MENU

キャリこれ

「本気」で関わり、みんなで「場」をつくれば プレイフルな社会が生まれる【前編】

PICK UP

連載記事

2023.4.14


社会人や企業人の学びの潮流を俯瞰すると共に、新たな学びに挑戦する現場のレポートを行い、これからの働き方やキャリアの道筋を描く上で本質的に考えるべきことの解明をめざしてスタートしたシリーズ「学びのこれから」。
第7回は、ワークショップのパイオニアでもいらっしゃると同時に、現在では「PLAYFUL(プレイフル)」をコンセプトに学びの場や働く場を楽しくする取り組みを実践されていらっしゃる上田信行先生にお話をお聞きしました。「一方的なインタビューではなく、皆さんと楽しく対話しましょう!」という先生の呼びかけにこたえ、編集部の金子浩、緒方雪絵も参加させて頂き、正に“プレイフルな場”となりました。その空気感も含めてお伝えしたいと思います。
(聴き手:酒井章)
プロフィール画像

上田 信行 先生

同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長。1950 年、奈良県生まれ。同志社大学卒業後、『セサミストリート』に触発され渡米し、セントラルミシガン大学大学院にてM.A.、ハーバード大学教育大学院にてEd.M., Ed.D. (教育学博士)取得. 専門は教育工学. プレイフルラーニングをキーワードに、学習環境デザインとラーニングアートの先進的かつ独創的な学びの場づくりを数多く実施. 1996~1997 ハーバード大学教育大学院客員研究員、2010~2011 MIT メディアラボ客員教授. 著書に『協同と表現のワークショップ:学びのための環境のデザイン』 (2010, 共編著、東信堂)、『プレイフルラーニング:ワークショップの源流と学びの未来』(2013,共著、三省堂)、『発明絵本 インベンション!』(2017, 翻訳、アノニマ・スタジオ)、『プレイフルシンキング決定版:働く人と場を楽しくする思考法』(2020, 宣伝会議)、など.

 

1.「PLAYFUL(プレイフル)」って何?

まず、先生が提唱されている「PLAYFUL(プレイフル)」とは、どのようなものですか?
プレイフルというのは、遊び心とはちょっと違います。日本語にうまく翻訳できないのでカタカナでその語感を感じていただくのがいいかな、と思っています。「流動体」なんですよ。つまり、流れているものを流れているままに、どんどん変わり続けていこうという、ライブな感覚なんです。それが多分、今の社会にはぴったり合ってきたなと感じています。僕もだんだん「自分の精神の中にある」プレイフルスピリットから、場の中にプレイフルスピリットがある「場の研究」に興味が移って行きました。それに伴って教育というと「I=個」の成長に焦点があたりがちですが、「We=集団・チーム」の成長の方が、より大切な感じがしています。
Unlocking our potential(潜在能力に鍵をかけるのではなく解放する)というか、プレイフルとは、「可能性へのチャレンジ」精神と言ってもいいかもしれません。自分でどんどん活動しながら可能性を広げて、たくさんの人と関わっていって世界との関係を紡いでいく。僕は、学ぶことが楽しいと心から感じていますが、もし何のために学んでいるのかと聞かれれば、「世界を変えるために」と言ってみたいし、半径何mの人たちからスタートすればいいし、ポイントは「変えることができるんだ」という気持ちを持つことなんです。
自分を変えることができるし、世界も変えることができる。企業で言うと「社長が頑固だから、俺たちが何言っても変わらないんだ」と思うと、変える努力をしなくなりますよね。そうではなくて、その企業の中にいる人たちが自分の可能性を拡張していけるということ。仕事を通して拡張すると、会社も自分も良くなっていきますよね。
そこでは、「学びのオポチュニティ(機会)」を広げていくことにチャレンジすることが重要です。
まだ誰もやったことがないから失敗するのは当たり前なんです。でもそれは、今の世の中ですごく大事なことです。そういうものだということをまずわかった上で、それで諦めるのではなくて、1回駄目だったら次にやり直したらいいし、思いついたら形にしてやってみて、それをメタ認知=ちょっと俯瞰して、どこを直せばもっと良くなるかを考える。そういう成長的な「growth mindset(グロウスマインドセット)」は、個人だけではなく、会社や組織にも非常に大事なんです。
プレイフルというのは「本気で関わる」ことだと僕は気づいたのです。それがプレイフルスピリットのOS=根本にあるものです。プレイフルって「楽しければいいの?」とよく誤解されがちですが、本気でやらないと楽しくならないんですよ。勉強でも仕事でも、本気であるからこそ、大変だけどすごく楽しくなってやりがいもあるし、そういうものを通して、個人も組織も成長していく、ということです。
プレイフルとは「本気で関わる」こと
もう一つ「CLASH(クラッシュ)」という言葉があります。イギリスのBBCのプロデューサーから教えていただいた言葉です。同じ“クラッシュ”でも「CRASH」は物理的に衝突して壊れることですが、「CLASH」は噛み合って、途中で諦めないためにお互い話し合って新しい意味を生成しよう、という意味の衝突です。僕はそれを“プレイフルクラッシュ”と言っています。日本では「こんなこと言うと気を悪くするかな」と空気を読みすぎて、本当に噛み合う議論がなかなかできないですよね。本気で議論する、対話するからCLASHなんです。
つまり、プレイフルというのは「本気」だということ。それからCLASHすることによって、新しい世界を作ることができる、私達も変わっていくことができるんだということが大切です。

