2024年6月26日~6月28日まで、National Career Development Association (全米キャリア開発協会、通称NCDA)のグローバル・カンファレンスがサンディエゴにて開催されました。
グローバル・カンファレンスの内容を、全4部でご紹介しています。
グローバル・カンファレンスの内容を、全4部でご紹介しています。
1.NCDA大会参加報告:キャリア発達とメンタルヘルスの相互関係こちら
2.トラウマを考慮したキャリアカウンセリングこちら
3.障がいとトラウマについて(今回の記事)
4.サビカス博士とナイルズ博士の基調講演(今後掲載予定)
2.トラウマを考慮したキャリアカウンセリングこちら
3.障がいとトラウマについて(今回の記事)
4.サビカス博士とナイルズ博士の基調講演(今後掲載予定)
今回は、障がいとトラウマについて、ケン・ミーカー氏のプレゼンテーションをもとにご紹介します。
(※ミーカー氏の許可を得て、画像や研究成果を紹介しています)
(※ミーカー氏の許可を得て、画像や研究成果を紹介しています)
記事執筆:キャリアのこれから研究所所長 水野みち
目次 ※クリックすると各章にジャンプします
「トラウマ/障がい/キャリア発達の相互関連: トラウマ・インフォームド・アプローチ」
講演者: ケン・ミーカー氏 (Ken Meeker) CPC ADAC
講演者: ケン・ミーカー氏 (Ken Meeker) CPC ADAC
ケン・ミーカー(Ken Meeke)さんは、プロのコーチであり、ADA(障害を持つアメリカ人法:1990年に成立)コーディネーターという、障がい者と公共団体の双方の調整役を担う仕事にもついています。
日本でも令和6年度より「障害者雇用促進法」に示される合理的配慮の提供が義務化され、義務に明記された「調整」の方法には関心が集まっている最中ではないでしょうか。厚生労働省の「令和4年生活のしづらさなどに関する調査」によると、障害者の総数は1164.6万人であり、人口の約9.2%に相当します。そのうち、38.2%の方がコミュニケーションに苦労を感じているそうです。
また、令和6年3月に出された「令和5年度障害者雇用実態調査」によると、障害者雇用を促進するために必要な施策としては、身体障害者については、「雇入れの際の助成制度の充実」が最も多くなっており(63.0%)、知的障害者、精神障害者及び発達障害者については、「外部の支援機関の助言・援助などの支援」が最も多いのが特徴です(知的障害者では59.4%、精神障害者では62.5%、発達障害者では62.5%)。このことからも、職場において障がいを持ちながら働く人たちの理解がなかなか得られにくいことが伺えます。助成制度についての認知向上や、助言や援助の必要性は高まっており、キャリアコンサルタントや人事の方々が障がいについての正しい知識を持ち、配慮ある対応を心がけることはもちろんのこと、社内全体へ理解を促すことは益々重要となってきています。
配慮には、物理的な配慮も大切ですが、障がいによるトラウマを大きくしないためにも、心理的な配慮もとても大切です。では、どうやって配慮すれば良いのか?そのための必要な知識や態度は何なのか?キャリア支援者として、人事として、一緒に考えていけたらと思います。
●ADAコーディネータ―についての参考資料: 内閣府資料「アメリカにおける合理的配慮提供に際しての合意形成プロセス」
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/tyosa/h27kokusai/h2_2_3.html
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/tyosa/h27kokusai/h2_2_3.html
1.トラウマの兆候に配慮する
ミーカーさんは、自身も視覚障がいを持ち、徐々に視覚が失われていったことへの恐怖や、適応のための努力、自身の様々なトラウマ体験も話してくれました。
