九州の浄水器メーカー・タカギで、DE&Iを推進してきた松田理恵さん。
今回の記事では、取り組みの後編部分をお届けします。
●インタビュアー 株式会社日本マンパワー 臼井 文佳(うすい あやか)
女性のキャリア開発および育児両立、上司向けダイバーシティマネジメントなど、研修の企画・開発などを担当。
前編は下記からご覧いただけます。※別ページに遷移します。
66年間で変わったこと、広がったこと
──6年間の取り組みを経て、社内にはどのような変化が生まれましたか?
松田:社員満足度調査を行うと、自由記述欄に「会社がだいぶ変わった」「働きやすくなった」と書いてくれる人が増えました。
それから、採用面接を受けに来た学生さんから「タカギさんの男性育休の記事を見ました」と言われることもあって、リクルートの面でも変化を感じています。
文化として感じるのは、「これをやっていいんだ」という空気が生まれたことですね。トップセールスの男性が、フレックスや時短勤務制度を使って子どものお迎えに行くというのは、以前なら考えられなかったことです。管理職でも育休を取るのが普通のことになってきました。正々堂々とやっていい、という雰囲気が育ってきたと実感しています。
「保守層」の人たちにも変化の兆しはあります。以前は産休中の女性の昇格に消極的だった管理職が、「この人には実力があるから昇格させよう」と自ら口にするようになってきました。
一方で、「育休や産休の予定があるから」と、そのことが昇格にマイナスだと捉えている発言が出ることもまだあります。そういう時は、その発言の理由をお聞きするようにしています。明確な理由がないと本人たちは納得できないでしょう。
まだ完全に変わりきれているとは言えませんが、確実に兆しは出てきています。

※インタビューで6年間の取り組みの手ごたえを語る松田さん(写真中央)
写真右:日本マンパワー小池 写真左:日本マンパワー臼井
──取り組みが社内に根付いていったのには、何か理由があると感じますか。
松田:実はタカギという会社の設立の目的自体に、もともとDE&Iの考え方が組み込まれていたんです。「皆が楽しく働ける職場を提供する」という創業者の思いが原点にあって、年齢も性格も違う従業員一人ひとりが喜んで楽しく働けることを大切にする、という考えが根底にある会社でした。だからDE&Iの取り組みが「外から来た新しいもの」ではなく、「元々うちにある考え方」として受け入れてもらいやすかった面があると思います。
7社外コミュニティ
──松田さんは、社内の活動に力を入れるだけでなく、社外でもコミュニティを立ち上げておられると聞きました。それにはどのような思いがあるのでしょうか。
松田:北九州市のダイバーシティネットワーク(KDN)(※)の活動で他社の担当者と話すうちに、地域の企業が同じような壁にぶつかっていることを知り、弊社だけの問題ではないと感じました。
※北九州市ダイバーシティネットワーク(KDN)は、市内の先進企業や団体の担当者が参加する交流組織です。会議や研修会を通じて女性活躍やワークライフバランス推進のノウハウを共有し、経営者・管理職の意識改革と市内全体への取り組み波及を目指しています
そこで、志を同じくする他社の女性リーダーたちと、新たにコミュニティを立ち上げたのです。第1回目の会合の後の懇親会では、止まらないくらい盛り上がって(笑)。みんなそれくらい言いたいことが溜まっていたんですね。でも、ただ盛り上がって終わりにはしたくないので、そこから「じゃあどう対策するか」という話に必ず持っていくようにしています。テーマは定期的に変えて、手伝いたいと言ってくれるボランティアの人たちの力を借りながら続けています。
いちばん嬉しかったのは、ある企業で一人でDE&Iに取り組んでいる方が、「本当は一人じゃないんだってわかりました」と言ってくれたことです。DE&I推進の担当者は、社内で孤独に闘っていることが多いんです。そういう人たち同士が横でつながることに意味があります。愚痴を言い合うだけで終わらず、「次にどうするか」を持ち帰れる場にしていくことが、コミュニティを続けていく上で大切にしていることです。
8悩みを抱えながら働いている人へのメッセージ
――働く人の中には、育児と仕事の両立に限らず、介護やご自身の病気など様々な悩みをお持ちの方がいると思います。悩みを抱えながら働いている方に向けて、最後にメッセージをいただけますか。
