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トラウマを考慮したキャリアカウンセリング(NCDAグローバルカンファレンス2024参加報告2)

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2024.12.4


2024年6月26日~6月28日まで、National Career Development Association (全米キャリア開発協会、通称NCDA)のグローバル・カンファレンスがサンディエゴにて開催されました。
グローバル・カンファレンスの内容を、全4部でご紹介していきます。
1.NCDA大会参加報告:キャリア発達とメンタルヘルスの相互関係こちら
2.トラウマを考慮したキャリアカウンセリング(今回の記事)
3.キャリアとトラウマについて(今後掲載予定)
4.サビカス博士とナイルズ博士の基調講演(今後掲載予定)
今回は、2のダニエル・グリーンウッド博士のプレゼンテーション「トラウマを考慮したキャリアカウンセリング」についてご紹介します。
記事執筆:キャリアのこれから研究所所長 水野みち
登壇者:Daniel Greenwood博士
※ダニエル・グリーンウッド博士の許可を頂き、資料を掲載しています。
グリーンウッド博士は、キャリアカウンセラーとして独自のキャリアカウンセリング及びアセスメントサービスを提供しています。

1.トラウマについて
グリーンウッド博士は、アメリカにおけるトラウマの現状を次のように説明しています。
「アメリカでは、男性の61%が生涯にトラウマを経験し、5%がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症しました。女性の場合は、51%がトラウマを経験し、そのうち10%がPTSDを発症したという統計があります。」
この数字を見て、みなさんはどのように感じるでしょうか?
トラウマとは、非常にショックな出来事が原因で心が対処できなくなる「心の怪我」を指します。誰もが人生で一度は経験する可能性があるものです。
アメリカの統計からは、2人に1人以上がトラウマを抱えていることが分かります。そのため、目の前の人に対して思いやりや配慮を持って接することが大切だと分かります。さらに、支援を行う人自身も自分のトラウマや心の傷を癒し、ケアすることが求められます。この両方を意識することが重要です。
アメリカの薬物乱用・精神衛生管理庁(SAMHSA)は、トラウマを次のように定義しています。
「トラウマとは、強烈な肉体的・心理的ストレス反応を引き起こす経験を指します。」
例えば、災害や事故、病気などによる大きな喪失、暴力や心理的ハラスメント(いじめやネグレクト)などが挙げられます。このように、トラウマは私たちの人生において誰もが体験する可能性があるものです。特に、キャリア支援者や相談業務に関わる人にとって、トラウマは避けて通れない重要なテーマと言えるでしょう。
もしトラウマが日常生活に深刻な影響を与えている場合、医療の場ではPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されることがあります。このような課題に向き合うためには、適切な知識とサポートが必要です。
●参照:アメリカの薬物乱用・精神衛生管理庁(SAMHSA)によるトラウマについての解説と対応方法の資料
詳細はこちら

2.ACE(子ども時代のトラウマ体験)について
ACE(子ども時代のトラウマ体験)について
グリーンウッド博士は、トラウマの中でも特に「ACE(Adverse Childhood Experiences:小児期逆境体験)」について解説しました。
ACEとは、18歳までの子ども時代に経験したトラウマを指します。具体的には、次のような逆境が含まれます。
・心理的虐待、身体的虐待、性的虐待
・家庭内の機能不全(親の離婚、アルコール依存、精神疾患など)
・慢性的な困難な状況や、事件・事故、自然災害などの急性的な出来事
これらの子ども時代のトラウマは、その後の人間関係やキャリア観に大きな影響を与え、「生きづらさ」の原因となることが分かっています。特に子どもは、自分一人ではこうした逆境から抜け出すことが難しく、その影響は成人後の生活にも続くことが少なくありません。
日本におけるACEの重要性
震災が多い日本では、ACEは決して他人事ではありません。さらに、コロナ禍の影響で児童虐待の相談件数が増加していることも問題視されています。
例えば、令和4年の相談件数は21万4843件と過去最高を記録しました(こども家庭庁2024年9月発表資料より)。報告件数に議論の余地があるといった話題があるものの、増加傾向は続いています。このような背景から、ACEへの理解と対応がますます重要になっています。
米国における成人のACE経験者は60%以上ですが、日本におけるACE経験者は31.9%だそうです(Fujiwara et al., 2011) 。比較をすると日本は少なく見えますが、無視できない割合です。
ACEによる影響
ACEは、心身の健康に影響を与えることが分かっています。キャリア形成にも多くの影響を及ぼすにも関わらず、過去の出来事であるため顕在化されたものとしては扱われにくく、ケアも行き届きにくい現状があります。学校で進級できない、落ち込みやすく仕事が続かない、何かを引き金に強い反応が起きて職場をはじめ、家庭内での関係悪化、私生活ではアルコールや薬物に依存する、なども、ACEによって出現率が高まることが調査で分かっています。
また、ACEのスコア(経験した逆境の種類の総数)が高いほど、長期的な影響が深刻になるとも言われています。
また、以下の絵は、高校の高学年クラスにおけるACE経験者の人数と量をイメージにしたものです。キャリア支援の現場でも、相談者の3人に1人、またはそれ以上がACE経験者と想定してもおかしくないと博士は言います。
(※3つ以上のACEを持つ学生は、落第する比率が0の子に比べて2.5倍になる。)
●出典:Washington State Family Policy Council.

