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キャリこれ

正解を求めない「自分の学びのスタイル」を創ろう(前編)

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連載記事

2022.9.16


社会人や企業人の学びの潮流を俯瞰すると共に、新たな学びに挑戦される現場のレポートを行い、これからの働き方やキャリアの道筋を描く上で「本質的に考えるべきこと」を解明していくことを目的としてスタートしたシリーズ「学びのこれから」。
第2回は、社会人・企業人の学びの状況を俯瞰して考察します。お話し頂くのは、早稲田大学ビジネススクールを教務主任として統括すると共に、多数の企業のシニアエゼグゼクティブ教育に携わってこられた池上重輔先生。企業人からアカデミアの世界に転身され、グローバルな経験を豊富にお持ちです。企業における学びの変化、それに直面するビジネスパーソンにとって必要となる学び方について平易に解き明かしてくださいました。
池上 重輔(Jusuke Ikegami)
早稲田大学 大学院商学学術員教授
早稲田大学 ビジネススクール教務主任
早稲田大学商学部卒業。一橋大学より博士号(経営学)を取得。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、MARS JAPAN、ソフトバンクECホールディングス、ニッセイ・キャピタルを経て2016年より現職。
Academy of International Business (AIB) Japan chair、国際ビジネス研究学会(JAIBS)理事・国際委員会委員、異文化経営学会 理事。早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所 所長、早稲田グローバル・ストラテジック・リーダーシップ研究所 幹事。2015年より東洋インキSCホールディングス社外監査役。英国ケンブリッジ大学ジャッジ経営大学院MBA、英国国立シェフィールド大学 政治学部 大学院修士課程国際関係学 修士、英国国立ケント大学 社会科学部 大学院修士課程国際関係学 修士。

Q:MBAや企業のエグゼクティブ教育に携わっているお立場から、いま企業における「学びの変化」を、どのようにお感じですか?

①日本でOJTが盛んだった理由
この15年ほど、ビジネススクールで主にエグゼクティブ教育やディグリー(学位取得)教育を行い、最近では40社ほどの企業の幹部育成の責任者や担当者の皆さんにインタビュー調査をした経験から、明らかに変化していると感じています。これまで人材投資をしないと言われてきた日本企業ですが、その状況が変化しています。今まで欧米企業に比べて外部に依頼して教育をすることにお金をかけてこなかったわけですが、それは社内でのOJTに非常にエネルギーをかけてきたからです。
なぜOJTが良かったのか。その理由は2つあります。
1つめは「役職が下の人が上の人から学ぶ」という経営環境だったことです。上の人の知見ややり方を下の人が学ぶことに意味がありました。2つめは、「役職が上の人が下の人に教えるという余裕や文化」があったことです。この2つが揃っていたからこそ、OJTに相当のエネルギーをかけてきたわけです。逆に海外の企業では、役職が上の人が下の人を教えると「ジョブセキュリティ(仕事の安定性)」が脅かされる、つまり自分のポジションやキャリアが危なくなる可能性もあり、OJTが成立しにくい文化がありました。
日本の場合は、これまでの終身雇用や年功序列制度は、上の人が下を教える上でとても安心を与える仕組みでした。「下に教えても追い越されることはない」という安心感のもと教える文化があり、下の人はそれを必要なこととして受けるという文化だったわけです。経営環境も、ある程度、それまでの延長線上のことをやっていれば成り立っていたので、先達の経験が後達にとって意味のある状況でした。それが、日本でOJT色が非常に濃く、人材投資をしなくてもよかった理由でした。
②上位層向けOFF-JTの隆盛
しかし、近年、環境の変化が非連続的なものになり、先達の経験や考え方以外の対応が必要になったため、OFF-JT的な教育が必要になってきました。加えて、人材マネジメントスタイルも段々と終身雇用・年功序列制度が崩れ、それを保ってきた文化も変わってきたことで、OFF- JTにかなりシフトしてきていると思います。
そのような中、多くの企業が外部の教育機関を使うようになってきています。過去はあるレベル以上、例えば部長層以上になると、外部機関から教えてもらうようなことがほとんどなかったのです。部長から上になると「俺はもういいや」となり、社内の教育部門で新卒や課長向けの階層別研修までは実施するけれども、そこから上の層に教える内容を考えられる人事部は多くはありませんでした。
しかし、昨今のように変化が非連続なものになるに従って、事業部長、事業本部長、役員、場合によっては社長に至るまでが、改めて新たなものを学ばなければいけなくなりました。そういう上位層の人たちを教えようとした時に、ビジネススクールを中心とした国内の大学院や、あるいは海外のトップクラスのビジネススクールに要請することが増えてきた、という1つの傾向があります。同時に、日本人だけではなくてノン・ジャパニーズの人もフラットに扱って、非日本人も幹部候補生として同じ目線で教育することも増えてきました。
そうした上位層向けや非日本人向けの教育がなぜできるようになったのか。
その理由は、社内でキャリアを積んできた人事部門の人にはできない、外資系や海外系の外部パートナーを使うことが上手な人をヘッドハントして、教育を任せるようになったからです。

Q: ジョブ型の導入などによって、集合研修から個人が自分でスキルをアップデートする、という方向に移り変わりつつあるように思いますが、いかがでしょうか?

