「時間と場所にとらわれない働き方」を推進しているNTT東日本の事例のご紹介 後編です。インタビューをさせていただいたのは総務人事部の加藤卓さんと横川和弘さん、そして制度導入と共に北海道に拠点を移し働いている伊藤誠悟さんです。
■インタビュアー・執筆 酒井章(キャリアのこれから研究所プロデューサー)
目次 ※クリックすると各章にジャンプします
5.時間と場所にとらわれない柔軟な働き方
Q15:「ワークインライフの実現に向けた時間と場所にとらわれない柔軟な働き方」の概要を教えていただけますか?
横川:SOCIAL INNOVATION企業となるための新たな価値創造に向けて、「持続的な社会と事業成長の両立」をする必要があり「その源泉こそ人にある」というのが、根本となる考えです。
技術革新やAI活用はあくまでツールであって、それを活用していくのは人です。人によるイノベーション力を向上させるためのワークスタイル変革、という考えが取り組みの背景にあります。
このワークスタイル変革の中でも一番重要と位置づけるのが「ワークインライフの実現」です。仕事も人生の一部であり、時間と場所にとらわれない柔軟な働き方を実現することで、ウェルビーイングを上げ、幸福感や創造力、生産性の向上につなげています。
その取り組みの一つとして、リモートワークを基本とする新たな働き方を、私の部署で推進してきました。
(1)制度改革
Q16:「リモートワークを基本とする働き方」の内容をお教えいただけますか?
横川:リモートワークを基本とする働き方には「制度改革」「環境整備」「意識醸成」の三つの取組みがあります。
まず「制度改革」は、リモートスタンダードの導入によって働く時間や場所の選択を自由にすることです。
リモートワークを基本とする働き方にしたことで居住地の制限を無くし、出社は出張扱いで都度通勤費を支給しています。また、時間の選択肢をあげていくため、コアタイムの無い「スーパーフレックス」という形にし、勤務可能な時間の範囲内で柔軟に働くことができるようにしました。
Q17:具体的な事例をご紹介いただけますか?
横川:1人目は、パートナーの転勤を機に西日本に移住した事例です。東京本社に在籍しつつ、仕事は西日本でしています。
以前であれば退職という選択肢もあったかもしれませんが、リモートスタンダードを活用して家族で育児をしながら働き続けています。
もう一人は、東京の部署に在籍しつつ、地元の北海道に移住した事例です。
本業は農業に関する新規事業ですが、移住後、地元企業との協業や副業として大学の講師などにもチャレンジし、ご自身の「地元に貢献したいという思い」を実現しています。
(2)環境整備
Q18: 次いで「環境整備」についてお教えください。
横川:社内ネットワーク経由ではなくインターネット経由かつセキュアな環境のクラウドワークプレイスに移行しました。セキュリティを担保しつつどこにいても会社と同じ仕事ができる環境になりました。
リモートワークへの移行によって今までとは違うコミュニケーションのとり方が必要となるため、リモートコミュニケーションのワークルールを全社的に広げることも行っています。
また、誰もがどこでも働けるよう、①オフィスでのフリーアドレス導入、②サテライトオフィス・民間シェアオフィス開設、といった環境整備も進めてきました。
特に社員に好評なのが、フリーアドレス導入後に進めたフロアのレイアウト変更です。色々なスペースを設けたのですが、商談用、チームコミュニケーション用、集中作業用等、目的に応じて各スペースをうまく使いわけているようです。
現在、リモートワークにおける課題がないわけではありません。こちらは社員アンケートになりますが、リモートの働き方で課題や改善をしてほしい部分はコミュニケーションという結果が出ていますので、コミュニケーション不足の解消や活性化に向けて、昨年度からハイブリッドワークを推進しており、月1回以上チームでの出社を推奨しています。
基本はリモートワークで自分のペースで集中して作業をしていただき、信頼関係の構築やアイデア出しなどが必要な業務については出社するような、リモートと出社のそれぞれのメリットを使い分けていただく働き方を推進していきます。
(3)意識醸成
Q19: 御社のような日本のインフラを担う大企業がこれだけ一挙に変えられたのは本当に大変だったと思いますが、一番苦労されたことは何でしたか?
横川:一番苦労したのは意識醸成です。はじめはリモートワークにメリットを感じずに出社される方もいたため、まずは半日でもいいのでやってもらいメリットを感じてもらうことから始めました。
リモートワークにより通勤や移動がなくなることで、浮いた時間をより多くのお客様へ対応する時間にしたり、自己研鑽の時間に充てて業務に還元したりすることができています。
また、アンケートではリモートワークにより業務の生産性が「上がった」もしくは「変わらない」と回答した社員は9割にのぼります。出社に回帰する企業が増えるなかで、引き続きリモートワーク中心の働き方を維持できているのは、こうした効果を社員の皆さんに感じていただいているからだと思います。
また、アンケートではリモートワークにより業務の生産性が「上がった」もしくは「変わらない」と回答した社員は9割にのぼります。出社に回帰する企業が増えるなかで、引き続きリモートワーク中心の働き方を維持できているのは、こうした効果を社員の皆さんに感じていただいているからだと思います。
6.時間と場所にとらわれない働き方の実践者 伊藤さんのお話
Q20: 伊藤さんはこの制度の導入と共に北海道に移られたわけですが、その意思決定をされた理由はどのようなものでしたか?
