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キャリこれ

「地球市民」のマインドとスキルが、国と文化と“言葉の壁”を越える。【後編】

連載記事

2023.6.30


ますますグローバル化が加速するいま、キャリアコンサルタントをはじめとするキャリア支援者にもグローバルリテラシーが求められます。でも、それをどのように身に付けたら良いのかわからない・・・。そうした課題に応えるワークショップが去る4月15日(日本時間)に開催されました。
主催したのは、日本キャリア開発協会(JCDA)。同協会は一昨年、会員が2万人に達したことを期に、会員内に閉じず様々な境界を越えて繋がるこれからのコミュニティのありたい姿を「人の可能性を信じるヒューマン・ウェブ」と定め、その想いを多様なステークホルダーと共有するワークショップを開催して来ました。そして今回、「グローバル」というテーマのもと、パートナーでもあるアジア太平洋キャリア開発協会(APCDA)との共催にチャレンジしました。

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後編では、通訳も兼ねたファシリテーターを担当したお二人に、運営する側から見て、どのような気づきや学びが生まれたのか?など、率直な感想をお聞きしました。
○お話しいただいた方
魯 書君(Shujun Lu)さん:日本マンパワー人材開発営業本部 第1営業部
水野みち(Michi Mizuno)さん:日本マンパワー・フェロー、キャリアのこれから研究所・所長

 

3.共感的な「つながり」

—まずファシリテーターとして参加されて、率直に感じられたことはどのようなことだったでしょうか。
魯:
私が担当したグループは 日本人の方とマリリンさんのお二人が参加されていました。当初、言葉の壁は少しあったのですが、「私はしっかりあなたの話を聞いてるよ」といった共感的なコミュケーションをしっかり取られていたキャリアコンサルタントの姿勢に感動しました。
水野:
ファシリテーターとして、まず感じたことは、冒頭で佐々木さんやマリリンさん、大原さん、浅賀さんのお話が大きな効果を生んだことでした。佐々木さんからは、立野さん(日本キャリア開発協会会長)の「共に生きる」という1万人大会での講演の引用もありました。世の中がこの3年間ほど分断を目の当たりにしながらも、私達はお互いに共感力を身に付けた人間であり、だからこそ世界が一つの仲間として繋がり合えることを信じていきたい、そのためにも自分の内側としっかり繋がることが外と繋がることになることだ、というお話でした。そのお陰で、参加者は希望を感じながらこの場で繋がり合う素晴らしさを感じながらスタートできたと思います。

 

4.具体的ケースに、それぞれの視点が加わる

—具体的にどういうディスカッションが行われていましたか?
魯:
日本人の方が音大出身で「音大出身者のキャリアをサポートしたい」という話をされました。というのは、音大出身やアート系の出身の方たちってなかなか自分の専門に近い分野で就職するのが難しいと言われているそうなんです。かといって学んできたことや自分の夢を諦めることもできない。そういった状況でどのような支援をすべきかを悩まれていました。それに対してマリリンさんが、アメリカの場合は、1個のキャリアを諦めて他の違うキャリアを選択する事例が減ってきている、例えば「ビジネスパーソンでありながらミュージシャン」といった複数のライフを同時に楽しめているという事例を紹介くださいました。そして日本も、徐々に徐々に自由にキャリアを選択できる時代が来る、という話をされました。
また、マリリンさんは、テクノロジーの進化によって、将来的にはキャリアの相談相手がAI やロボットになる時代が来るかもしれない。しかし、AIでは人間の感情を汲み取ったり、親身になって寄り添ったりすることはまだまだできないので、テクノロジーをサポート的に使うことでカウンセリングの在り方も形を変えて行く可能性もある、という話もされていました。
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水野:
私が担当したグループには、ジャーナリストでありながらロースクールのキャリアセンターで働いているオーストラリアからの参加者と、日本からは大学のキャリアセンターでお勤めの方と、独立されて組織改善活動のサービスを提供されている方の計3人が参加されました。
対話の中で印象的だったことは2つあります。まず、オーストラリアの方が、ロースクールでキャリアを支援していくときに、ナラティブ(物語)としてその人の人生を聞いていくことや、自分の中でどんなふうに自分の人生を意味づけていくのかということが、就職のマッチング以上にとても大切で豊かなキャリア支援に繋がっていくんだ、という話をしてくれたことです。日本からの参加者の方々も、私達は国に関わらず、自分の物語が語られてそこに意味を織り成すことで勇気づけられたり、前に進むエネルギーになったりする点で共通している、と仰っていました。
もう一つは、「ジョブクラフティング(働く人が自らの仕事の意味を再定義したり創意工夫をすること)」に近い話なんですが・・・例えばロースクールで学んだ場合、弁護士にならなくても、キャリアに対する理解を深めたり様々な工夫をすることで身に付けた知識の応用の可能性がとてもたくさん広がる、という話をされていました。

 

5.グローバルな場は、日本のキャリアコンサルタントに何をもたらすか?

