多くの企業でAIの活用が進んでいますが、現場でAIと人がどのように役割を分担し、それを支えるためにどんな仕組みを整えるべきかについて、明確な答えを持つ企業はまだ多くはありません。AIと人は、どう役割を分け合い、支え合っていけばよいのでしょうか。
前編では、日本総研で人事コンサルティングに携わり、『AI時代の人的資本経営』(日本総研 ポスト人的資本経営研究会&先端技術ラボ著)の執筆メンバーの一人でもある髙橋千亜希氏と、日本マンパワー代表取締役会長の田中稔哉が、これまでの「人的資本経営」が抱える問題点と、その解につながる「人的資本社会」という視点、そしてAI×HIという考え方について語り合いました。
後編では、その考え方を実際にどう機能させていくのか、実践のかたちについて話し合います。
(取材・構成 石澤 寧)
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『AI時代だからこそ、人が活きる キャリア自律を支える「AI×HI」の実践』
5.AIに任せる領域、自分で選び取る領域
田中:
AIと人間の役割分担について、弊社でAIによるキャリアコンサルティングのシステムを開発しながら、あるいは現場でAIを使ったキャリア支援をしていく中で、少し整理できたことがあります。
まず、人の外側にあって、比較的変化の少ない、環境に関する情報については、AIは非常に有益です。分析も任せられます。
ただそれに対して、人の内側にある感情や思考は動的です。特に感情は、激怒していても数分で収まったり、悲しさの中に喜びがあったり、喜びの中に苦しさを抱えていたりするわけで一面的ではない。そうした曖昧で多面的で、刻々と移り変わっていくものについては、AIはまだ対応できません。
人が何かを察する、たとえば寂しさの奥にある別の感情を問いかけながら汲み取っていくような、非言語的なコミュニケーションを含むやりとりは、現在のAIでは理解できないと思います。マイクロアグレッション(※注1)のような、ごく微細な反応を受け止めることもまだ難しいでしょう。そうした言語化しきれない部分を入力できないところに、今のAIの限界を感じています。
※注1:《micro(小さな)+aggression(攻撃)からの造語》日常生活の中で、無自覚の偏見によって行われる差別的な言動。(デジタル大辞泉)

髙橋:
とても共感します。AIでも壁打ち相手にはなれますが、人間との対話を完全に代替するまでには至っていません。田中さんがおっしゃる通り、言葉にならない迷いや沈黙、表情、その人が置かれている組織的・家庭的な文脈まで推察できるのは、まだ人間にしかできません。
これは、書籍の企画を進める中でも強く思っていたことです。AIはあくまでツールで、選択肢を広げて整理するためのもの。人間は、その選択肢それぞれに意味を与え、何を選ぶかを決める存在です。
書籍ではこの役割分担を基本に、AIに何ができるかを考えながら、意味付けと意思決定は人間が担う、という前提で整理していきました。AIが示す選択肢は合理的です。でも、何を選べば自分が本当に幸せになれるのか。自分だけでなく、家族や組織、社会との関係も含めて、何が最適なのかは、単純な合理性だけでは決まりません。そうした判断をするのは、やはり人間でありたい。その判断に集中するために、手放せる領域はAIに任せよう、と考えたんです。

田中:
AIとHIの働きの違いについて、まさにその通りだと思います。もし、自分でも意識していない面をAIに渡すことができたなら、できることはもっと増えるかもしれません。しかし、個人という存在のすべてをAIに入力することは不可能でしょう。
今回の書籍にも書かれていましたが、ナラティブというのは、その人が主観的に作っているものです。どの経験を選んでストーリーにするかは、その人の意思そのもの。効率と合理性だけでは、人の意思決定は成り立たない。そう感じています。
6.自律を支える心の土台
髙橋:
キャリア自律という考え方自体は、人的資本経営が言われる以前からありました。ただ、AI時代には、そこに二つの要素が加わっていると感じています。
一つは、キャリアは一度描いて終わりではなく、環境の変化に応じて、継続的に更新し続ける必要があるということです。AIの進化によって、仕事の中身は細分化され、スキルも速い速度で変わっていきます。5年先、10年先の自分を描いて逆算する、という従来のキャリア論は、もはや成立しにくくなっている。今は仮説として持ちながら、試し、修正していく。そういう動的なキャリア設計が必要になっていると思います。
もう一つは、AIを思考のパートナーとして活用できるようになったことです。経験やスキルの棚卸し、情報の収集、選択肢の比較といった部分は、AIに任せることで効率化できます。ただ、自分は何を大事にしたいのか、どの道なら納得できるのか。それを自分で選び取ることは、変わらないと思っています。