「障がいを持つ人にとって、障がいそのものも大変なことです。それに加え、数多くのデータが、障がいを持つ人のキャリア形成がいかに大変かを示しています。さらには、障がいの扱われ方によって、様々なトラウマを経験する可能性もあるのです。」
つまり、障がいそのものだけでなく、家族や友人、同僚や社会の関わり方によって様々な深い「傷つき」が生じる可能性を見落としてほしくないとミーカーさんは強調しています。キャリア支援者が相談者と向き合う時に、又は人事・マネジャー・教師、あるいは同僚として、障がいを受け入れていく相手とかかわる際に、その人が現在トラウマを経験している可能性があることをふまえ、しっかりと観察し、配慮しながら、丁寧にかかわることが大切だということを改めて示してくれました。ミーカーさんは、トラウマの兆候を確認する上での観察ポイント次のようにまとめています。
「1か月以上続く無力感と絶望感。十分なことができないという感覚。過敏症。創造性の低下を長期間感じる。複雑なアイデア、思考、概念を受け入れることができない。自分自身や他者の経験を過小評価する。慢性的な疲労と身体的不調。他人の話に耳を傾けることができない、または意図的に回避している。一時的ではない解離の瞬間。長期にわたる迫害感。重大な罪悪感や羞恥心。リスクに不釣り合いと思われる恐怖、または強い不安を引き起こす恐怖。持続的な怒りや皮肉。他人の感情に共感できない、または無感覚。依存症。誇大妄想。仕事に関する誇大な重圧感。」
2.トラウマが生じる複雑な背景
では、障がいを持つ人は、どのようにトラウマを経験するのでしょうか。大きくは以下に分類されるとミーカー氏は言います。
(1)社会の影響
社会全体が障がいを持つ人をどのように捉えているのかによって生まれるトラウマです。社会全体の見方や態度が個人をトラウマに陥れます。組織的な差別、スティグマ(個人の持つ特徴に対して、周囲から否定的な意味づけをされ、不当な扱いことをうけること)、偏見などです。
社会全体が障がいを持つ人をどのように捉えているのかによって生まれるトラウマです。社会全体の見方や態度が個人をトラウマに陥れます。組織的な差別、スティグマ(個人の持つ特徴に対して、周囲から否定的な意味づけをされ、不当な扱いことをうけること)、偏見などです。
(2)組織的傾向
学校、職場、社会集団など、所属する集団が障がいを持つ人に対してどのように扱い、接しているのかによって生まれるトラウマです。このレベルで経験するトラウマは、社会的レベルで経験するトラウマよりも深刻な影響があります。例えば、障がいを持つ生徒や社員が、これまでの仲間やチームから外されるような場合です。
学校、職場、社会集団など、所属する集団が障がいを持つ人に対してどのように扱い、接しているのかによって生まれるトラウマです。このレベルで経験するトラウマは、社会的レベルで経験するトラウマよりも深刻な影響があります。例えば、障がいを持つ生徒や社員が、これまでの仲間やチームから外されるような場合です。
(3)パーソナル・ダイナミックス
自分や社会をどのように捉えているかによって、障がいに対するトラウマの影響は変わってきます。周囲の影響の強弱は、1人ひとり異なります。誰かにとっては軽いことでも、ある人にとっては強いトラウマになるのです。例えば、運動が出来ることを拠り所にし、周囲との接点もそのことが大きい人にとっては、運動が出来なくなるといった障がいは大変重たいものとなります。一方で、別の個性や強みを拠り所にすることで大きな傷つきを負わない人もいます。
自分や社会をどのように捉えているかによって、障がいに対するトラウマの影響は変わってきます。周囲の影響の強弱は、1人ひとり異なります。誰かにとっては軽いことでも、ある人にとっては強いトラウマになるのです。例えば、運動が出来ることを拠り所にし、周囲との接点もそのことが大きい人にとっては、運動が出来なくなるといった障がいは大変重たいものとなります。一方で、別の個性や強みを拠り所にすることで大きな傷つきを負わない人もいます。
