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キャリこれ

社会人よ。会議室から出て「社会実践」してみよう!(前編)

インタビュー

個人

連載記事

2022.10.20


社会人や企業人の学びの潮流を俯瞰すると共に、新たな学びに挑戦する現場のレポートを行い、これからの働き方やキャリアの道筋を描く上で「本質的に考えるべきこと」を解明していくことを目的としてスタートしたシリーズ「学びのこれから」。
第3回は、未来をつくるために必要な社会人・企業人の学びの在り方について考察します。
お話し頂くのは、武蔵野美術大学などで、大学生や社会人のためのデザイン教育を行うと共に、企業変革プロジェクトにも携わっていらっしゃる山﨑和彦先生。大きな環境変化に直面するいまだからこそ、「机上の空論」ではなく自ら動いて社会をより良くするための実践的な学びを行う意味について、熱く語ってくださいました。
山﨑 和彦先生 プロフィールはこちら
■目次 ※目次を押すと各記事にジャンプします
Q: 現在、企業を取り巻く環境変化についてどのようなことをお感じでしょうか?
Q: 現在の「正解のない時代」に正解を求めることは大きなリスクになりますね。山崎先生は、さまざまな企業のコンサルティングもされていますが、どのような事業の変革がありますでしょうか?
Q:ご説明頂いた環境変化に対して、どのような学びや育成の変化が生まれていますでしょうか?
Q: オウル工科大学の話を少し詳しくお話し頂けますか?
Q: 「ソーシャルイノベーション」ということですね。それによってクリエイティビティが身に付くということでしょうか?
Q: いまお話し頂いた和歌山県のすさみ町でやっていらっしゃることをお話し頂けますか?
Q: この数年、越境学習が流行して来ました。今までは「モノカルチャーから飛び出して自己を客観視していきましょう」といったフェーズでしたが、これからはきちんと地域などに密着して、自社がブレイクスルーするためのサービスを真剣に検証するフェーズに入っている、ということですね。
Q: 先生のご出身でもあるIBMさんのように、サービスを提供する上で、まず自社でやってみることによって説得性が出ますね。

Q: 現在、企業を取り巻く環境変化についてどのようなことをお感じでしょうか?

多くの企業が今、変革の時期に来ているのは確かです。その代表的な事例はDXに代表される「技術的な変革」ですが、それ以上に世の中のいろいろなサービスや商品に対する「ユーザーが求めるものの変化」の方が大きいと思います。
一番わかりやすい事例としてはコロナによって生活が180度変わってしまい、新しいサービスや商品が生まれました。加えて「日本の組織」が、明治政府の時代から組織に従っていればビジネスも成功するし生活していけると思われていたのが、どうもそうではない、という状況が訪れていることです。
つまり、変化しなければいけない要因が「技術的な要因」「社会や生活の変化」「日本型のトップダウン型組織の限界」と大きく3つある中で、多くの日本企業がそれをどのように実現させてしていくのか模索している、ということです。
一番わかりやすい事例としては「税金」です。アメリカでは、おばあちゃんも自分で税金申告するわけです。そうすると申告の手続きも自分でやらなきゃいけない、パソコンも持たなければいけない、自分が収めた税金の使いみちや政治にも関心を持つ、というループになってくるわけです。
一方、日本は知らないうちに税金を取られて、いつ取られたのかわからない、使いみちもわからない、という状態で上の人がやっていれば上手くいくだろう、というふうに、飼いならされて来たんです。
会社も同様で、会社の言う通りにやっていれば何とかなるだろうと思っていたら急に会社が行き詰るといったことが訪れてきているということです。これは明治政府の時代から続く「トップダウンを良しとする土壌」が強く残っている、ということですね。

Q: 先回インタビューした早稲田大学の池上先生は「日本人は正解を求めたがる習性が根付いてしまった」と仰っていました。山崎先生の話と合わせると、今までは政府や企業上層部といった「お上」が正解を決め、大部分の日本人がそれにならうといった文化だったのかもしれません。
しかし、現在の「正解のない時代」に正解を求めることは大きなリスクになりますね。山崎先生は、さまざまな企業のコンサルティングもされていますが、どのような事業の変革がありますでしょうか?

どこかの成功(正解)を見習うことではなく、自ら「価値創造的」なビジネスをしていかなければいけない、という動きですね。より個人のニーズが重要になってきている。
例えばこれまでは企業が推奨するものは良いと考えてきたのが「別にそんなのいらない」という、個人の自意識が芽生えてくる時代になっているので、従来のような教育や仕組みが成り立たなくなっていきます。
会社と社員の関係で考えると、会社は「社員」と言いますが、我々一人ひとりは「ユーザー」であり「市民」でもありますよね。「ユーザー」として見ると自分の会社のつくっている製品は使いにくいとか、どうも共感できないとか、社会に良くないことやっているといった市民の意識が強くなってきていると思います。
これまで、日本の会社は社員という意識と個人という意識を分離させてきたわけですが、それがだんだん変わって来ているということです。

Q: もともと当たり前だったことに気づいてきた、ということですね。ご説明頂いた環境変化に対して、どのような学びや育成の変化が生まれていますでしょうか?

