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キャリこれ

企業内キャリア支援に活かす「ネガティブ・ケイパビリティ(わかろうとする状態をキープする力)」(前編)

イベント

2024.11.5


2024年7月20日、株式会社日本マンパワー会長の田中が執筆した書籍の出版を記念し、企業内キャリア支援者を対象としたイベントを開催しました。
●書籍 『対人支援に活かすネガティブ・ケイパビリティ』 *詳細はこちら

イベントでは、田中から、変化が激しく予想困難な現代において注目度が高まっている「ネガティブ・ケイパビリティ(わかろうとする状態をキープする力)」について紹介。また、サントリーホールディングス株式会社キャリアサポート室専任部長(※)の塩見好彦様にもご登壇いただき、ネガティブ・ケイパビリティが発揮されたキャリア支援の事例などをご紹介いただきました。

※ご所属・役職はイベント登壇当時のものです

〇登壇者
株式会社日本マンパワー 代表取締役会長 田中 稔哉
サントリーホールディングス株式会社
キャリアサポート室 専任部長 塩見 好彦 様
イベント前半は、まずネガティブ・ケイパビリティについて、田中から紹介しました。

1.ネガティブ・ケイパビリティとは

(1) ネガティブ・ケイパビリティは保留状態維持力
「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉があります。直訳すると「消極的能力」ですが、定まった日本語訳はなく、私は「保留状態維持力」と解釈しています。安易に「わかった」と思うのではなく、わかろうとする関心を維持し、観察や検討、試行錯誤をし続けることによって、他者に起きていることを感じ取って共感する力のことです。かみ砕いて言えば、「性急に答えや結論を出さず、わかろうとする状態をキープする力」と言えるでしょう。

*画像はイメージです
ネガティブ・ケイパビリティを持つ人は、矛盾や不確実性に対して耐えることができ、それを創造的な可能性として捉えることができると言われています。また、自分の意識を開放し、複数の視点や相反する考えを同時に受け入れることができるため、より深い洞察や理解に至ることができるとも言われています。
ここで誤解のないようにお伝えしておきたいことがあります。ネガティブ・ケイパビリティは、「思考停止になる」「あきらめて何もしない」「問題を先延ばしにする」「現状を肯定して待つ」ことではありません。また、結論を出すとそこで思考が停止してしまうため、安易にすぐ「わからない」という結論も出すこともしません。

(2) ポジティブ・ケイパビリティとの違い
次に、「ネガティブ・ケイパビリティ」と対になる言葉の「ポジティブ・ケイパビリティ」と対比しながらお話しします。ポジティブ・ケイパビリティとは、効率的・合理的に問題解決をする力のことです。いわば、課題解決力です。みなさんも普段の仕事で「ポジティブ・ケイパビリティ」を発揮されていることでしょう。
なぜ効率的・合理的に問題解決できるかというと、データや前例、経験則など既有の知見を使って判断するからです。
何について「ポジティブ」あるいは「ネガティブ」かというと、早く問題を解決することに対してです。ポジティブ・ケイパビリティは、早い問題解決に積極的で、そのために知見や自分の見立て、従来の考え方を活用します。一方、ネガティブ・ケイパビリティは、早い問題解決に消極的で、自分の考えに対しても「本当にそうだろうか?」と懐疑的です。「謙虚」と表現することもできます。
ここで私がお伝えしたいのは、片方だけに偏った思考は望ましくないということです。一般的に、組織内ではポジティブ・ケイパビリティが優位です。従来のやり方、フレームワーク、PDCAサイクルの回し方を踏襲することは非常に大事で、多くの場合はその方法で成果が出るでしょう。特に、変化の少ない予測可能な課題には有効です。
しかし、前例のない出来事に対しては、ポジティブ・ケイパビリティでは通用しないことがあります。その点で、ネガティブ・ケイパビリティは、変化が激しく前例が通用しない予測不能な課題に有効です。
つまり、予測不能な課題が増えている現代は、ポジティブ・ケイパビリティとネガティブ・ケイパビリティの両方が必要とされているのです。