伊藤:2つありました。まず私の子供が5歳になって、そろそろ小学校への入学を検討しなければいけなくなったことと、もうひとつはこれまでの働き方という部分です。私は異動のたびに引っ越しを繰り返してきました。しかし家族や親のことを考えると、「このまま転勤をずっと続けていく生活を送るのか、家族の不安を取り除いて自分もモチベーション高く働くか」を考え、この制度をしっかり活用することで、会社は東京だけれど北海道でも働くことができるのではないか、と考えました。そして、上司に相談をして北海道に引っ越し、実家や家族が安心できる環境で働くことができるようになりました。
Q21:実際に試みていかがでしたか?
伊藤:うまくいったところは、移動時間ですね。一時間かけて会社に行くようなことが無いので効率的に働けるということです。リモートになることでチーム内でのコミュニケーションに苦労したということはありません。
課題としては、リモートを前提としたチーム内での情報共有の在り方です。出社してコミュニケーションをとる場合は、たとえば同じパソコンを見ながら「この資料どのフォルダーにあったっけ?」のようなやりとりをできますが、リモートでも同じレベルで情報の共有や入手ができるようにファイルの場所や運用ルールを明文化し、新入社員や新たに異動してきた人でも障壁を感じることなく業務に取り組める環境を作ることが必要だと思っています。
Q22:新しい制度が導入されたことで会社の空気や風土も変わってきたと感じていますか?
伊藤:出社することに労力を割かなくて良くて、ワーケーションなどの選択肢が広がっているので、仕事も頑張ることができる良いサイクルが生まれていると感じています。
Q23: 北海道で働く経験を通じて「地域」に対する見え方も変わりましたか?
伊藤:変わりましたね。北海道で育っていた時に感じていたことが、東京での勤務が長くなると、(地域の)課題がなかなか見えなくなっていました。しかし北海道に戻ったときに、改めて東京に住んでいてはわからない良い面や悪い面を改めて身近に感じるようになっています。そういう意味で地域に住むことで地域に密着した感覚が生まれていると思います。
Q24: 「東京にいてはわからないこと」とは、具体的には?
伊藤:自分自身が働くうえで感じていることとしては、通勤に掛かる時間や体力的コストが大きく違うと思います。
また、地域の社会的課題として、ローカルに行くほど車がないと不便な一方、高齢者の方はそもそも自らが運転して移動ができない場合もあり、シェアリング等を活用したサービスへのニーズを感じています。
また、地域の社会的課題として、ローカルに行くほど車がないと不便な一方、高齢者の方はそもそも自らが運転して移動ができない場合もあり、シェアリング等を活用したサービスへのニーズを感じています。
そういった認識のギャップが出てくるので、今後、地域にまつわる課題が出たときに、それを本質的に知っている人が考えないといけないと思いますし、そのためにしっかり地域にいることが必要なのではないか、と思います。
7.取り組みの手応えと課題
Q25:お取り組みに対する手応えとか実感値、課題も含めてお話しいただけますか?
横川:働き方の観点では「自分たちの働き方を自律的に選んでいく」ということがキーワードになっていると思っています。社員アンケートでも、一昨年度は53%が「自律的な働き方ができている」という回答でしたが、昨年度はそれが63%と10%以上伸びました。こういった制度改革、環境整備、意識醸成が、社員の自律的な働き方の推進に繋がっているという手応えを感じています。
加藤:私も仕組みや環境の整備はかなり出来上がってきていると感じています。
ここから先は、社員の皆さんが本当に使ってみようと思う実践フェーズにできるのかが重要になってくると思います。そこに向けて課題や障壁があるのであれば、社員の声を集めて改善に向けて取り組んでいく必要があり、まさにいまそのような取り組みをしているところです。
Q26:伊藤さんは、現場の立場で今後このような働き方をしたい、このようなキャリアを作っていきたいといった展望はありますか?
伊藤:キャリアという意味では、新しいミッションをいただきマネージャーとして仕事をさせていただきます。コロナが明けてリモートスタンダードが始まって間もないので、先ほど申し上げたようなチーム内での情報共有の在り方など、模索をしながら今まで以上のことができるような活動をしていきたいと思います。
●取材を終えて
NTT東日本という日本のインフラを担う巨大企業が「時間と場所にとらわれない働き方」を打ち出されたこと自体が驚きですが、皆さんのお話をお聞きして浮かび上がって来たのは、しっかりとした理念と革新的な取り組みでした。
あくまでも「イノベーションの源泉は人」という理念に基づいているからこそ、数々の制度や仕組みが速やかに導入され、社員も「仕事か家族か」「都市か地方か」の二者択一を迫られずに地域に密着したビジネスを生み出す可能性が切り拓かれていることが、よく理解できました。伊藤さんがおっしゃったように、企業・自治体・住民の「三方よし」で日本全体が盛り上がっていく未来を期待したいと思います。
キャリアのこれから研究所プロデューサー。美大の大学院に飛び込んで
自ら創造性の再開発を実験中
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