MENU

キャリこれ

【キャリこれ所長より皆さまへ vol.4】一人ひとりの成長を地球規模で考える

PICK UP

連載記事

2021.5.31


はじめに、新型コロナウイルスと闘っている医療従事者の方々並びに、そのご家族の方々に心より感謝申し上げます。
~キャリこれ所長よりみなさまへ~
月に一度、「キャリアの“これから”」に対する私の想い・視点・問いを言葉にしてお届けしています。今回のvol.4では「一人ひとりの成長を地球規模で考える」をテーマにお届けします。

マインドシフト・カンファレンス

去る5月12日、約1700名が世界中から集まった大規模のオンライン・カンファレンスに参加しました。「MindShift(マインドシフト)」と題したそのカンファレンスは、持続可能な世界を実現するために、私たちの内面の成長(Development)が必要不可欠だとし、内面の成長目標を検討することを目的としていました。
このインタラクティブな検討プロセスは9月ごろまで続き、「何を(What)」が見えてきたら「どうやって?(How)」の検討に入るそうです。内的成長目標をSDGsと連動できるようにInner Development Goals(IDGs)と称し、現段階では23項目、4つのカテゴリーが掲げられています。これは、誰にとっても有効な成長の羅針盤となり、特に影響力を持つリーダーには不可欠な成長目標となることが意図されています。
今回は、この「マインドシフト」の動きについてご紹介します。私自身は有限会社チェンジ・エージェントの小田理一郎先生よりご紹介頂き、緊張しながら飛び込んでみたところ、視野が広がった感覚がありました。皆さまにもいちはやくこの動きをご紹介したいと思い、IDGs事務局より許可を得て記事にしました。

マインドシフト・カンファレンスの概要

この動きは、スウェーデンのストックホルム大学、カロリンスカ研究所やNPO「29K」が主導し、民間企業(イケアやエリクソン)、ハーバード大学、MITの学者やリーダーたちの協力を得て立ち上がったそうです。日本で有名な先生で言えば、「心理的安全性」の概念を世に送り出したエイミー・エドモンソン博士、成人発達で知られるロバート・キーガン博士、学習する組織やシステム思考を提示したMIT上級講師のピーター・センゲ、U理論のオットー・シャーマーなども応援者です。
このカンファレンスのテーマは「内面の成長」。内面の成長とは何でしょうか?4つのカテゴリーについて私の意訳も入っていますが、以下にご紹介します。
<IDGs(内的成長目標)の4つのカテゴリー>
1)Thinking:~認知スキル~ 洞察力、複雑性への認識、クリティカルシンキング、創造性、長期的視野を持って取り組みビジョンを持つ力、意味を構築する力(センスメイキング)
2)Agency:~自分のハートから行動すること~ 感謝・祝福する力、楽観性、利他的視点、誠実さ・正直さ、勇気・覚悟、共感と思いやり、忍耐力・やり抜く力
3)Being:~自分の源とつながること~ オープンな学ぶ姿勢、自己理解、内的なコンパス(価値観への自覚)、コミュニティや自然とつながりを感じる力、プレゼンス(決めつけを手ばなした「今・ここ」への意識)
4)Relating~ソーシャルスキル~ 信頼・信頼関係を維持する力、コミュニケーションスキル(傾く力、伝える力、対話の場を生み出す力、対立を建設的に扱う力)、共創する力(多様な背景を持つ様々な人たちと共働関係を創る力)、他者を動かす力、インクルーシブなマインドと多文化交流の力。
参照:Inner Development Goals
Survey: https://www.innerdevelopmentgoals.org/
各項目は現在も推敲・発展段階です(2021年5月12日時点のもの)
これらの内容は、みなさんにとって、どのような印象ですか?まだ言葉の完成度は低いかもしれませんが、向かう方向性としては希望を感じられると思いませんか?私は、日本の企業で最近言われる「人間力」に近い印象も持ちました。参加者も様々な意見をチャットで交わし、積極的に議論していました。
パネルディスカッションのセッションで、ロバート・キーガン博士IDGsを「社会を変える大きなレバレッジポイントになり得る」と言っていました。また、「人は成長へと引っ張られている”Human beings are wired to grow”」とし、内的成長は一部の特別な人のものではなく、誰もが成長するのだと、成長概念の捉え方を説明していました。それなのに、なぜ成長が難しいと感じられるのか?それは、人は成長したいと思いながらも、同時に成長に対する恐れを抱いているからとのこと。
このキーガン博士のセリフは、個人的には味わい深いものでした。成長にあたっては、受け入れがたい喪失や死への恐怖も味わうからだと言うのです。キーガン博士は、成長を促す環境づくりのためにも、企業好みの前向きな成長イメージばかりを推し進めるのではなく、抵抗や不安、防衛、揺らぎという側面もひっくるめて扱うことが出来るプラットフォームが必要だと提唱していました(パネルディスカッションより)。

