゆく機会が多い中「変化」を求められることが増えています。
絶えず「変わり続ける」ということはとてもパワーがいります。そして軸がないと、その変化に振り回されてしまう可能性もあります。
「コロナウイルスは、世の中が色々変わっていくきっかけになっていると思います。変化しなければ駄目という風潮もありますが、私は、頑固に変わらない部分も大事にしたいと思っています。変わらない“自分らしさ”や“個性”を、作品制作にいかしていきたいのです。
いけばなに限らず、皆様にもぜひ、“自分らしさをいかしきる”ことを大事にしていただきたいと思います。そして、個性を認め合うことで、社会はより面白くなっていくのではないでしょうか。」
五十野先生の想いを結びに聞き、今日、いけばな作品を創るという行為を通じて自分の「心」に丁寧に触れられたこと、また、参加者それぞれの作品を通して多様性を体感できたことは、改めて貴重な時間だったように思いました。
また、“あの時の私は何を考え、どういけて(生きて)いたか”。
その時間を切り取って、そのまま作品として自宅に飾り、自分のありたい姿を折に触れ確認できたのは、今回、オンラインだったからこそできたことです。変化の時代における新しい人材開発・キャリア支援のかたち・可能性も感じた半日でした。
働き方・働くことに関する企画・編集。NPO法人ArrowArrow代表。複数の場で「働く」を実験中。
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