田中:
私が先ほどお話しした役割分担に通じる話ですね。
髙橋:
はい。こうした変化を踏まえると、キャリアを描くこと自体よりも、キャリアを描く習慣を日常に落とし込むことの方が、大事になってきているのかもしれません。そのプロセスでは、すぐに答えを出そうとしないことも大切です。
もやもやしている状態というのは、おそらくアイデアの手前にある。だから、もやもやがなければ、アイデアも生まれない。ただ、そのもやもやに耐える力が、今とても弱くなってきていると感じます。SNSですぐに返信が来たり、夜中でもAIが答えを教えてくれたりする環境の中で、そうした胆力が失われつつある。そんな構造があるように思います。
田中:
答えが出ないという、ある種の絶望の中で、それでも希望を持ち続けるということですよね。今回の書籍にも書かれていましたが、それを支えるのは、人に対する信頼だと思うんです。自分自身に対する信頼、と言ってもいい。
会社が従業員のキャリア支援をするときのベースとして、まず必要なのは、自己受容だと思っています。長所も短所もあるけれど、そういう一人の人格として自分は生きていくんだ、という感覚です。自己肯定感の手前に、まずこれがある。自分に自信を失ってしまっている人は、まず自分自身を受け止められないと、耐えるための拠り所を持てません。自分自身を信じられること、そして自分のいる社会を、完全にではなくても肯定的に見られること。それが、キャリア支援のベースに必要だと思います。
髙橋:
言い古された言葉かもしれませんが、心理的安全性、つまり「I am not OK」でもOKだと認められる環境は、やっぱり大事だと思いますね。
田中:
それと、もう一つ付け加えたいのが、意味づけということです。社会人になってからの経験を、自分自身のこととして捉え、環境に適応的な形で意味づけていく。これも、キャリア支援の一つだと思います。
7.人間との対話にしかできないこと
髙橋:
だからこそ、人との対話には価値があるのだと思います。対話することで、自分一人では気づけない価値観や可能性に気づくことができる。「なぜその仕事にこだわったんですか?」「そのとき何が嬉しかったんですか?」と問いかけられることで、自分の中にある価値観や動機を内省できるようになります。
言い換えれば、対話は、言葉にしながら自分の考えを作っていく場だと言えます。最初から明確なキャリアビジョンを持っている人なんていません。曖昧な思いやちょっとした違和感を問い返される中で、自分なりの意味付けをしていく。それは、AIであってもある程度は可能です。
ただ、AIとの対話は、自分が打ち込んだテキストがすべてです。言葉にならない迷いや沈黙、表情、その人が置かれている組織的、関係的な文脈は、度外視されてしまいます。そうした曖昧な状態を、一緒に過ごし、寄り添ってくれる相手は、人にしかできません。AIによって考えを広げて整理した上で、人との対話によって、より深く意味付けをしていく。この組み合わせが、これからのキャリア形成において重要になってくると感じています。
田中:
本当にそうだと思います。人生の意味について考え続けていくと、どこかで思考をやめたくなる瞬間があります。そうした時に支えてくれるのが、信頼できる他者の存在です。自分が諦めそうになっているときに、自分を諦めない他者がいる。あなたには価値がある、と思い続けてくれる人がいる。それが、自分を諦めずにいられる、大きな理由になるのだと思います。