3.トラウマ・インフォームドケアについて
グリーンウッド博士は、キャリア支援者が「トラウマ・インフォームドケア(TIC)」について理解しておくことが大切だと言っています。
TICは、トラウマを経験した人々を支援するためのアプローチで、支援者がトラウマやその影響に関する知識を持ち、それに基づいて支援を行う方法です。TICの基本的な考え方は、トラウマが心身に与える深い影響を理解し、その影響を軽減するために、支援の方法を適切に調整することです。日本でも、東日本大震災の後、TICが広まりました。
アメリカのSAMHSA(国立薬物乱用・精神保健センター)は、TICを以下の4つの「R」で説明しています。
(1)Realize(理解する): トラウマがどのようなものか、そしてその影響がどれだけ広範囲に及ぶかを理解する。過去の出来事や他の人の経験でも、トラウマになることがあると知ることです。心理教育として、広く一般的に理解が進むことはもちろん、トラウマを抱える本人が自分自身の心の反応に対して理解を深めることも予防や回復につながります(自分を責めてしまう反応を軽減できます)。
(2)Recognize(認識する): トラウマが個人やその周囲にどんな影響を与えるか、その兆候や症状を認識することです。強い不安や回避行動、過度な警戒心など、トラウマの兆候を早く認識することです。
(3)Respond(対応する): トラウマに関する知識をもとに、方針や実践を整え、対応することです。大切なのは、「安心」な環境を提供することです。これにより、身近な人の心ない発言が減り、配慮と優しさのある対応につながります。
(4)Resist re-traumatization(再トラウマ化・再受傷を予防する): 再びトラウマを引き起こすような言動や環境を防ぐことです。トラウマを再発させるような文化や環境が存在するようであれば、それを見直して改善することが求められます。
SAMHSAは、これらを方針の設計、研修実施、サーベイなどで展開するマニュアルも公開し、サポーターも育成しています。
厚生労働省からも、トラウマ・インフォームド・ケアの調査資料が出ていますのでご覧ください。
●「平成30年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業 第1部資料」 こちら

●「支援者用ガイド(令和元年度厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業より)」 こちら

4.ポジティブな経験がもたらす回復力
グリーンウッド博士は、幼少期の逆境経験ACEがあったとしても、回復力(レジリエンス)の高い人たちについての研究も紹介してくれました。以下は、Positive Childhood Experience(肯定的な子ども時代の経験) の調査内容の一部です。
《 レジリエンスを高める肯定的な子供時代経験のチェックリスト 》
1. 家族に自分の気持ちを話すことができると感じていた
2. 困難な時に家族が味方になってくれたと感じていた
3. 地域の伝統行事に参加するのが楽しいと感じていた
4. 学校に自分の居場所があると感じていた
5. 友人に支えられていると感じていた
6. 少なくとも2人の親以外の大人が、あなたに心から関心を持ってくれた
7. 家庭で大人に守られ、安全だと感じていた
8. 家族の誰かが、私が学校でどのように過ごしているかを気にかけてくれた
9. 私の家族、隣人、友人は、私たちの生活をより良くするために、よく話し合ってくれた
10. 我が家にはルールがあり、それを守ることが期待されていた
11. 本当に嫌なことがあったとき、信頼できる人にならいつでも相談できた
12. 若い頃、私が有能で、物事を成し遂げることができることを、人々は気づいていた
13. 私は独立心が強く、やり手だった
14. 人生は自分で切り開くものだと信じていた
参照:PACEs Connection Resource Center Homeこちら
回復力は、もともとの資質も影響しますが、このように周囲の関わりによって伸ばすことができるのです。
「親以外の大人が、あなたに心から関心を持ってくれた」という項目を見ると、例え遠い知り合いだとしても、子どものトラウマの回復のために出来ることは色々とあるのだと知らされます。
また、グリーンウッド博士は、このように言います。
『トラウマケアを知らない人は、ACEの影響で苦しんでいる相手に対して、怠けているとか、大げさな反応だと誤解してしまい、「頑張れ」「強い気持ちで乗り越えてみなさい」と言いがちです。しかし、大切なのは、心の安全さを担保し、勇気づけることです』
キャリア支援者として、まさに大切な心掛けや配慮です。