複雑な問題は、みんなで解決しなければならない

改めて、なぜここまでの動きが立ち上がったのでしょうか?「複雑な問題は、みんなで解決しなければならない」この言葉は、IDGsを考える目的の文章に添えられており、SDGsの達成に必要な地球人としての意識を掲げる予定とのこと。世界的なパンデミックを通して私たちは教訓を得ました。地球は私たち人間だけのものではない、ウイルスを含め色々な生物と共生しながら地球号に乗り込んでいるのだと。
これから加速する気候変動により、未知のウイルスは今後もあらわれ、今後もパンデミックが頻繁に発生するだろうと言われています。グローバルな危機が頻繁に起こる世界では、競争ではなく、共に力を合わせるということが歴史上今最も求められているのかもしれません。「共に生きる」は日本キャリア開発協会(JCDA)のスローガンでもあります。
UNDPのViolet Baffourさんはこう言っていました。「縦割りの考えを壊し、つながりあうことが大切です。エゴシステムから、エコシステムへ。簡単でありませんが、これまで以上にひとり一人がコアな責任を引き受け、リーダシップを発揮することが求められています。そのためにも、根本的な人間らしさが必要です。自分ではない他の誰かの生活を今よりもっと想像し、考え、感じるということです(International Development & Collaborationのセッションより抜粋)」
エイミー・エドモンソン博士も、講演の中で「心理的安全性」をテーマに、私たちは失敗してもいいんだということを訴えていました。失敗を許容しないと、リーダーたちが「私が正しいと思ってやってきたことは間違いでした」と認めることが不可能となり、事実をねじ曲げ、部下の指摘に耳をかさなくなり、いずれ取り戻せないほどの大きな失敗を犯してしまうからです。この話は、日本企業で発生するコンプライアンス問題の根底に流れるメカニズムを彷彿させます。
SDGsは遅々として進まず、非常に根深い問題が絡み合っていることは、みなさんご存知だと思います。これまでの経済成長を支えてきた「大量生産・大量消費」のメカニズムを抜本的に見直す必要があるとさえ言われています。ベストセラー本「人新生の『資本論』」の中で著者である斎藤幸平さんは、二酸化炭素の半分を富裕層のトップ10%が排出しているという驚くべきデータを取り上げています(Oxfam,”Extreme Carbon Inequality”2015)。そして、下から50%の人々が全体の10%しか二酸化炭素を排出していないのにも関わらず、気候変動やそれによるパンデミックの影響を最も受けるという理不尽さで成り立っていることを示しています。
ここまで聞いて、へぇーと思う方がいたら、さらに知って欲しいのは、先進国で暮らす私たちのほとんどが、そのトップ20%に入っているということです。先進国が綺麗な水や空気で暮らし、そのための負債を後進国に負わせることを「誤謬(ごびゅう)」と言うそうです。
また、「空間的転換による不可視化」も重要な視点です。私たちが当たり前のように保有するようになったスマートフォンや、二酸化炭素排出を抑えてエコだと言われる電気自動車も、その開発に使われるレアメタル(リチウム・コバルト)が、チリなどの国の生態系を大量採掘により破壊したり、アフリカの内戦や奴隷問題・児童労働問題(6~7歳の子が有害物質を吸い込みながら手で採掘しているそうです)を起こしたりしているということはすでに知られるようになってきています。
しかし、日々どれだけこのことに自覚的になれているでしょうか。私は恥ずかしながら貢献できているとは言えません。ここで今一度IDGsのリストを眺めてみてください。踏み出せる一歩が見つかるかもしれません。

キャリア支援者にとってのIDGs

では、キャリア支援者として、IDGsをどう活かしていけるのでしょうか?ノルウェーをルーツに持つキャリアの理論家、サニー・ハンセン博士は、彼女のILP理論(Integrative Life Planning:統合的ライフプランニング)を通じて、キャリアカウンセラーの役割をこう提唱しています。
「相談者、学生、社会人に対して変化をもたらすチェンジ・エージェントとなり、人々を社会的文脈の中の一人であることに気づけるよう解放し、グローバルな状況をより良い方向に変化させるためになすべき仕事を探すことを手伝いましょう。」
自分に合う仕事を探す、という発想ではなく、地域や地球規模で私たちが直面している多くの問題に向き合うために、なすべき仕事に就いたり、生み出したりすることを支援しましょう、と。
ハンセン博士の提唱する内容は、現代的なキャリア発達の考え方としてNCDAでも2000年初頭から大変注目を集めました。個人と環境のマッチングからスタートした職業選択の歴史を考えると、持続可能な社会のために仕事を選ぶというハンセン博士の発想は大変ユニークに見えるかもしれません。しかし、コロナ禍において、環境問題の危機を肌身で感じた今、まさにハンセン博士の考えていたことに深く共感します。私たちは、カウンセラーでもあり教育者でもあると考えると、IDGsに寄与するキャリア教育・キャリア開発は今後重要課題になってくることが分かります。
私たちにとって、ありたい自分を源に持ちながら、他者の生活を思いやり、当事者意識を持てる範囲をこれまでよりも広げ、出来ること、取り組みたいことを具体的行動に移せるようになることが、地域社会や世界の持続的成長につながると信じています。
水野みち プロフィール
キャリこれ研究所所長、株式会社日本マンパワー フェロー
NPO日本キャリア開発協会認定スーパーバイザー、ACCN理事、厚生労働省委託事業「SV検討委員会」委員。
【経歴】国際基督教大学卒業。1999年より日本マンパワーでキャリアカウンセラーの養成事業に参画。JCDAの立ち上げ、キャリアコンサルタント養成講座プログラム開発・テキスト執筆、普及推進に携わる。
2005年に米国で最も充実したキャリアセンターを持つペンシルバニア州立大学にて教育学修士(カウンセラー教育)取得。現在は企業内のキャリアカウンセリング、キャリア開発、組織開発、企業内キャリア支援のスーパービジョンに従事。
国家資格キャリアコンサルタント/CDA、MBTI認定ユーザー、組織開発ファシリテーター、産業カウンセラー、Dr.Robert Keganによる認定ITCファシリテーター。

■過去の「~キャリこれ所長よりみなさまへ~」
■vol3 「新しいことへのチャレンジ ~アウェアネスの高まりやアートがもたらしてくれるもの~」 こちら
■vol.2「1月15日設立記念イベントのキーメッセージ&研究会に向けて (後編) 」こちら
■vol.1「1月15日設立記念イベントのキーメッセージ&研究会に向けて (前編) 」こちら