(3) なぜ今、ネガティブ・ケイパビリティなのか
先ほど申し上げたように、現代は、変化が激しく将来の予測が難しい時代です。次のような事象もあり、ネガティブ・ケイパビリティが注目されています。
【多様性が尊重される時代】
多様性の尊重とは、「あなたにとってはそれが正解なんですね」というスタンスを取ることです。ところが、個人の価値観や思考は人それぞれなので、それらをすべてOKと受け入れるのが難しい時もあります。
個人と組織全体との間に齟齬が生じ、利害が相反することもあります。ただ、「それらをひっくるめて調整しましょう」と言われる時代になり、ネガティブ・ケイパビリティの持つ「わかろうとする力」が注目されるようになっています。
【予測・制御が難しい災害が多発する時代】
近年は新型コロナウイルス感染症を含め、災害が多発しています。災害は予測することが難しく、人類がコントロールしがたいものです。そのため、不確実性に耐え、状況の解決や改善に向けて試行錯誤する「ネガティブ・ケイパビリティ」が重視されるようになってきています。
【AIが普及する時代】
AIは、ポジティブ・ケイパビリティが極めて得意です。集積された大量のデータに基づき、瞬時に最適解(いくつかの解の中で目的に最もよくかなうもの)を導き出します。では、AIより人間の方が優れていることは何でしょうか。
それは、たくさんの予測しにくい変数がある「人の感情を扱う仕事」です。人の感情は個別性が高いものです。また、一人の人間の中に様々な感情があり、瞬間瞬間で移ろっていきます。したがって、人の感情を扱う仕事には最適解がなく、その時々で解は異なります。
対人支援の仕事では、常に「このやり方で良かっただろうか」とある種の謙虚さ、ネガティブ・ケイパビリティを持つことが必要です。
【キャリア形成が長期化する時代】
人生100年時代と言われ、私たちの生きる期間、働く期間、学ぶ期間は長期化しています。そのため、意思決定をしなければいけない機会も増えています。何度も「今の働き方でいいのか?」「今の生き方でいいのか?」と考えることになります。こういった悩みに、1回1回答えを出すポジティブ・ケイパビリティだけでなく、考え続けるネガティブ・ケイパビリティも必要だと思います。

*画像はイメージです

(4) 人材育成に通じる課題感
私は、ネガティブ・ケイパビリティは、人材育成や人材開発でも必要ではないかと思っています。最たるものが、他者理解です。私たちはよく、部下や同僚に対して「この人はこんな人だ」と見立てます。たとえば、「あの人は怒りっぽい」「あの人は優柔不断だ」などです。ただ、その見立ては本当に当たっているのでしょうか?
たしかに、その人の特徴を的確に言い当てているかもしれません。しかし、「この人はこんな人だ」と思うと、それに沿った情報だけが強くインプットされがちです。たとえば「怒りっぽい上司」だと見立てていると、優しくしてくれてもあまり印象に残らないのです。
ですから、「人は別の側面も持っている」ことを意識し、もっとわかろうとすることが大切です。
特に、1on1や部下のキャリア支援の場面で意識する必要があるでしょう。例えば、「部下がこういうことで悩んでいるようだ。よし、わかった!自分が解決してきた方法を教えてあげよう」というケースで考えてみましょう。
上司は、部下が置かれている環境・部下の気持ちが、どれだけ理解できているでしょうか。また、投げかけたアドバイスは、自分とまったく異なる背景で生きてきた部下に対し、有効なものになっているでしょうか。人の悩み、価値観、キャリア形成は千差万別です。すぐに「わかった」つもりにならず、懐疑的になることも大切です。

