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【キャリこれ所長より皆さまへ vol.9】キャリアカウンセラーの専門性とは?

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連載記事

2022.1.27


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「キャリアの“これから”」に対する私の想い・視点・問いを、定期的に記事としてお届けしています。
*キャリこれ所長 水野みちのプロフィールは こちら
コロナの感染拡大が勢いを増し、地震の影響も心配で落ち着かない最中ではありますが、どうか皆様にとって2022年が良い年となりますよう心からお祈り申し上げます。

1,年末年始の過ごし方

さて、年末年始に我が家は大掃除をしました。水回りのしつこい汚れを取ったり、エアコンの掃除をしたり。綺麗になると不思議と心も整う感覚になります。年末の「すす払い」は、平安時代からの日本の伝統で、厄除けの意味があったそうです。もともと埃が溜まると火事が起きやすいことからの習わしだそうですが、それがいつのまにか儀式になっていったとか。
以前「組織も、すす払いが大切だ」と言っている方がいました。だから対話や相談の機能を入れていると。確かに、社員が本音を言えない状態が溜まるとコンプライアンスやエンゲージメント、リテンションなどにおける問題になり得るものです。
またこの時期、同時に色々な研修やセミナーにも参加しました。MITの上級講師であるピーター・センゲも推薦する「マネジャーの正念場(Managerial Moment Of Truth:MMOT)」の認定トレーナー養成研修や、感情やニーズを扱うNVC(非暴力コミュニケーション)のセミナー、システム思考のセミナー、瞑想ワークなど。
そして、「9つのテーゼ」に通じる心理領域の先行研究・論文を読み込む時間を取り、これもまた知の宝庫で、素晴らしい研究を知ることが出来ました。これらのテーマはまた追ってご紹介したいと思っています。
*9つのテーゼは、キャリアのこれから研究所が2021年9月に発表した「ニューノーマル時代におけるキャリア自律のあり方」を提言するものです 詳細はこちら

2,キャリアカウンセラーの専門性とは?

このようにセミナーなどで様々な隣接領域に触れると、キャリアカウンセラー・キャリアコンサルタントの専門性とは何だろう?という問いが生まれます。この問いを受けて、ここでは年末の学びの一つ、「JCDA認定スーパーバイザーのオンライン合宿」に参加した時のことを共有させてください。
キャリアカウンセラー兼顧問として九州の企業に関わっている黒木陽子(くろぎようこ)さんが、こんな話をされました(ご本人の許可を得て紹介)。
「今、関わっている会社で総まとめ会議があり、私も同席していた時のことです。
社員が一生懸命業績や次年度の目標を発表しているのですが、ふと社長を見ると手元のスマートフォンを見ているんですね。
おや…と思ったので、会議が終わり、社長に声をかけました。
“みなさんの発表の時に、一生懸命話す社員と、その向かい側で熱心にスマートフォンを見る社長の姿が、なんだかとても不思議な感じがしたんですよね…”と。
社長は少しばつが悪そうな顔をしながら、こう言いました。
“じつは社員に伝えたいことがあったんですが、その言葉を間違えないように伝えたくて調べていたんです。間違えたらみっともなくて立場ないじゃないですか”と。
私は、“社長にとっては、みっともなくないことが、とても大切だったんですね”とお伝えしました。
すると社長は下を向いて考えるようなしぐさで“う~ん…でも、違う。大切にしたいのは社員の声なのに、なぜ自分はそこに囚われていたんだろう”と、自分に問い直すようにおっしゃいました。
私からは“何かとても大切なことに通じるお話のような気がしますので、次回お会いする時に、これをテーマにお話ししませんか?”とお伝えし、社長も一度向き合ってみたいとのことでしたので、その場は終わり、時間を設定することになりました」
この黒木さんのお話、とても興味深いと思いました。
黒木さんは企業内に入り、丁寧に観察し、「おや?」「あれ?」という違和感を大切に、社長や社員の内省のお手伝いをしているのです。もしも黒木さんの意図が風土改善であれば、社長に対して「社員が話をしている時は、顔を見るようにした方が社員との信頼関係が育まれますよ」と助言することもできたはずです。
しかし、黒木さんがキャリアカウンセラーとして見ていたのは、社長の自己概念と自己概念の成長です。「社長には会議の場や自分がどのように見えていたんだろう?」ということです。
そこにあったのは、社長たるもの威厳を失ってはいけないという社会通念かもしれませんし、自分の価値を感じられなかった過去の痛みかもしれません。そして、ついスマホに見入っていた自分を良しとはできず、もやっとした、ゆらいだ、ということは自己概念にゆらぎが起きているということになります。
心のゆらぎは、「その奥に何があるのだろう」という問いや、自身の願い、ありたい自分を探求するきっかけをもたらします。社長の心のゆらぎも、もしかしたら今後、「正直さ」や「誠実さ」を軸に社員と向き合っていくきっかけになるのかもしれません。リーダーとしての在り方、生き方の選択にも影響していきます。
もちろん、多忙な日々を過ごす中、「いちいち考えるほどではない」とやり過ごすこともできます。また、「そこに意識を向けると、迷いが生じて仕事ができなくなる」と感じる人もいるかもしれません。おそらく多くの方は多忙な日々、与えられた役割、こなすべき仕事に邁進しています。
しかし、ささいなゆらぎへの問いかけが、じつは成長・自己変容につながる可能性を持っている。そんな風に捉えると、ゆらぎが、自分の命がより生かされるためのメッセージとして愛おしくもさえ思えてきます。
今回の黒木さんのお話はたまたま社長の例でしたが、社長に限らず、キャリアカウンセラーとして、目の前の人の自己概念と、その人の「ありたい自分のエネルギー」に意識を向けることの大切さに触れるエピソードでした。そして、そこにキャリアカウンセラーの専門性へのヒントがあると思います。