ミーカーさんによると、障がいを持つ多くの人が経験するキャリアのトラウマには、2種類あります。“心理的トラウマ”と“社会的スティグマ”です。
3.キャリアのトラウマ 心理的トラウマ
心理的なトラウマには、次のようなことがあります。
「1つが、キャリアの喪失です。多くの人にとって、キャリアは自分のアイデンティティと目的意識の重要な部分です。突然抱えることになった障がいによってキャリアを失うと、喪失感、アイデンティティの危機、無目的感に襲われることがあります。この突然の変化は、経済的不安を生み、自信を喪失させる可能性もあります。」
「2つ目は、ライフスタイルの調整です。障害によって、移動の制限から日常生活や活動の変更に至るまで、ライフスタイルの大幅な調整が必要になることも少なくありません。このような調整は、自立の喪失やそれまで楽しんでいた活動ができなくなることに対する不満、怒り、悲嘆の感情につながることがあります。適応の必要性は精神的に疲弊させ、自分の生活のコントロールができなくなる感覚も生じさせます。」
「3つ目は、依存感です。身の回りの世話、交通手段、経済的支援など、日常生活のさまざまな面で他人に依存することは、傷つきやすさ、恥ずかしさ、不十分さ、みじめさといった感情を呼び起こすことがあります。完全に自立していた人は、尊厳の喪失を恐れ、助けを受け入れたり求めたりすることに苦悩するでしょう。このような依存の力学は、慣れるまでは人間関係を緊張させ、孤立感や孤独感を悪化させる原因になります。」
「以上のように、心理的トラウマは色々な形で潜んでいます。強い心理的トラウマはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こすことがあるため、注意が必要です。特に、突然の恐ろしい災害やケガ、病気によって障がいが生じた場合、PTSDを発症しやすい可能性があり、恐怖が繰り返し襲ってくることもあります。」
障がいによって喪失感を持ち、尊厳が奪われる感覚がトラウマになることは、周囲だけでなく当人にとっても認識しにくいかもしれません。しかし、トラウマは深く心を傷つけ、影響を与えるため、丁寧に、自他ともにケアをし、対応していく必要があります。
4.キャリアのトラウマ 社会的スティグマ
スティグマとは、ギリシャ語を由来とし、「刻印」という意味を持ちます。社会的スティグマとは、個人の持つ特徴が社会から不当な意味付けをされ、偏見・差別されることを示します。ミーカーさんは、この社会的スティグマがキャリアに影響を与えることを強調します。社会が持つ否定的なステレオタイプ、誤解、差別、無関心さなどが、障がいを持つ人たちに対して不快感を与えるだけでなく、不適格感や自尊心の低下、キャリア形成の機会を奪うといった形で影響を及ぼします。以下は、ミーカーさんが掲げたスティグマによる影響です。
「差別」 – 障がい者に対する差別は、雇用、教育、医療、社会的交流など、さまざまな領域にわたって蔓延しています。アクセスしにくい環境や配慮の欠如といった構造的な障壁は、機会を制限し、構造的に不平等を維持させます。
「部外者」と感じること(Feeling othered) – 障害があると、社会的な文脈の中で「部外者」であると感じることがよくあります。自分の居場所がないように感じたり、自分と同じ経験を持たない人たちとのつながりに苦労したりします。部外者のように感じることは、安心できる人間関係を形成することの難しさにもつながります。
「孤立」 – 物理的な社会的孤立は、障がいを持つ人の多くにとってめずらしくない経験だとミーカーさんは説明します。交通アクセスへの障壁も大きいのですが、コミュニケーションの困難さ、社会的態度などの要因によって孤立は起こります。社会活動への参加の機会が制限されると、障がいを持つ人は孤独を感じ、さらに誤解され、仲間から切り離され、抑うつや不安の感情を悪化させてしまいます。
「アイデンティティ」 - 忘れてはならないのは、障がいを持つ人にとって、障がいだけが個人を表すものではないということだとミーカーさんは主張します。それにもかかわらず、障がい者とひとくくりにされがちです。障がいを持つ個人の経験を形成する上で重要な役割を果たしている、その他の複数のアイデンティティ(自己を表す表現)にも意識を向けることが大切です。