(5) 人材育成に関わる仕事の葛藤やあいまいさ
キャリア支援などの人材育成に関わっていると、答えが出しにくいことがあります。次のような葛藤、無力感、あいまいさを感じたことのある支援者も多いのではないでしょうか。
【相手の意向の尊重と、業務上の役割での”葛藤”】
部下の意向を尊重しようとする姿勢と、組織から与えられた上司としての役割との間で葛藤が起こることがあります。たとえば、「部下は別の部署に行きたがっている」「でも会社として認めるのは難しい」というようなケースです。
【相手の「役に立てないこともある」という”無力感”】
すべての社員の役に立ちたいとがんばっても、役に立てない場合もあります。相手の問題を解決してあげたい、相手の役に立てる人でありたいという”有能感”を持つことは大事ですが、役に立てないという”無力感”にも意味があります。
役に立てない相手や役に立てないテーマがあるからこそ、それらを克服すべく、勉強や経験を積み重ねようとする向上心につながるからです。
【自分の関わりが良かったかどうか、すぐにはわからない”あいまいさ”】
部下指導や採用などでは、自分の関わり方が会社と個人にとって良かったのかどうか、数年後あるいはもっと先にしかわかりません。しかも、それが良かったか悪かったかはその部下の主観に委ねられる面も大きいのです。
【相手の言葉を大事にすることと、相手の言葉への懐疑】
相手の言葉は大事にしなければいけませんが、たとえば上司と部下との間には、忖度や嘘も生まれます。部下の「大丈夫です」が本当に言葉通りでないことも多いものです。相手の言葉を鵜呑みにするのではなく、「本当にそう思っているのか?」という状態をキープした方が良いでしょう。発した言葉と本音とは必ずしもイコールではありません。
今まで、環境や対象者に焦点を当ててきましたが、育成・支援する側が、自身の内面に意識を向けることも重要です。
【相手の情報が限定的であるにもかかわらず、「わかった」となりやすい自分を認識する】
上司から部下を見ると、仕事上の能力はかなり把握できているかと思います。しかし、価値観や興味、性格はどうでしょうか? 人が組織で働いている時間は、人生のごく一部分です。限定された情報しか知らないのに、私たちは相手のことを「わかった」と思いがちです。

(6) 対人支援の熟達者が意識していること
私は今まで、対人支援の仕事をされているさまざまな職種の方々にインタビューし、「熟達者が対人支援で意識していること」を研究してきました。熟達者が意識していることには、次のようなものがありました。
~対人支援の熟達者が意識していること~
◇問題(自己概念の揺らぎ)は人の成長のきっかけと捉えている。
◇相手を固有の存在であると考え、経験則や一般論を当てはめない。
◇自分の見立ての癖、バイアスの存在を意識している。
◇面談に影響しそうな苦手なテーマを知り、対処している(教育分析など)。
◇相手をわかることはできないからこそ、関心を維持しわかろうとし続けている。
◇相手には嘘や忖度があると認識している。
◇人は複数の感情や考えを同時に持ち、かつ変化すると捉えている。
◇相手の願いの実現可能性を評価していない。
◇面談を成功体験化しないようにしている。
◇他者の力も借りたリフレクション(スーパービジョン、事例検討)を継続している。
職種別では、対人支援の範囲が広く、かつ支援期間が長い職業で、ネガティブ・ケイパビリティの発揮度合いが特に高い傾向にありました。例えば、ホームペルパー、中高一貫校の教師、通信制高校の教師などです。
より具体的にお伝えすると、例えば、中高一貫校の先生は、入学したばかりの中学1年生を、「この子はこういう子だ」と見立てるようなことはしません。子ども達は色々な可能性を持っていて、ぐんぐん成長していくからです。
私は、企業内キャリア支援の場合も、同じことが言えるのではないかと思っています。長期間、従業員のキャリア支援をする中で、従業員は年々成長し変化していきます。キャリア支援に携わる立場の方は、ポジティブ・ケイパビリティだけでなく、ネガティブ・ケイパビリティも意識されると、より良い支援につながると思います。
★後編は、こちら
●(書籍)『対人支援に活かすネガティブ・ケイパビリティ』
田中 稔哉著 日本能率協会マネジメントセンター2024年6月20日発売

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