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【キャリこれ所長より皆さまへ vol.7】格差と特権やパワーについて(前編)

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2021.11.18


~キャリこれ所長よりみなさまへ~
「キャリアの“これから”」に対する私の想い・視点・問いを、定期的に記事としてお届けしています。
*キャリこれ所長 水野みちのプロフィールは こちら
「格差」・・・最近よく目にする言葉です。経済格差、教育格差、デジタル格差、医療格差、地域格差…など様々な格差が社会にあり、そして身近な関係性の中にも大なり小なりデリケートな形で存在します。学校の行事一つを企画するにしても、想像を最大限に巡らせる必要があります。
このテーマは、アメリカにおけるカウンセラー教育の中でも大変重要視され、厚く学びました。それでも、今のご時世において公の場で話題にするのにはやや抵抗があります。なぜなら、このテーマは私たちの傷つきや嘆きと密接に関わっていて、誰かに不快感を与える可能性があるからです。しかし、自分にとっては、この話題なくしてキャリアを語り続けることは出来ません。勇気を出してこのテーマを扱い、恐れや痛みや恥や屈辱、罪悪感の先にある、共感やつながり、思いやりや感謝を増やしていくことを選びたいと願っています。

格差について

コロナ禍により、生活困窮者増加や、児童虐待増加などに現れる経済格差が注目を集めました。最近目にするニュースにも、政治にも、このテーマが流れています。「親ガチャ」という言葉もSNSで拡散し、個々人の努力ではどうしても越えられない壁を無視してはいけないという若者からの主張も目にします。
「親ガチャ」とは、運で当たった「親」によって、おおよその人生が決まるという意味を持つそうです。これに対して「いやいや、親のせいにしてはいけない、努力次第だ」という論調もあります。確かに、大変な境遇を乗り越えて活躍している人もいます。では、実際はどうなのでしょうか?
経済的に豊かな親を持つ子は、学力や進学面において有利ということを裏付ける調査結果はいくつかあります。例えば、2018年に行われた文科省による調査「学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」では、家庭の社会経済的背景の高さは子供の学力結果の高さに影響することが示されています。また、東大生の親の60%以上は年収950万以上。750万以上も入れると74.3%です(参照:東京大学・学生生活実態調査報告書2018)。
もちろん、親の経済力が低かったとしても、飛びぬけて学力が高い子はいます。また、学力以外の、コミュニケーション力、挑戦意欲、協力してやり遂げる力などの「非認知スキル」と親の社会経済的背景は相関がないことも分かっています。
しかし、全体傾向として、親の社会経済的背景は、学力・学歴上優位に働き、それは「特権」であると言えます。さらに、学歴はその先の賃金にも影響します。つまり、持つ者はさらに教育と富を得ることになり、持たない者は持ちにくい。ここにも資本主義に根差した格差社会構造の一端があります。

特権について

では、話を「格差」から、様々な格差構造を維持する「特権」に焦点を当ててみたいと思います。特権とは、「個人や集団に与えられた優位性」です。
「もし“それ”について考える必要がなかったら、それは特権です」
脳科学とNVC(Non-violent communication)の専門家サラ・ペイトン氏はこう言いました。
先日、ペイトン氏の「パワーと特権:社会や集団の中で何が起こるのか~」というオンライン特別講座(2021年10月)を受ける機会を頂き、とても示唆深いものでしたので一部ご紹介させて頂きます。
「考える必要がない」とは、どういうことでしょうか。例えば、私は数年前に駅の階段で大胆に転んでしまい、足を捻挫したことがありました。松葉づえ生活になり、普段は考える必要もないことに恐れと不安を抱きました。
例えば満員電車。駅で足早に横切る人、優先席までの距離、小さな段差など。いかに足の自由さが大きな特権だったかを思い知る瞬間でした。このように、特権とは、持っているときには気づきにくく、当然のこととなり、ないときには敏感にはっきりと感じられるものです。
身体の健康についての例を出しましたが、特権の種類は様々です。日本で「特権を持つ層」と言うと、誰が、どのような属性が該当するでしょうか。誰が地位、富を得やすいでしょうか。誰がルールを決めているでしょうか。経済力、出身、学歴、年齢、美しさ、体力、知性、心身の健康、SNS上の影響力、なども、力を持つ要素になり得ます。「ガラスの天井」という言葉があります。持つ者には意識せず通り抜けられることも、持たない者にとっては分厚くて重たいガラスの壁なのです。
「私たちが生きる社会にはパワーと特権の構造があり、意図しなくても人を傷つける可能性が備わっています。」
ペイトン氏のこの言葉は刺さるものがありました。私たちは、自由と平等を願いつつも、残念ながら不平等な社会にいます。私たちが当たり前のように得ていることは、遠い誰かの不自由さを生んでいるということです。
ペイトン氏は、「そうであるにも関わらず、私たちは誰かを傷つけているとは認めたくありません。特権集団の側にいるという認識に抵抗を示すことが多いのです。なぜなら、そこには恥の気持ちが生まれるからです」と言います。
また、恥だけではなく、「自分はそんなに恵まれていない」という人もいるでしょう。もちろん、個々人の人生には、様々な種類の抑圧構造が存在します。ペイトン氏からは、「それでも、自分の特権と、誰かを傷つけているという痛みにしずかに意識を向けましょう」と促されました。恥ずかしい、罪悪感、心が痛む…これは大切な人間性の回復なのです。不快を味わうことも大切とは、いったいどういうことでしょうか?