まず「教育のための教育から、社会に役立つビジネスに繋がる実践的な学びのニーズ」が高まってきていることです。「実践的な学び」の一例を出すと、フィンランドのオウル工科大学のプログラムの一つは、オウル市の失業者を少なくするという目標を達成するための学びを行っています。「プロジェクト」という考え方ですね。従来の大学は、学んでから最後にプロジェクトのみをやるような感じでしたが、それとは真逆です。プロジェクトがあって、プロジェクトに必要な学びは自分で学びに行く、というスタイルは色々なところで出始めています。

Q: いまお話し頂いたオウル工科大学の話を少し詳しくお話し頂けますか?

オウル工科大学は、ノキアのあるオウル市にあります。ノキアの携帯電話事業が落ち込んで多くの失業者が生まれたときに、オウルに住み続けたい人たちを何とか救おうということで、大学と町と企業の人たちが協力して「Business kitchen」というスタートアップ拠点を大学の中に作りました
そこで実際に新しいビジネスを作る、という目標を掲げて学ぶ取り組みです。つまり「ビジネスを作るために必要なメソッドを自分で学びに行くプログラム」です。
取り組みの中でも大きな話題を呼んだのが、氷の中で行うピッチコンテストです。オウルには元々ノキアの技術者が沢山いたわけですが、シリコンバレーなどに比べて、世界の投資家などからの注目度が低かったのです。
オウルの人達の技術やアイデアが世界から注目されるためにはどうしたらいいか、ということを考えて、氷の中に入ってピッチをして投資家が投資をするというイベントを考えました。オウルの人たちは極寒の中で生きるために寒中水泳などをやっていて、氷の中に入るのは大したことではないのですが、世界から見たらびっくりする。それで注目を浴びて投資家を呼び込む、ということをやり始めました。
これは「社会実践」と呼んでいます。
これからは社会実践を目標に実験することを教育の中でやらないと役に立たないということです。日本では、例えばマイナンバーカードに代表されるように、技術の仕組みはあっても広まっていないことがあります。しかし在宅の仕事や在宅医療もこれまであまり進まなかったことが、コロナのおかげで進みました。
世界から見たら日本の社会実践がいかに遅れているか、ということがよりコロナで明らかになったわけです。この社会実践が遅れているおかげで、実は今まで優勢だった技術も遅れてくるような時代になっています。
なぜ社会実践ができないか、というと、政府の方針に従っていればよいというマインドがあったわけです。それをみんな守っているから、なかなか進まない。そういう状態から変化していかなければいけないし、そのための教育が必要だ、という視点で世の中の教育も変えていかなければいけないと思います。

Q: それは「ソーシャルイノベーション」ということですね。それによってクリエイティビティが身につくということでしょうか。

そうですね。地域で実際に生活している人たちに会うと、今まで学んだ頭でっかちの理論や方法は通じない、ということがわかるはずです。
例えばエスノグラフィー、ユーザーインタビューやユーザー調査といったやり方を学んではいるけれど、地方に行ったら通用しないことが多いです。
ではどうすれば良いのか、ということを自分で再発見しないと社会実践ができなくなるわけです。今までは、大企業の大きな組織の中で、たとえばある開発やあるデザインといった「部分」の仕事をやってきたわけです。
従来の枠組みのことであれば、企業にとっても国にとっても、分業化すれば効率はいい。しかし、従来の枠組みではないものを作ろうとしたときに、分業化に慣れた人たちは対応が難しい。
新しいものを生み出すために、自分で何でもやらなければいけない時代になるからです。それを学ぶ一番いい方法が社会実践です。
「自らが動いて、実際のユーザーや市民と対話しながら、その人たちや社会にとって本当に役立つことをやる」ということは、ものすごくクリエイティブなものに繋がってくる。
さらに、実は地域の人たちこそ、めちゃめちゃクリエイティブだということがわかるわけです。
その事例をご紹介します。大学の授業の一環として、我々は和歌山県のすさみ町という所で80歳のおばあちゃんを筆頭に地元の人たちがやっているビーチクリーンを手伝いました。
すると、地元の人たちは浜の草を取る道具を自分で加工して作るのです。でも、都会の人たちの頭は、どこかから買ってくるしかない。自分でつくるという概念がありません。
それから、ビーチクリーンのあとに残ったステンレスの廃材を、おばあちゃんはキッチンにしようとしました。「あ、ブロック積めばいいんだよ。あそこの空き地に転がってたよ」と言って、ブロックを運ぶための2t車を持って来てくれるように知り合いに依頼して、2トン車でブロックを海辺に運んで30分でキッチンを作ったんです。
これが、地元の人たちの方がめちゃめちゃクリエイティブだということがわかる事例です。

Q: いまお話し頂いた和歌山県のすさみ町でやっていらっしゃることをお話し頂けますか?