5.キャリアカウンセラーとして何をするべきか?
グリーンウッド博士はキャリアカウンセラー、キャリア支援者としての心構えや支援として、以下の4つのテーマと9つのポイントを提示してくれました。
■ACEを理解し、先入観や判断に注意する
1)ACEが脳の発達に及ぼす影響を理解する
2)ACEや有害ストレスの結果である可能性のあることをクライエントの「性格的欠陥」だと判断しない
■信頼関係づくりと健全な関係性を築く
3)信頼関係を確立し、健全な関係を築く
4)肯定的で補完的であること。相手の長所や成果を強調する
5)モデルとなるような、健全な成人の行動を取る(ルールを明示して守る)

(Anda et al., 2006; Ford & Blaustein, 2013; Shonkoff, 2016; Thomason & Marusak)
■支援の内容
6)クライエントが自分自身について学び、前向きな将来を思い描けるようにする(自己探求)
7)クライエントが自分に向いている職業を探せるようにする(キャリアの探求)
8)クライエントがキャリア目標を達成するための行動計画を策定する(行動計画策定)

(Hambyら、2016;Savickas、2016;Ungarら、2015)
■支援者自身のケア
9)支援者自身のケアを実践する
(Greenwood,2008)
博士は、特に「支援者自身のケア」の重要性を強調しました。支援者は心理の勉強をしているから支援が必要ないというのは幻想です。むしろ心の勉強をしているからこそ、支援を十分に活かすことができるのです。例えば、アメリカ心理学会が2021年に行った調査によると、うつ病を治療した心理学者の72%が、自分自身のうつ病治療を受けていたことが分かっています(American Psychological Association 2021年)。
博士はこう言います。
「慢性的なストレスは、自分や他者とのつながりを感じられなくさせることがあります。それが、他者への関心を薄れさせ、感受性を低くし、共感を欠いた行動を引き起こします。
明日からできることはたくさんあります。たとえば、自分の時間を大切にすること、日常のルーチンを守ること、在宅勤務の際は仕事とプライベートを分けること、衣食住や睡眠など基本的な欲求をおろそかにしないこと、人とのつながりを大切にすること、SNSやメディアを見ない時間を作ることなどです。そして、必要な場合は専門家に相談することも大切です。」
今回、グリーンウッド博士の話をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。私自身も、子どもの頃に大きな交通事故を経験するといったトラウマ体験があります。様々な喪失を自分のなかで咀嚼して受け入れるまでにはそれなりの時間がかかりましたし、大人になっても何かのきっかけで反応を引き起こすことは身を持って分かります。だからこそ、周囲のサポートには心から感謝しています。この記事を読んでいる支援職の皆さんが、もし大なり小なり思い当たるものがあった際には、ぜひご自身へのケアやサポートを求めることを大切にしていただければと願います。自分自身の奥に眠るトラウマからの傷を癒す時間や空間を作ることは、支援者として、また、専門家として不可欠なことです。
また、トラウマは特別なものではなく、身近なテーマであることを再認識することの重要性を感じます。そう考えると、トラウマ・インフォームドケアは特殊な領域ではなく、キャリア支援者にとって不可欠な学びと言えるでしょう。特に災害や事件が発生した後は、人事や学校の先生たちに、この知識を共有することも助けになります。個々の人が配慮のある接し方や安心できる環境づくりに意識を向けることで、温かい社会の形成に貢献できるのではないかと思います。
次回は、障がいを抱える人にとってのトラウマとキャリアについてのプレゼンテーションをご紹介します。

グリーンウッド博士から紹介された参考文献(本文に関係するものを抜粋):
●Powers, Janis J. & Duys, David (2019). Toward Trauma-Informed Career Counseling, The Career Development Quarterly, 68, 173-185. doi:10.1002/cdq.12221
●Clay, R. A. (2020, July 1). Self-care has never been more important: Clinicians, researchers, professors, and other psychologists need to continue to prioritize self-care. Monitor on Psychology, 51(5).
●Felitti, Vincent J. et. al. Relationship of Childhood Abuse and Household Dysfunction to Many of the Leading Causes of Death in Adults. The Adverse Childhood Experiences Study (ACEs). American Journal of Preventative Medicine. Vol 14, Issue 4, P245-258, May 01, 1998 DOI:https://doi.org/10.1016/S0749-3797(98)00017-
●Greenwood, Janet I (2008). Validation of a Multivariate Career and Educational Counseling Intervention Model Using Long-Term Follow-Up. The Career Development Quarterly, 56, doi:10.1002/j.2161-0045.2008.tb00100.x
●Savickas, M. L. (2016). Reflection and reflexivity during life-design interventions: Comments on career construction counseling. Journal of Vocational Behavior, 97, 84–89. doi:10.1016/j.jvb.2016.09
●Substance Abuse and Mental Health Services Administration (SAMHSA). (2014). Trauma-Informed Care in Behavioral Health Services (Treatment Improvement Protocol [TIP] Series 57). HHS Publication No. (SMA) 13-4801. Rockville, MD: Substance Abuse and Mental Health

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