個人の必要性としてはその通りですね。与えられる集合研修に乗るだけでなく、自分で主体的に考える必要が出てきています。その一方、自分でキャリアやラーニングをプランニングしなければいけない、という話になった途端に、迷う人がとても増えてきたように感じています。今まで自分のキャリアプランを主体的に考える必要がほとんどなかったためです。
これまでは、おそらく9割以上の企業人が自分のキャリアプランやラーニングプランを戦略的・具体的・主体的に考える必要はなかったのですが、突然「両方やれ」と会社から言われて、戸惑ったり悩んだりしています。「なんでそんなことを今更しなきゃいけないんだ」と。あるいは、やる気になったものの、どうやったら良いか方法がわからない。そこが、社会人や企業人の学びについての大きな課題になっている、と感じています。
我々のMBAに来られている方々は、それでもある種のキャリアの選択をしているわけです。「(修了した後に)どうするか」という相談も頻繁に受けます。ある程度明確にこうしたいというキャリアの目標やイメージを持っている人は、多分7割ぐらい。一方、約3分の1の学生は、キャリアリスクがあって、やばいので何とかしなければいけない、と思ってMBAに来ている印象です。ビジネススクールに入学するぐらいの基本素養や能力はあるのに、キャリアプランニングの面ではそれほど訓練されていない人も相当数います。
おそらく、いま申し上げたような「明確なキャリアイメージを持っているvs持っていない」比率は、ビジネススクール以外では逆転しているのではないでしょうか。大部分の社会人や企業人がキャリアプランや何を学ぶか、ということに対してクエスチョンマークになっているのが社会的な課題だと思います。次にどんな仕事が良いかは、もう読めない世界になってきているからです。
また、「何を学ぶか」という点で、ミニマムリクワイアメント(最低限習得すべき知識・スキル)として知っておくべき知見「これで食っていける」という明確に差別化されたものとがごっちゃになっていると感じています。
例えば「マーケティング」という領域ひとつ取っても、衛生要因=ミニマムとして知っておくべきことと、それが磨かれると、個人の競争優位性になるものがあります。いまデータアナリストが人気で、データアナリシスが旬と言われます。しかし、誰もがデータ分析を学んでいくと、全体の上位3%ぐらいのレベルにならない限り、差別化要因としてその知見がキャリアを切り拓いてくれません。それをわかって学んでいるならいいんです。データアナリシスは昔のそろばんやタイプが打てるみたいな最低限のスキルとして認識するなら良いのですが、それで5年先10年先も食べていけると思ったら違うよ、と。
最低限学んでおくべきことと、明確に差別化されたものの区別がつかずに、今何を学んだらいいかを悩んでいる人が結構多い気がします。ミニマムリクワイヤメントか、真剣にエッジを立てていくのかは、意識した方が良いと思います。

Q: 世界の中で日本は自己啓発をしない国民、学ばない国民だと言われてきましたが、グローバル、欧米やアジアも含めて社会人の学び方の変化や潮流はありますか?

海外での学び方という点では、オンラインへのシフトは世界レベルで進んでいると思います。特に一定の年齢より下の世代は、ワールドワイドでオンラインで学ぶ層が急激に増えているでしょうね。年齢が上の人がオンラインで学ばない傾向は、日本も海外もあまり変わらない気がします。特に日本人は、もともと本を読んで学ぶ傾向が強かったですし。
一方、若者がオンラインで学ぶ割合は若干海外の方が多いようです。今の40歳ぐらい、ミレニアル世代から下ぐらいはオンラインで学び、そこから上の世代は紙好きなのかな、と思います。特に欧米先進圏で、40歳以下のオンライン比率が高まっていると感じています。面白いのは、海外ではPCで学ぶのに対して日本人はスマホで学ぶ傾向がありますね。なぜそうなるのかわからないんですが・・。

Q: オンラインで学ぶのはMOOCSのようなものでしょうか。

※補足 Massive Open Online Course=無料で受講できる大規模オンライン講座
MOOCSも含めて使い分けていますね。私は「Japanese Management」という英語の授業をMOOCSでやっていますが、生徒で一番多いのがインド、その次が中国で、その他にも多くの国の生徒が学んでいます。一昨年、中国語版を作ったことで中国人の学生が増えましたが、それでも英語版で学ぶ中国人の数の方が多いです。海外のものを学ぶということに関して、英語で学ぶ力は日本人よりも海外の人たちの方が結構あるのかな、と感じています。日本人が英語で学ぶ力はまだまだ弱いです。
ただし、ここ10年間ぐらいで英語で学ぶ高校が結構増えてきたので、現在の30歳少し前ぐらいの世代の英語を学ぶ力は伸びてきていると思います。現在の30歳から40歳ぐらいはオンライン化している一方、英語力の強い人たちがまだ「層」になっていない。その一方、30歳から下になってくると、高校から実戦的英語を学んできている層が形成されています。つまり、10年刻みで学びに関するオンライン活用力や英語力の層が生まれてきているのかもしれませんね。

Q:現時点においてグローバル標準のものを学んだりキャッチアップしたりする部分は英語力によって格差が出てきているということですね。

ある気がします、現時点で。ただあと5年ぐらいすると、翻訳ソフトやリアルタイムで音声の言語認識技術などが相当進化していくと思います。今もやろうと思えばそこそこありますが、あと5年ぐらいしたら 翻訳ソフトは相当クオリティが上がるでしょうね。オンラインラーニングの言語の壁が5年ぐらいすると結構下がるのではないかな、という感覚を持っています。これは、期待も混じっていますけれどね(笑)。

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