いま、広がりを見せているEX(従業員体験・経験)というメガネを通じて「働き方のこれから」「キャリアのこれから」「人事のこれから」「社会のこれから」を見通していく本連載。第4回は、株式会社Money Forwardのお取り組みを、金井恵子さん(執行役員、グループVP of Culture)にお話をお聞きしました。
まだ従業員が約20名(現約2,800名)の時に同社にデザイナーとして入社され、社内のカルチャー浸透や人事の領域にのめり込んでいかれたプロセスを、第3回でもご紹介した「HRとEX のデザイン研究会」でのご講演内容を振り返りながら、等身大でお話しくださいました。
1金井恵子氏の役割と現在のミッション
Q1:まず、金井さんの現在のお仕事についてお話しいただけますか?
金井(敬称略):管掌範囲としては、Money Forwardグループ全体の企業文化、特に MVVC(Mission Vision Values Culture)の浸透と推進になります。
Corporate Identity推進室という、インナーとアウターの両方に向けたコーポレートブランドを作る部署の室長もしています。そこには「ブランドエクスペリエンスデザイン」「カルチャーエクスペリエンス」「スポーツストラテジー」という3つの機能があって、インナーにMVVCを浸透させると共に、それを外部に伝えるという両面を見ています。
また、カルチャーづくりと密接に結びつくオフィス環境を整えるWorkplace本部も管掌範囲に入っています。
2デザイナーからカルチャー領域へ──キャリア転換の背景
Q2:では、ご入社以来のキャリアについて教えていただけますか。
金井:2014年、サービスを作るデザイナー(サービスデザイナー)という役割で、弊社が展開するサービスのユーザーインターフェースや UXやウェブサイトのコミュニケーションデザインを担当するという想定で入社しました。
ただ、最初に入社したデザイナーだったので、きちんと業務範囲が決まっていなくて、デザインに留まらずにさまざまな業務を拾っていました。 辻(代表取締役社長、グループCEO)の登壇資料の作成や会社の動きを発表するリリース資料のデザインや社内イベントのアイデア出しなどもしていました。
入社して1年も経たないうちに従業員が数倍に増え、会社として、まだ意思決定の軸や自分たちがどのような価値観を大事にするのかが言語化されていない状態だったために、いくつか課題も生じてきました。
会社の状況を受けて、辻から 「会社としての価値観を定めたい」という依頼があり、MVVCの策定に関わることになりました。また、社内での価値観浸透が、対外的なサービスのデザインに影響してくることを実感し、カルチャー浸透という分野にも取り組み始めました。

3「HR × EX × DESIGN」という思想が生まれた経緯
Q3:「HR×EX(=CULTURE)×DESIGN」と考えていらっしゃるのは、どのような理由からでしょうか?
金井:私はずっとデザイナーとして働いてきたので、HR(人事)や EXといったことを意識せずにさまざまな業務をやってきました。振り返ると人事的なセオリーとは真逆のことをやっていたのかもしれません。
結局、会社としてのメッセージを従業員の皆さんがどう受け取るのか、どのように体験をするのか、ということが大切なので、それを「カルチャーのデザイン」と言いかえられるのではないか、と思ってきました。
Q4:当時通われていたXデザイン学校を主宰する山崎和彦先生から「ブランドを作りたいなら人事に関わることは必要」と言われたんですよね。
山崎和彦氏:千葉工業大学教授、武蔵野美術大学教授を歴任した日本の研究者・デザイナー。
*山崎氏インタビュー記事は、こちら
金井:私は、従業員体験や MVVC 浸透を、「ブランド作り」だと思っていたのですが、最初の頃は浸透させるのが難しかったので、 山崎先生に「強いブランドを作りたいのに、なかなかうまくいかない」とご相談したら、「ブランドを作りたいのなら人事を握ることが必要だよ」と言われたんです。
言われた当初は「なぜブランドの話で人事が出てくるんだろう?」とピンと来なかったのですが、この10年間は結果的に、人事と密に連携しながらやってきました。従業員に向けて何かを浸透させる時、人事は従業員との多くのタッチポイントを持っているので、今では、人事との連携は重要だと実感しています。
4MVVC浸透に向けた取り組みと“共感”中心のアプローチ
Q5:インナーブランディングからアウターブランディングまでを一貫してされているのは本当に素晴らしいですね。カルチャーを作る上で、どのような取り組みをされてきましたか?