松田:直面している問題や悩みは人それぞれだと思いますが、まずは「0か100か」で考えないでいただけたら、と思っています。今が辛いと、「もう辞めるしかない」と極端な結論を出したくなるものですが、いったん立ち止まって考えてみてほしいんです。
「辞めること」と「続けること」の間には、無数のグラデーションがあります。自分ひとりで抱え込まず、まずは誰かに話してみてほしい。
そして、言わなければ相手に伝わらないことが、たくさんあります。身近な相手であっても「察する」のは難しいものです。
だから、上司に対しても部下に対しても、家族が相手でも、言葉で伝えていくことを意識してほしいんです。
そうして、「会社や周りができること」と「自分ができること」の着地点を一緒に探していくことが、問題解決につながる第一歩だと思います。
私自身、育休から戻る前、「辞めようかな」と思った瞬間がありました。育休後に同じポジションに戻れるかどうか、とても不安だったんです。その時、上司に相談したら、「今決めなくていいんじゃない?」と言われて、いったん立ち止まることができました。あの時、焦って決断しなくてよかったと、今でも思っています。
また、育児中は、同じ育児中の友人に何度も助けられました。私が子育てをしていた時期、夫が多忙でほぼワンオペ状態だったのですが、友人とお互いに子どもを預け合い、乗り越えることができました。
“一人ではできないことを、つながって助け合い、そして未来へ返していく”――これが、私の活動の根っこにある想いで、これからも大事にしていきたいと思っています。

9インタビューを終えて
日本マンパワー臼井:松田さんのお話を伺い、DE&Iや女性活躍推進を進めていくうえで、多くのヒントをいただいたと感じました。
当社では、女性活躍推進を進めるための視点を「8つの切り口」で整理しています。本稿ではその中でも松田さんのお取り組みと特に関連が深いと感じられた2つの視点から、実践のポイントをあらためて整理してみたいと思います。
(1) 健全な危機意識
ダイバーシティや女性活躍の重要性を経営課題に掲げる企業は増えています。しかし、価値観の多様化が進む中、組織全体で課題を共有する難しさを感じている担当者の方も多いのではないでしょうか。
今回の松田さんのお取り組みでは、「越境」と「当事者体験」が課題共有のきっかけになっていました。
まず、男性中心企業であったタカギの社長に危機意識をもたらしたのは、他社との「越境的な交流」でした。同業他社の取り組みを知ることで、自社の遅れに気づき、ダイバーシティ推進プロジェクトの立ち上げへとつながりました。
また、変化に抵抗感のある管理職層の意識を大きく動かしたのが「体験」です。女性特有の身体的な痛みを疑似体験したことで、それまで表面的にしか理解されていなかった問題が、自分事として認識されるようになりました。
ダイバーシティ推進においては、異なる立場に対する想像力をいかに高められるかが鍵となります。そのためには、多様な価値観に触れる「越境」や、立場を疑似的に体感する「体験」が有効だったことが示された事例だと思います。
(2) 多様な声を拾い、反映する
ダイバーシティ推進、特に女性活躍の実現において中核となるのが、多様な声を組織運営にいかに取り入れるかという視点です。従来のように、一部のリーダーの意思決定に依存する組織運営では、変化の激しい時代に対応しきれなくなっています。
もっとも、従業員数が多い企業では、一人ひとりの声に耳を傾けることは容易ではありません。しかし、松田さんの実践が示しているのは、「個」に向き合う積み重ねこそが、結果として組織全体に波及するという事実です。男性育休の推進においても、対象者一人ひとりへの丁寧なヒアリングと伴走が、制度の利用促進と文化変革につながりました。
また、松田さんは、不安や悩みを安心して持ち寄り、共に解決していくコミュニティの場も積極的に活用されています。
このような「個に向き合う積み重ね」や「コミュニティの場づくり・活用」は、多様な声を包摂し、それを価値へとつなげていくうえで、非常に有効です。
組織は個人の集合体です。一人ひとりの声を丁寧に拾い、施策に反映させていくことが、結果として最も確実に組織変革につながっていくのだと感じました。
育休ゼロから全員取得へ。現場を巻き込み、組織を変えたタカギのDE&I実践(前編)
前編記事はこちらエン・モア合同会社代表。編集者/ライター。ビジネス誌のインタビューを中心に幅広いテーマの記事を執筆。
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