和歌山県すさみ町と推進するワーケーション・ヘルスケアツーリズム促進事業の様子
*プレスリリースはこちら*
すさみ町では、社会実装のためのウェルビーイングの実験、例えば地域活性化とワーケーションをテーマとした取り組みをやっています。
なぜ町の人たちがボランティアで朝5時半に起きて、海岸清掃しているのかというと、すさみ町の海岸は元は石ころだらけなんです。町の予算を使って、海岸の砂を他の地域から持ってきて砂浜の海岸を作っています。
町の人たちは砂浜は自分たちのお金で作った貴重なものだとわかっているから、ボランティアで海岸の清掃をして、費用はもらわない。
一方、彼らは我々のような東京から来た集団=コロナ集団という認識です、笑い事じゃなくて。ところが、我々がボランティアでビーチクリーンを毎日始めたら「あの人たちは海岸清掃を手伝ってくれる仲間だ」という話になる。そこから、どんどん色々な活動が変わっていく。
そのように、クリエイティブというのは自分が実際にリアルなユーザーと向き合って活動しないとわからない。たとえば「自分のお母さんのためにケーキを作ると喜んでもらえる」というのがクリエイティブの原点だと言われます。
会社でも「こういうことやったらお客様は満足します」なんて会議室で話していても本当かどうかわからないじゃないですか。これまでの理論を活用できないことも多い。理論というのは基本的には過去に成功した事例です。
しかし時代が変わって新しいビジネスを作らなければいけない、売り方も変えなければいけない、会社のやり方も変えなければいけない、となったら過去の事例を一生懸命追っても活用できない場合が多いのです。自分が実際の対象となる人と一緒に体験して地域にふさわしい活動にチャレンジすることがクリエイティブに繋がると思います。

Q: この数年、越境学習が流行して来ました。今までは「モノカルチャーから飛び出して自己を客観視していきましょう」といったフェーズでしたが、これからはきちんと地域などに密着して、自社がブレイクスルーするためのサービスを真剣に検証するフェーズに入っている、ということですね。

そうですね。そこに気づいている企業は、ワーケーションという形や、地方に人を送るなど少しずつ増えてきています。例えば自動車会社は今後、これからのモビリティサービスのために、スマートシティの実験を地方で実施していきます。
そうやって新しいモビリティはどうあるべきかを検証する。気がついている一部の企業は価値提供するような創造的なビジネスを始めています。
とは言っても、企業内の教育はもうニーズに応えられない状態になっています。私は社会人にデザインを教えるXデザイン学校という取り組みもやっていますが、いま生徒の中で一番多いのがあるIT企業の社員です。その会社の中でUXデザインの教育を必要とする人たちは全体の1割以下で、会社内では細かい教育は対応できないので外部の学校に学びに行くことを推奨しています。そうした会社がこれから増えていくのではないかと思います。
外部で学ぶもうひとつの理由は、社内教育というものは、社員だけで通じる均質的なマインドセットをつくるものなのです。それはそれで会社の文化を普及させる上では良いかもしれませんが、今は外部の人たちとどれだけ共創するか、ということが必要な時代になっています。
多様な企業が混ざっている方が学びが深いのです。Xデザイン学校には色々な企業の方が参加しています。
例えば、同じチームに自動車会社、IT会社、デザイン会社、サービス会社といった具合に様々な業種業態の会社の人たちが参加しています。多様な人たちと学ぶときには、自分たちで共通言語「バウンダリーオブジェクト(境界をつなぐためのもの)」を作らないと話ができません。この共通言語を作って理解することによって、その後のフレキシビリティも高まります。また、他の企業に行っても使えるものを学ぶことができます。

Q: 先生のご出身でもあるIBMさんのように、サービスを提供する上で、まず自社でやってみることによって説得性が出ますね。

自社で先進的なことを導入して実験して、その事例をビジネスに回していくというのは、IBMが非常に得意としているやり方ですね。私はいまお付き合いしている会社には「サービスを作ろうと思ったら、まず自分の会社でやってください」と言っています。自分の会社に導入しないで、他の会社におススメすることが今まで多かったのですが、これからは自分の会社でクリエイティブな実験をすることが必要だと思います。なぜなら、それが本当のノウハウになるからです。
■記事後編は、 こちら
山﨑 和彦(Kazuhiko Yamazaki)
武蔵野美術大学教授、Xデザイン学校共同代表
京都工芸繊維大学卒業後、クリナップ株式会社[IY1] 、日本IBM株式会社、UXデザインセンターマネージャー(技術理事)、千葉工業大学デザイン科学科/知能メディア工学科教授を経て現職。日本デザイン学会理事、日本インダストリアルデザイナー協会理事、グッドデザイン賞選定委員、経済産業省デザイン思考活用推進委員会座長、人間中心設計機構副理事長など歴任。神戸芸術工科大学・博士(芸術工学)授与。
著書多数。デザインの実践・研究・教育とコンサルティングに従事。

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