複数のアイデンティティがポジティブに働くケースもあれば、より複雑な葛藤を生み出す場合もあります。
ミーカーさんは、次のように説明してくれました。「例えば、LGBTQ+の障がい者は、アイデンティティの受容、肯定的な空間へのアクセス、医療格差に関連するさらなる障壁に遭遇する可能性があります。場所によっては、自分の持つアイデンティティで選べることが限られる可能性もあります。これらの経験は、障がいの心理社会的影響を複雑にし、疎外感を増幅させます。
ミーカーさんは、次のように説明してくれました。「例えば、LGBTQ+の障がい者は、アイデンティティの受容、肯定的な空間へのアクセス、医療格差に関連するさらなる障壁に遭遇する可能性があります。場所によっては、自分の持つアイデンティティで選べることが限られる可能性もあります。これらの経験は、障がいの心理社会的影響を複雑にし、疎外感を増幅させます。
また、障がいを持つ女性や未成年にとっては、成人男性よりも暴行や虐待被害にあいやすいという問題もあります。力の不均衡や介護者への依存などからターゲットにされやすいという認識も大切です。」
では、これらを理解した上で、キャリア支援者には何が出来るのでしょうか?
5.支援者として意識すべきこと
ミーカーさんも、トラウマ・インフォームド・アプローチを紹介してくれました。一部以下にご紹介します。
●トラウマを配慮したキャリアのアプローチにおいて、人間中心のケア(Person-Centered Care)を心がけることと、個々人の状況に配慮したキャリア開発プランが大切です。特に、「トラウマ・インフォームド・ケア(TIC)」を学ぶことを推奨しています。TICとは、最初に一人ひとりの固有のニーズや好みを丁寧にヒアリングし、考慮し、適切なケアを重視することを相談者に伝え、約束することです。(※トラウマ治療をするという意味ではありません。)
個別化とは、物理的に合理的な調整を行うことはもちろんですが、個人のトラウマ歴や現在の心理状態に配慮するということです。その上で、固有のキャリアプランを作成する支援をします。その人に合った現実的な目標の設定、個人に合わせた支援の提供、キャリア計画における柔軟性の提供などを約束し、配慮します。
●他職種や他の専門家との連携・協力を行う:全て一人で対応しようと思わないことです。医学的側面、法律的側面などについての連携も推奨されています。
●支援者として、障がいを持つ人を理解するための研修を受ける:研修では、トラウマの兆候を認識する方法や、トラウマが行動に与える影響への理解、前述のTICの原則を実践する方法を学ぶ、などがあります。
●クライエントの周囲のサポートを増やす:カウンセリング、ピアサポートグループ、ストレス管理法などの支援的介入をキャリア開発プログラムに取り入れることは、個人がキャリア目標を追求しながらトラウマの心理的影響と付き合うのに役立ちます。
●エンパワーメントを意識する:個人が選択肢を実感できるようにし、ケアに関する意思決定に関与してもらうことで、自分への信頼を取り戻せるようにする。このアプローチは、トラウマを経験した人々にとって特に重要であり、コントロールと自律の感覚を取り戻す助けとなります。
●トラウマ後の成長を促す:個人の長所と回復力を認識し、それを土台とできるように支援することによって、トラウマを受けた後の成長に焦点を当てます。これは、効果的なTIC戦略ともなり得ます。
いかがでしたでしょうか。ミーカーさんから教えてもらったこの内容が、支援者や人事として、又は当事者やご家族・友人として何をどう配慮すると良いのかを考えるきっかけになると幸いです。AIやロボット技術の開発によって便利さが増える一方で、心理的なケアも見落とされないような社会づくりが必要だと感じています。
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