金井:本当にいろんなことをやってきました。 ただ、MVVCを浸透させていくとき、例えば「毎朝みんなで、会社の理念を唱和する」みたいなことではないだろうな、とは感じていました。
従業員の皆さんが会社の価値観に共感をしないと、それを体現しようとは思わないだろう、と思っていたので「どうしたら共感を得られるだろう」ということを模索しながら、さまざまな施策をやってきました。
大きい取り組みとしては、例えば全従業員総会があります。新しく入社したメンバーから、弊社の総会に驚いたという声がよくあがります。

(全グループからの公募で集まった、従業員総会の運営メンバー)
総会というと硬い感じのものをイメージする人もいると思うのですが、キックオフの際に、辻(代表取締役社長、グループCEO)からのリクエストとして、従業員のみんながポジティブなエネルギーを感じることができるような場にしたい、Money Forwardグループとしてのカルチャーを感じる場にしたい、ということがありました。
なので、全グループの従業員から運営に関わるメンバーを募集して、「みんなでその場を作り上げていく」という参加感がある総会を作ることを大事にしています。
Q6:なぜ、着眼点として「共感が大事」だと思われたのでしょうか?
金井:「正論だけで人の心を動かすことってすごく難しい」というのが私の持論です。会社経営はロジックで動いている部分があり、それを伝えること自体はすごく大事なのですが、それだけになってしまうと、決まったことをやらされている気持ちになります。
なので、自分も会社を作る一員である、と感じることができるような余白が心の中に生まれれば、カルチャーを大事にしよう、というかたちに変わっていくだろう、と感じています。つまり、人の心を動かす、行動してもらうためには「共感して好きになってもらうこと」が大事だと思った、ということです。
Q7:サービスデザイナーとしてのバックグラウンドがあったからこそ、そのように思われたのでしょうか?
金井:そうかもしれないですね。従業員を“雇用する側、雇用される側”という関係以上の「会社というプロダクトのユーザー」だと私は捉えています。
ユーザーとしての従業員がどうしたら利用してくれるのか、使いこなせるようになるのか、一緒に育ててくれるのか、という受け取る側の視点から、カルチャーをデザインしてきたのだと思います。
5MVVC策定での試行錯誤と共創文化の形成
Q8:MVVCを浸透させる上で、辻様(代表取締役社長、グループCEO)の想いはどのようなものでしたか?
金井:とても大きいものでした。辻は、それまでの社会人経験の中で、戦略と同じぐらい企業文化というものは重要で、それが崩れることで会社も崩れていってしまう原体験を持っていました。そのため、「MVVCの浸透にちゃんと投資をしよう!」という意識はすごく強かったと思います。
Q9: しかし、MVVC 策定の初動で「大きな失敗」をされました。
金井:従業員数が少ないときは価値観が揃っていますし、お互いどのようなことを考えているのかが、わかっていますが、従業員数が急激に増えていくと、さまざまな価値観の人が入社します。そうすると意思決定を揃えるのが難しく、コミュニケーションコストもすごくかかって、組織の状態が悪くなっていきました。
そのような時に、創業メンバーが作った行動指針を浸透させるクレド制作の依頼を、辻から受けました。
(クレド:企業や組織の全従業員が日々の業務で心がける具体的な「行動指針」を記載した小冊子やカード)
しかし、その行動指針は、私が感じている弊社の素敵なところと乖離があったり、指針の数が多かったりで「そのまま浸透させても意思決定の時に弊害が生まれるのでは」と感じました。
そして「作り直しましょう」と辻に提案し、ボトムアップで進めました。辻も、その動きを前向きに評価して任せてくれたのですが、その過程で「経営陣の思い」が十分に反映されない形になってしまい・・・。総会で発表する際、辻がうまく言葉をつなげられず、多くのメンバーからフィードバックが寄せられました。
それから半年ぐらいかけて、経営陣と「何をMoney Forwardとして大事にし続けたいのか」を対話しながら作り直しました。
Q10:その失敗を通じて、金井さんはどのようなことを感じられましたか?
金井:結果的に失敗を一回しましたが、前半で従業員の思いを吸い上げ、後半で経営陣の思いを集約させて、結果的に全員を関与させることができたと、今はポジティブに捉えています。後のMoney Forwardの「共創していく」という下地をつくることができたのではないか、と思っています。
Q11:その経験から「浸透には『会社が伝えたいこと』と『受け取る側の組織や従業員の状態』の両面を見る必要がある」ということを学ばれたわけですね。
金井:はい、MVVCの策定時、経営陣の「みんなで同じゴールを見て、価値創出のスピードを上げていきたい」という想いと、従業員側の「何のためにやっているのか、もっと知りたい」という想いを折々に感じていました。
まずは経営陣側から従業員側へ歩み寄っていく必要があると思いました。ただ、従業員数が大幅に増えている状況では、両者でゴールや価値観をすり合わせるのは簡単ではありません。「なぜこれをやるのか」というWhyと、「どう進めていくのか」というプロセスの開示が大事だという想いが、より強くなっていきました。
Q12:MVVCの浸透に手ごたえを感じ始めたのは、どのようなタイミングでしたか?