もう一つ、人には防衛機制(※注2)が働きます。AIは機械ですから、防衛する必要がありませんが、人は自分が認めたくない自分や、自分でも気づいていない自分に、無意識に蓋をしてしまう。AIとの対話では、そうした部分を話題にするのは難しい。
そうした自分でも気づかない、あるいは、気づきたくない部分を認めていくには、「この人の前なら、蓋を開けても大丈夫」と思える、信頼関係が必要です。それができるのは、一定以上の専門性を持った人との対話の中だと思います。
※注2:心理学で、不快・欲求不満や葛藤(かっとう)などから無意識に自分を守ろうとして働く適応のしかたのこと。(デジタル大辞泉)
髙橋:
すごく共感します。私の知人には、心理療法のカウンセラーが多いのですが、彼らと会うと、その気がなくとも、心の蓋が勝手に開いてしまう自分がいます。それは、目に見えないメカニズムです。人と人との深い信頼関係には、AIには代えられない何かがあるのだとよくわかります。
8.キャリア自律を支える仕組みをどのようにつくるか
田中:
私は普段から、意思決定のほとんどは仮決定なんだ、というスタンスでいることが大事だと思っています。一つの目標を決めたらまっしぐら、という方が気持ちは楽かもしれません。でも、常にこれでいいのか、状況は変わっていないか、と問い続ける構えを持ち続けないといけない。そちらの方が実はしんどいことです。私が大学院で研究した「ネガティブ・ケイパビリティ」は、まさにそうした、決め切らないで考え続ける力のことです。先の見えなかったコロナ禍以降、特にこうした力が重要になってきたと感じています。
企業には、こうした前提も含めて、社員のキャリア自律を支える仕組みが求められます。髙橋さんは、どんな仕組みが必要だとお考えですか。
髙橋:
日頃の仕事でも「どんな仕組みを作ればいいですか」とよく聞かれるので、私なりに改めて整理してみたことがあります。ひと言で言うと、大事なのは単発の施策ではなく、日常的に考え、対話し、試し、振り返るという、一連のシステムとして整備することです。具体的には次の五つの要素が必要だと思います。
一つ目は、経営戦略と、従業員一人ひとりのキャリアの方向性をつなぐための情報提供です。会社がこれからどんな事業に注力し、どんな人材を必要としているのかを示すことが大切です。それがなければ、従業員に地図なしで進めと言っているのと同じです。
二つ目は、自己理解を促し、スキルを可視化する仕組みです。たとえば、定期的にスキルセットを見直せるツールを用意する。ここでAIを活用する余地もあると思います。
三つ目は、多層的な対話です。上司との1on1だけの「一本足打法」になっている企業が多いのですが、年齢の近いメンターや社内のロールモデルになる先輩、人事部の社員、そして外部のキャリアコンサルタントなど、多様な相手と話せることが重要です。

四つ目は、小さく試せる機会の提供です。田中さんがおっしゃったように、今の意思決定はあくまで仮決定である、という前提に立つなら、それを試す機会が必要になります。社内公募や短期プロジェクト、兼業副業などを許容し、仕組み化することが求められます。
五つ目は、挑戦を支える組織文化です。キャリアの希望を伝えても不利益を受けない。異動して失敗しても、それだけで処罰されない。挑戦や失敗が、固定的な評価につながらないことが重要です。これら五つを、個別にではなく、一体的な仕組みとして企業が持つことが大切だと思います。
9.これからのキャリアコンサルタントに求められる役割
田中:
組織が取り組むべき五つの要素について、私も同感です。おっしゃるように、これらは相互に関係し合う要素ですから、単発ではなくトータルで進めることが大切ですね。
髙橋:
その際、力を発揮するのがキャリアコンサルタントではないでしょうか。これまでは「就くべき仕事を教えること」が役割だと誤解されてきた面があったと思いますが、これからは、「個人と組織の翻訳者」としての役割がさらに重要になると思います。それは、個人の希望をそのまま組織に押し通すということではなく、本人の希望と組織の方向性、周囲や社会への影響も踏まえて、より良い接点を一緒に見つけ出していくことです。AIを活用しながら行動計画を作る、といった新しい要素が加わっても、根っこの部分は変わらないと思います。
田中:
その通りですね。今の髙橋さんのお話を受けて、私は、キャリアコンサルタントにこれから特に求められる力についてお話ししたいと思います。
企業で働く人たちからは、「やりたいことを聞かれても分からない」「リスキリングと言われても、何を学べばいいのか分からない」という声が多く寄せられます。そういう、自分の内側から答えを引き出しづらい人たちに対しては、日々の出来事やこれまでの経験の中で感情が動いた瞬間を振り返り、そこにいた自分を意味づけていく支援が必要です。その人がそもそもどうありたかったのか、どう生きたいのか。キャリアコンサルタントは、そこにいったん答えを出せるような支援と、そのプロセスを動かせる人材であることが重要だと思っています。