上田先生がつくった本気で学ぶ場「ネオミュージアム」の内観

 

2.「セサミストリート」とMITメディアラボ~上田先生の「原風景」

ありがとうございます。では、上田先生のキャリアについてお聞きしたいと思います。先生は、元々プレイフルではなかったんですね。
実は、今もそうです。でも、自分の可能性を開拓していきたいという気持ちはずっと持っていて、アメリカへ後先考えずに飛び出していきました。普通は、頑張って勉強して、日本に帰ったらこういう仕事に就こうとか、努力と結果の因果関係を考えるじゃないですか。でも僕はそういうことは全然思っていませんでした。今、ここに集中して、今、出来ることに精一杯取り組むことが、プレイフルスピリットだったんだなと後になって気づきました。

先生がプレイフルの原体験として挙げられたアメリカのTV番組「セサミストリート」に出会った経験とは、どのようなものだったんでしょうか?
僕の大学生時代はフォークソングブームだったんですよ。その頃はプロとアマの境界線があまりなくて、頑張っていればプロになれるのではないだろうかと思っていましたが、就活を前にしたら、現実的ではないと思い直して・・・。
そんな時にNHKで始まったセサミストリートを観たんです。「これだ!」って思いました。アメリカのフォークソングをやっていたのでアメリカに興味があったのと、ショービジネスのきらびやかな感じ。求めているものが全てある!と思ったんですね。アメリカに留学して、伝手(つて)をたどってセサミストリートのスタジオに行ったんです。それが、僕にとってのワークショップの原風景になりました。三、四十人の多様な分野の専門家が集まってワイワイ言いながら、知恵を振り絞ってテレビの向こうにいる子どもたちを驚かそうとしていたんです。そのモノ作り、誰も見たことのないものを作って世界を変えようとする姿勢。当時は「教育テレビ」という概念がなかったんです。テレビで教育なんかできっこないと一般的に言われていた中で、彼らは真剣にスラム街の子たちがどんどんドロップアウトしていくアメリカの貧困問題の活路を見出そうとしていたんです。
つまり、セサミストリートの経験を通じて学んだことは、ワークショップと今でこそ呼ばれるような「プロフェッショナルが本気でモノ(希望)を作っている現場」と、「教育は面白くていいんだ」ということです。それが僕の「学びの場」の原風景です。
教育は面白くていいんだ

もう一つの原風景と仰っているMITメディアラボではどのようなご体験をされましたか?
セサミストリートの研究をしていた10年後にもう一度、「テレビメディアと教育の可能性」について勉強しようと思ってアメリカに戻りました。すると、テレビからコンピュータへ教育の潮流が移っていました。スイスの心理学者ジャン・ピアジェのもとで学んだシーモア・パパ―トが、人工知能の研究をMITで始めていたんです。
彼は「コンピュータが教育を変える」と言いました。教育にテクノロジーを部分的に活用するのではなく、コンピュータが考えるためのLearning Environmentになるという考え方や、一方通行的な知識伝達の教育ではなく子ども自身が自分で知識をコンストラクションするconstructionism(構築主義)という概念を提唱しました。知識はどこかから降ってくるものではなく自分で生み出さないといけない。それが大きな教育の潮流でした。
これからは子ども自身が他者と協働して新しい意味や価値や社会をつくるような教育になって行く、そのための道具がコンピュータ。そして、先生は子どもが自ら学びをデザインするための学習環境のメタデザイナーになる。それは僕にとって、もうコペルニクス的転回でした。
当時、私達が持っている知能観に対する二つのセオリーも提唱されていました。ひとつは、固定的知能観「fixed mindset(フィックストマインドセット)」といって、努力しても変わらないと考えたり、あるいはチャレンジをして失敗したらあいつは駄目だと思われるから、と人の目を気にしたりする心の持ち方のこと。もうひとつは、努力すれば知能はどんどん伸びていくという成長的知能観「growth mindset(グロウスマインドセット)」。この言葉を作ったのが、現スタンフォード大学のキャロル・S・ドゥエック教授(当時ハーバード大学)でした。
その「growth mindset」の理論と「Learning Environment」の概念が僕の中でパチッとクラッシュしたんです。つまり夢中になる環境を作れば、子どもたちはグロウスマインドセットになってしまうと思ったんです。例えば、プログラミングをやろうとしても、最初からうまくいきません。図形を描こうと思っても最初はうまく描けないんですよ。
そこでメタ認知して、どこがうまくいかなかったのかを考えて修正して、ようやく「できた!」になる。まさに、プログラミングで図形を描くという手続きを自分で開発したことになるわけです。
夢中になる環境を作ればgrowth mindsetが動く