金井:「浸透してきているんだな」と感じるまでには、取り組みを始めて 5年ぐらい要しました。
「一番効いた施策はなんですか?」とよく他社の方から聞かれるのですが、そのようなものはなくて、本当に地道にやり続けることが大事だと思っています。
6縦と横のコミュニケーション設計による浸透施策
Q13: 以前「HRとEX のデザイン研究会」で、MVVC浸透のプロセスを4つのステップで紹介してくださいました。
金井:我々がMVVC 浸透に着手した理由は、会社として大事にしたい価値観は「共通言語ができること」によって揃う、と考えたからです。
それによって、意思決定の軸や行動や振る舞い、要は「Money Forwardらしい」行動が揃っていきます。具体的には、お客様と接する時やサービスを作るプロセスの中で一貫した行動をするようになり、そのすべてが「強いブランド」につながっていくのだということが取り組みを進める中でわかっていきました。
また、組織には、「縦のコミュニケーション」と「横のコミュニケーション」があります。「経営の意思をどう伝えるか」という縦のコミュニケーションだけだと「やらされ感」が生じやすい。
一方、社内イベントといった「横のコミュニケーション」だけでは、従業員の仲は深まっても、価値観や行動の変容までに至らないこともあります。
MVVCの浸透には、縦横のコミュニケーションの両方を、バランスよく実施していくことが大事だと考えています。
Q14:現在の従業員数は何名ですか?
金井:約2,800名です。
MVVC は作って満足してしまってはダメだと思っています。繰り返し「これが大事だ」ということを伝え続けてきたお陰で、大きな問題にまでは至らずにできているのかもしれません。
7People Forward本部設立とUX視点の導入による変革
Q15:そして、2020年にPeople Forward本部が設立されましたね。
金井:それまでは、社長直下でコーポレートデザイナーという立場で、プロジェクトベースでさまざまな取り組みをしてきました。しかし従業員数も約600人に増え、2020年にはコロナによってリモートワークになる中、プロジェクトベースでやっていても追いつかなくなる時がすぐ来るな、と危機感を感じるようになりました。
世の中の事例を見ていると、人事とカルチャーが一体となって活動している会社があることを知り、人事本部長にかけ合って、People Forward本部という部署を立ち上げました。
Q16:設立当初は、ワークショップなどもされていますね。
金井:それまで人事メンバーが企画する施策を見ていて、会社側の視点が前面に出やすく、「ユーザー視点を加えることで、さらに伝わりやすくなるのでは」と思うポイントがいくつかありました。そこで、人事とカルチャーのメンバーが合流したタイミングで、ワークショップを行いました。

(ワークショップの様子)
Q17:その時に、 UXデザイナーとしてのご経験を通じたどのような知識やスキルが活きましたか?
金井:「ユーザー視点で体験を設計すること」と「バックキャスティング」です。
Q18:「バックキャスティング」について、少し詳しくお教えください。
金井:そもそも、私たちが会社として成長していくためには、ビジョンやそこに向かうための戦略があり、それに基づいて「どういう組織にしていきたいのか」「どういう人たちが必要なのか」を描いていく必要があります。
戦略と合わせて「こういう組織にしていきたい」というビジョンをPeople Forward本部のメンバー全員で共有し、そこに向けて採用・育成・研修に取り組むことにしました。
また、個別施策についても「どのような態度変容を生みたいのか」というコンセプト設計ができていなかったため、そこもメンバーと一緒に作り上げていくようにしました。
8金井氏が考える「体験」「EX」の本質と推進力
Q19:金井さんはUXデザイナーつまり「体験の設計の専門家」として取り組んでこられました。改めて、金井さんにとって「体験」とはどういうことでしょうか?