組織の観点から言うと、個人に対する見立てや働きかけだけでなく、システム論的なアプローチも必要です。もともと家族療法からきたこの考え方は、問題と思われる事象は相互作用の中で生まれるというものがあります。たとえば、ある部署でパワハラが繰り返し起きている場合、行っている上司個人だけに原因を求めても、根本的な解決は難しい。その上司を含むより幅広い関係を見ていく必要がある。こうした見方を、キャリアの支援者は身につけていくべきだと思います。決して簡単なことではありませんが、試行錯誤しながら、自分自身もそのシステムに組み込まれつつ学んでいく姿勢が求められます。
10.AIの発達で「人間の強み」が支援の専門性として活きる
田中:
最後に、企業の経営者や、人事やキャリア支援に関わる人たちに改めて伝えたいことはありますか。
髙橋:
キャリア支援に関わる人たちには、AIを過度に恐れず、積極的に使ってみてほしいと申し上げたいです。先ほど田中さんからAIキャリコンを開発中だというお話もありましたが、それも含めて、ぜひ使っていただきたい。AIによって情報収集や経験の整理、選択肢の比較が効率化できますし、それによって、キャリア支援者が相談者と向き合う時間が増え、より丁寧な支援につながるはずです。
逆説的ですが、AIの活用が進むほど、キャリア支援者の方々の傾聴力や、沈黙を待つ力、曖昧さを引き受ける力といった、人間だからこそ持っている強みが専門性として活きてくると思います。AIにはできない傾聴とは何か。それを、AIを使いながら、より深めていくことが重要ではないでしょうか。
企業の経営者や人事の方々にも、改めてお伝えしたいことがあります。キャリア自律は社員本人の責任だ、という理解で終わらせては十分ではありません。今日の話のなかでお伝えした仕組みを体系的に整えるのが経営者と人事の役割になります。社員個人に自律したキャリアを求めるのであれば、その自律が実現できる環境を整える責任は企業の側にもあります。そうして、個人と企業の両輪で考えていくべきだと思います。

田中:
髙橋さんが、私がお話ししようと思っていたことのほとんどを語ってくださいました。ですから、私からは、キャリア支援者に向けて、いくつか付け加えたいと思います。
一つは、自己理解の重要性です。経験を重ねれば自然と自己理解ができる、というわけではありません。自分のものの見方や判断基準、いわば自分の中にあるバイアスを自覚し、それが面談の中でクライアントに不利益な影響を与えないように踏みとどまれるかどうか。これは、修行のように積み重ねていく必要があります。
もう一つは、他者理解に対して謙虚であることです。相手のことは、いつまでたってもわからない。わからないからこそ、関心を持ち続けられる。わかったと思った瞬間に、関心は薄れてしまいます。
AIとの関係についても、髙橋さんと同じことを申し上げたい。少し厳しい言い方になりますが、AIができるレベルの仕事であれば、その仕事はなくなります。弊社で開発しているAIキャリコンは、相手の内省をぎりぎりまで促すように設計しています。「わかったと思わずに問いかけろ」という思考を組み込んでいるのです。こうしたものが普及していくこれからの時代、AIに代替できない支援ができなければ、取って代わられる可能性があります。
今日の対談の中で挙がった「キャリアコンサルタントとしての本質的な専門性」を、ぜひ磨いてほしいと思います。AIの進化をフォローし、その使い方をクリティカルに身につけた上で、キャリアの専門家としての本質を磨くことに精進していただきたい。私自身に対する意味も込めて、そう思っています。
【終わり】
エン・モア合同会社代表。編集者/ライター。ビジネス誌のインタビューを中心に幅広いテーマの記事を執筆。
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