 

3.これからの大人に必要な能力とは?

「プレイフル・シンキング」の改訂版を出されたのが2020年でしたが、コロナなどの環境変化が起こって、日本も転換点にあると思います。先生からは、今の日本や日本の大人はどのように見えていらっしゃいますか?
僕もワークショップ型の研修をやっていますが、企業の方たちはあまり変わりたくないと思っている気がしています。どこかに安心感がある。上層部は危機感を煽るけれどまあ大丈夫だろうと。仕事は一生懸命やっていて生活も少し余裕がある。これでいいんじゃないか、という感じが根底にあるように見えます。
でも、私たちは、新しい世界や自分を見てみたいということに歓びを感じるのではないでしょうか。つまり、まだ見ぬ自分に会いたい、まだ見ぬ組織や新しい会社のあり方を見てみたいと思っているはずなのに、何か一歩踏み出せないんですよ。
変化することはすごく楽しいし、それが成長に繋がるという感覚は、多分頭では皆さんわかっていると思うんです。僕は、その一歩を踏み出すためのワークショップに焦点をあて、チャレンジしています。
そのワークショップ体験には2つの要素が必要です。一つ目は「その体験自体が面白くないといけない」ということです。例えばレゴを高積みするワークをやりますが、グループで限られた時間でやると、これでもか、これでもかと思うぐらい倒れます。でもレゴの場合は、すぐに復帰させることができる。倒れてもOK、やり直したらいいんだということが体でわかります。

レゴ高積みワークショップの風景
二つ目の要素は「その体験を言語化する」ことです。「なんでそんなに汗かいて夢中になったんですか?」と聞くと「ゴールがはっきりしてるし、ちょっとでも高く積みたいっていう気持ちになる」という答えが返って来ます。そこで「それって日常の会社の業務で、なぜできないんですか?」と改めて聞きます。共通体験をするということはワークショップの一番大事なところで、その体験について語ってもらうんです。
同じ釜の飯を食って、その体験を話す。ラーニングというのは「アウトプット」だと僕は思っています。誰かに喋ったとき、アウトプットしたときに気づきが生まれます。だからまず「体験」をして、それを「内省・省察」して「意味付け」をするという3つのステップが必要です。そして明日の自分の仕事に応用していくというところが大事です。私はこれを「つくって(T)、かたって(K)、ふりかえる(F)」TKFモデルと呼んでいます。
「体験」をして「内省・省察」して「意味づけ」をする

どのようにすれば、大人がワクワクやドキドキを取り戻すことができるでしょうか?
これからの人たちに必要な能力というのは「面白がる能力」だと思います。
これから必要なのは「面白がる能力」
好奇心ですね。斜に構えるのではなく、素直に面白がって「巻き込まれる」こと、巻き込まれて、これだ!と思った瞬間に「はまる」ことが大事です。「Tinkering(ティンカリング)」という、いい言葉があります。日本ではあまり馴染みのない英語なんですけれど「いじくり回す」「試行錯誤する」というような意味です。ああでもないこうでもないと手と目と心を使って試行錯誤する。例えばプラモデルは設計図があってそのまま作るけれど、レゴはいじくり回しながら、作りたいものが途中でわかっていきます。仕事の場のプロジェクトもゴールは最初からはっきりわからないですよね。だけどやり始めていじくり回している間に段々方向性が見えて来て、パーパスの解像度が上がってきます。だから「面白がって、巻き込まれてはまる」姿勢や態度(アティチュード)を持っていると、大人の人たちもワクワクするんじゃないかなと思います。
後編は、こちら