金井:「会社のメッセージを従業員がどのような気持ちで受け止めるのか」を考えるということと、それが共感を生むものか、「自分もやりたい」と思ってもらえる届け方になっていること、だと思っています。
Q20:リーダーシップ育成の取り組み(Leadership Forward Program)でも「物事をForwardする存在」という風に転換させたわけですね。
金井:リーダーシップ育成研修の例を出すと、「3年後に子会社の経営を任せられる人材を10人輩出したい。そのために資格や必要となる素養を身につけて欲しい」という、人事のニーズそのものを伝えてしまうと、覚悟が決まってない状態の従業員にとってはプレッシャーに感じるだろう、と想像しました。
そのまま従業員に伝えるだけではプログラムへの参加応募が伸び悩むのではないかと思い、従業員の視点で共感してもらえるストーリーにすることを提案しました。
誰もが会社の経営に「参加したい」と思えるようになるためには「なぜやるのか」を説明する必要があります。 「Money Forwardはものごとをフォワードさせてくれる存在だ」と世の中から思っていただくためのリーダーシップが必要で、「経営に関わって新しい価値を生み出したい」と思う人は、ぜひこのプログラムに参加して欲しい、というメッセージに変換したのです。
Q21:金井さんご自身がデザイナーから人事という領域に入っていかれたわけですが、人事領域とデザイン領域が共創する意味は、どのようなところにあると思われますか?
金井:会社の視点を従業員の受け取る側の視点へと翻訳して伝えることが、デザインが入ることによってすごくスムーズになる、と思っています。
Q22:経営の一翼を担われている立場になられて、EXに対する見え方に変化はありましたか?
金井:基本はそれほど変わっていません。もともと考えていた思想・思考、従業員をリソースと捉えず「働いている方々が会社のファンになってくれる」ことでコミットメントも高まると思っているので、そのエンゲージメントをどう作るかがすごく大事だと思っています。
9EXがCXを生み出す理由──価値観の一致とエンゲージメントの力
Q23:きちんと CX(顧客体験) と EX(従業員体験) が噛み合わさるポイントはどこにあると思いますか?
金井:会社が目指しているミッション・ビジョンと、大事にしている価値観を、従業員がまず理解していることが大事だと思います。また、自分が持っている人生の価値観や仕事で大事にしていることと会社の価値観が噛み合うと、すごくエンゲージメントが高まると感じています。
なので、そこ(自分の価値観と会社の価値観)が噛み合った状態で入社いただくことも大事ですし、働く上で共感して「素敵な会社だな」と思うようになっていただけたらと思っています。 そうなることで会社が大事にしていることを自分たちも体現して、ユーザーに伝えようと思うようになるのではと、MVVCの浸透活動をする中で感じています。なので、EXを高めることが、結果的にCX の質も上げていくことにつながると強く思っています。
Q24:最後に金井さんにとって 「EX」とは何だと思いますか?
金井:冒頭にお話ししましたが、会社と従業員が「雇用する側・される側」という関係を超えて「従業員の一人ひとりが、ちゃんと会社を作る一員になることに誇りを持てるようになるまでのプロセス全体」だと思っています。
Q25:従業員が約 20人のころから 約2,800人のレベルになるまで続けてこられた金井さんの原動力は何だと思いますか?
金井:それ、皆さんから聞かれるのですが・・・。Money Forwardの価値観が、自分が人生で大事にしたい価値観とすごくフィットしていると、入社した時から思っています。そこが噛み合うと、すごくイキイキと働けることは自分自身が感じてきました。
なので、従業員のみんなにMoney Forwardを好きになってほしい、という気持ちと、「イキイキ働ける環境で働くってすごく楽しいよ」ということを知ってほしいという想いを持っています。
10インタビューを終えて
金井さんのお話をお聞きして強く印象に残ったのは「ブレない」ということでした。
それは、自社が大事にしている価値観とご自分が人生で大事にしている価値観がジャストフィットしていることが大きな要因のようです。デザイナーの思考と行動様式を抽出した「デザイン態度」という概念があり、以下のような特徴があります。
1.不確実性・曖昧性を受け入れる
2.深い共感に従事することで、人々の理解のしかたを理解する
3.五感をフル活用する
4.遊び心を持ってものごとに息を吹き込む
5.複雑性から新たな意味を創出する
サービスデザイナーとして入社された金井さんには、このような素養(価値観)が備わっていたからこそ社内のMVVC浸透の推進力となられたのでしょう。しかし、それは今後、デザイナーに留まらず、より良いEXを実現する上で、個人にも組織にも必要になっていくものとなるのではないだろうか。そのように強く感じさせていただいた時間となりました。
キャリアのこれから研究所プロデューサー。美大の大学院に飛び込んで
自ら創造性の再開発を実験中
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