—いろんな国や文化を超えて交流する場は、キャリアコンサルタントにとってどういう意味があったと思いますか?
魯:
「自分が考えている課題って、実はそんなに深刻ではないのかもしれない」という認識が、私達のグループではできたかもしれません。キャリア観、キャリアの進め方やキャリアコンサルティングの相談の仕方など、もしかしたら国や文化的背景による固定観念や囚われがあるかもしれません。でも異なる国や文化に属する方たちと話をすることで不安を拭えたり、固有のものではなく世界中の色々な所で起こっているとわかったり、あるいは自分が抱えている課題を他国ではどのように対策を練っているかがわかったり、様々なヒントを得られたのではないかと思います。
なかなかキャリアコンサルタントって自分の相談者の悩みを誰かに相談できないので、こういった場は非常に大事だなと感じました。
水野:
「プチ留学した感じですごく楽しかった!」という言葉が印象的でした。皆さん英語を使うことへの憧れや海外に触れたいという思いがあって参加されたんだなということがすごく伝わってきました。ちょっと怖いと思いながらも、セーフティゾーンからストレッチゾーンに一歩踏み出した方々もたくさん参加されたと思います。一歩踏み出してみたら、ドキドキしながらも喜びと楽しみ、触れ合いを味わえたという感想をたくさん聞くことができて、私自身としても幸せな場面のお手伝いができて嬉しかったです。

—こういったワークショップをより良くするアイデアなどありますか?
水野:
私達に共通する繋がりや違いなどにフォーカスしても面白いだろうと思いました。例えば、西洋から入ってきた理論がとても多い中で、「東洋思想に根差すキャリア観って一体何だと思いますか」というテーマもあるかもしれません。例えば「個」についても、西洋は確固とした個があると考えますが、東洋だと周囲があって個がある、川の中の渦のような感覚だと言われるようです。これに伴って私達はそれぞれのキャリアをどのように築く傾向があるのか、などにも興味があります。また、日本人は自己肯定感が低いと言われていますが、他のアジアの国々から見たときにどう見えるのかといった他者視点に注目しても面白いかもしれません。魯さんは、どう思いますか?
魯:
確かに、日本人は自己肯定感が少し低いと感じます。「すみませんと言わなくてもいいのに・・」と思う場面もあります。「アジア」と一口に言っても、国や文化によって価値観、人生観、家族観やキャリア観も異なると思います。そういった違いをディスカッションしても面白いでしょうし、逆に「バックグラウンドが違っていても同じことで悩んでいるんだ」といったアジア圏に共通の課題を抽出するのも面白そうですね。

 

6.「グローバルという窓」

—キャリアコンサルタントの人たちが海外に目を向ける意味については、どう思われますか?
水野:
キャリアコンサルタントとして、または一人の人間としても、私は自分の先入観をガチガチに固めないように、もみほぐし続けたいと思っています。自分の当たり前は本当に当たり前だろうか?と。そのきっかけを作ってくれる一つが「グローバルという窓」です。一歩踏み出して自分の枠組みを増やすという意味でも、自分とは違う環境や文化、風土で育った人と触れ合ったり、違いにさらされたり、違いの一つになってみるという機会を意識的に持つことは、自分の成長につながります。今回参加された皆さまも、良い意味での揺さぶりをたくさん感じられたのではないでしょうか。
MichiMizuno
私も今回、その象徴のような出来事を経験しました。ファシリテーターの皆さんとの事前打ち合わせの時のことです。初めての挑戦でしたので、多くの方が不安さから、不明点ばかりに注目し、私自身もどうしたら「上手く」「きちんと」やれるかに囚われていました。それはそれで大切な視点です。しかし、行き過ぎてしまうと固くなって失敗してはいけないという空気感が蔓延してしまいます。そんな時、魯さんが言ってくれたのは「今回、私はこの場をみなさんと楽しみたいと思っています!とってもワクワクしています。楽しみましょう!」という一言です。その言葉は、場の空気をガラッと変えてくれました。「そうだ、私達は、楽しみたいっていう気持ちで来たはずだった」ということを思い出させてくれて、その場に寛容さと楽観性をもたらしてくれました。
同質性は、良い面もありますが、思わぬ方向に向かいがちです。異なる発言があると、改めてどうしたいのかを問い直してくれるきっかけになります。多様さは、本当に素晴らしい流れを生んでくれると感じた出来事でした。
魯:
今回のワークショップは自分なりに楽しむことができて本当に大満足です。
日本の方も言葉の壁への不安があるかもしれませんが、その不安を強調する必要はなくて、「何とかなる」と思う気持ちがすごく大事だと思います。
パンデミック、気候変動、テクノロジー、国際紛争・・・いま、私たちはかつてないほどの変化を経験し、分断か協調かの狭間で揺れ動き、これまでにないほど「グローバル」の影響を受けつつあります。かつてグローバルは「あちらの世界の出来事」でしたが、日本にいながら日々の生活や働く現場にも影響を及ぼす「内なるグローバル」が本格的に訪れています。そのような状況の中で、本ワークショップでキャリア支援者が身を持って示した「共感力」のマインドとスキルは、日本と日本人が健全にグローバル化するためのヒントを提示してくれたのではないでしょうか。