3,何をやっても自己紹介

少し話は変わりますが、好きな言葉に「何をやっても自己紹介」というのがあります。これは、JCDAの立野会長が、自分が20代のころに教えてくれた言葉です。わざわざ自己紹介しなくても、その場で何を言うか、どのように物事を見て、どう捉えているかが全て「自己紹介」になっている、という意味です。むしろ、用意された自己紹介以上に、自分と自分を含む世界をどう捉えているか(自己概念)にその人が現れると。
この言葉は当時、人前で話すことにとてつもなく緊張していた私をある意味救ってくれました。結局何をやっても自分がにじみ出ているのであれば、良く見せようなどと小賢しいことは考えず、深めるべきは自分が本心としてどう思っているのか、どうこの場に在るのかという心の奥の方だなと思ったのです。するとありのままの自分を受け入れざるを得なくなり、覚悟ができ、緊張がなくなりました。
今、この言葉は、目の前の人の自己概念を大切にする上でとても役に立っています。状況を語っているその人が見ている世界や望むものは何だろう、がまんをしているというこの人がそれを「がまん」と捉えている世界は何なのだろう、など好意的関心につながっています。

4,組織の成長のための力

色々お話させていただいましたが、みなさんにとって、キャリアカウンセラー・キャリアコンサルタントの専門性とは何でしょうか?
もちろん、セルフ・キャリアドックでは、組織を俯瞰的に見て、構造そのものに踏み込む力もあるに越したことはありません。しかし、組織は人の集まりですから、影響力の強い人をはじめ、組織の自己概念の成長は、大きなレバレッジポイント(組織の成長のための力)になり得ます。
2014年に日本マンパワー主催の「企業内キャリアカウンセリングの研究会」にて事例発表を聞いた神戸大学の金井壽宏名誉教授が、「組織内に常駐するキャリアカウンセラーはスクールカウンセラーみたいですね」とおっしゃいました。
生徒、教師、親と多岐に渡る利害関係者の中に入り、それぞれの声を聴くと同時にそれぞれの成長を促していくスクールカウンセラーの役割と似ていると見られたそうです。
スクールカウンセラーは、子供だけでなく、時に親の成長、教師の成長にもつながるかかわりができます。関係は相互作用なので、数人の変化を通じて全体に影響を及ぼすこともできます。苦しんでいる親に少しほっとする心の空間が生まれると、子供と温かい時間を持つことにつながります。
同じように、部長の心に余裕が生まれると、社員からの耳の痛い声にも向き合う力が生まれます。
また、金井先生はキャリアカウンセラーは「炭鉱のカナリア」のようだともおっしゃいました。社員の声にならない声、つまり日常では些細なことだとやり過ごしてしまう気持ち、周縁化されやすい声にも耳を傾け、そこにある大切なことに気づかせてくれる役割という意味です。
ここにも、私たちが何を意図して、何を行っているのかのヒントがあるような気がしています。
すす払いの話から、キャリアカウンセラー・キャリアコンサルタントの専門性、自己概念の成長の話など、多岐に渡って書かせていただいましたが、あくまでも一つの考え方です。みなさんはどう感じ、どのような考えが浮かんだでしょうか?ご自分なりの考えを深めるきっかけになったとしたら嬉しいです。

■キャリアコンサルタント、キャリアコンサルタント養成講座について こちら
■過去の「~キャリこれ所長よりみなさまへ~」
〇vol7 「格差と特権やパワーについて(前編)」 こちら
〇vol6 「Z世代のキャリア観」 こちら
〇vol5 「全米キャリア開発協会 グローバル・カンファレンス2021について」 こちら
水野みち プロフィール
キャリこれ研究所所長、株式会社日本マンパワー フェロー
NPO日本キャリア開発協会認定スーパーバイザー、ACCN理事、厚生労働省委託事業「SV検討委員会」委員。
【経歴】国際基督教大学卒業。1999年より日本マンパワーでキャリアカウンセラーの養成事業に参画。JCDAの立ち上げ、キャリアコンサルタント養成講座プログラム開発・テキスト執筆、普及推進に携わる。
2005年に米国で最も充実したキャリアセンターを持つペンシルバニア州立大学にて教育学修士(カウンセラー教育)取得。現在は企業内のキャリアカウンセリング、キャリア開発、組織開発、企業内キャリア支援のスーパービジョンに従事。
国家資格キャリアコンサルタント/CDA、MBTI認定ユーザー、組織開発ファシリテーター、産業カウンセラー、Dr.Robert Keganによる認定ITCファシリテーター。