特権の構造

アメリカの社会心理学者ポール・ピフによる興味深い実験があります。人は特権を得ると、その特権を持たない人を見下す傾向が出現し、非倫理的になるというのです(Paul K. Piff, 2012)。地位の高い人ほど、思いやりや共感というミラーニューロンの機能が衰えてくるのです。自分の属する集団の外の人を「物」のように扱うようになります(これは、不平等な社会ほど顕著に表れるとのこと)。
同じく社会心理学者のダッカ―・ケルトナー(Dacher Keltner, 2016) も、こんな研究結果を出しています。例えもともと親切な人だったとしても、富と権力を維持することでその人は、横柄で無礼になり、他人の気持ちに関心を示さず、浮気する可能性が高くなるというのです。特権を糧にした正当化が働き、恥ずかしいという感覚も減っていきます。高級車に乗ると人格が変わり、歩行者に配慮がなくなるという実験結果もあります。
そんな特権グループが組織や社会のルールを作る力を持つと思うと少し怖くなりますね。先ほど痛みを感じられた自分に少しほっとするのではないでしょうか。
一方で、地位や特権を失った側は、生存本能を刺激され、時には心身の健康に害を及ぼすほどの不安やストレスを感じます。自分の自律性や能力を奪われた感覚を持ちます。このような構造から、オランダの歴史学者ルトガー・ブレグマンは、権力の腐敗がなぜ起こるのか、のぼせ上ったリーダーはなぜ追われるのかを説明できると述べています(参照:「希望の歴史」ルトガー・ブレグマン)。
では、私たちは、どうすればいいのでしょうか?
この続きは、記事後編でお読みください。
■記事後編は、こちら
水野みち プロフィール
キャリこれ研究所所長、株式会社日本マンパワー フェロー
NPO日本キャリア開発協会認定スーパーバイザー、ACCN理事、厚生労働省委託事業「SV検討委員会」委員。
【経歴】国際基督教大学卒業。1999年より日本マンパワーでキャリアカウンセラーの養成事業に参画。JCDAの立ち上げ、キャリアコンサルタント養成講座プログラム開発・テキスト執筆、普及推進に携わる。
2005年に米国で最も充実したキャリアセンターを持つペンシルバニア州立大学にて教育学修士(カウンセラー教育)取得。現在は企業内のキャリアカウンセリング、キャリア開発、組織開発、企業内キャリア支援のスーパービジョンに従事。
国家資格キャリアコンサルタント/CDA、MBTI認定ユーザー、組織開発ファシリテーター、産業カウンセラー、Dr.Robert Keganによる認定ITCファシリテーター。

■過去の「~キャリこれ所長よりみなさまへ~」
■vol6 「Z世代のキャリア観」 こちら
■vol5 「全米キャリア開発協会 グローバル・カンファレンス2021について」 こちら
■vol4 「一人ひとりの成長を地球規模で考える」 こちら