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「社会との懸け橋」アルムナイが、企業の存在価値を高める(前編)

インタビュー

企業

2024.1.12


終身雇用、年功序列に代表される日本的経営の形が変わりつつあり、更に人的資本経営の動きが広がる中、立ち上げの機運が高まっているのがOBOGといった卒業生によるネットワーク「アルムナイ」
そのキーワードは「“終身雇用”から“終身信頼関係”へ」と言われ、人と組織の新たな関係を問い直す取り組みとも言えます。そして、このアルムナイの多くをリードするのが、会社の未来を自分ゴトとして取り組む若い世代です。
今回はその代表事例として、先だって「ジャパン・アルムナイ・アワード2023・カルチャー変革部門」最優秀賞を受賞したトヨタ自動車アルムナイの取り組みをご紹介します。リーダーの深江堅允さんを始め、プロジェクトメンバーの皆さんに、お話をお聞きしました。
●ジャパン・アルムナイ・アワード2023受賞組織・受賞者は、こちら
●インタビュアー:酒井章(キャリアのこれから研究所プロデューサー)
プロフィールはこちら
◎お話しくださった皆さん
深江 堅允さん(人事部 車両系技術人事室)
楠元 太平さん(生産本部人事室)
松野 早久良さん(人事部 事技系人事室)
李 寛子さん(人事部 事技系人事室)
種林 萌子さん(生産本部人事室)

1.トヨタ自動車 アルムナイプロジェクトのメンバー
Q1: まず、深江さんのキャリアと現在のお仕事についてお話しいただけますか?
深江:
私は2015年に新卒でトヨタに入社をし、初期配属が人事部の新卒対応を行っているグループでした。3、4年ほど新卒の採用から配属までを担当させていただき、そろそろ次の仕事をしたいなというタイミングで、研修の一環としてブラジルに1年半赴任しました。向こうでも人事総務全般に携わり、2021年にコネクティッドカンパニーの人事として帰任し、社員にイキイキ働いてもらえるような組織開発の取り組みを幅広くやって来ましたが、現在、2023年の10月から新設されたデジタルソフト開発センターの人事を担当しています。

Q2:楠元さん、松野さん、李さん、種林さんは、現在どのようなお仕事をされていますでしょうか?
楠元:
私は、生産本部人事室所属で、主に生産に従事している技能系社員、生産の設備づくりを業務として取り扱っているスタッフ職の社員、そして生産管理などのスタッフ職の社員を管轄している人事の業務をしています。私自身は、入社以来ずっと生産に携わっている社員向けの人事の仕事をしてきまして、時間管理、労務全般や「個別人事」と呼んでいる異動や昇格の調整などの業務をしてきました。
松野:
私は、全社の人事評価制度の企画・運用を通じた人材育成の取り組みを担当しています。具体的には、社内の人事評価や昇格、メンバー・上司間の面談制度、キャリア形成支援などです。
李:
私の担当は新卒の採用になります。新卒の中でも大きく事務系と技術系に分かれていますが、事務系の採用をメインで担当しています。
種林:
私も生産本部人事室の所属で、7月にキャリア採用で入社したばかりです。現在、個別人事の担当として異動昇格のお仕事をさせていただいています。
Q3:深江さんは、先ほどブラジルに赴任されていたと話されていましたが、日本の外から見て、自社についての見え方が変わったことなどありましたでしょうか?
深江:
短い期間だったので偉そうなことを言えるほどの経験はないのですが、人事制度というもの自体が国や地域の労働市場や法制度に影響を受けて成り立っているということや、日本は独特な人事制度になっていることを感じていました。なので、日本のトヨタのことだけを知っていても海外では人事としての付加価値が出しにくいのではないか、日本にいながらでもグローバルスタンダードも学んでいかないといけない、というのが率直な思いでした。
ブラジルは北米に近く、転職を繰り返しながらキャリアップしていくのが一般的な価値観で、ブラジルトヨタの仲間も他社からの転職者が多かったです。そういった現地現物での視野の広がりがアルムナイ活動に繋がった部分もあるかもしれません。

2.アルムナイ誕生のきっかけ
Q4:ここからはアルムナイの話に入っていきたいと思います。まず「アルムナイ」という発想が生まれてきたきっかけや背景についてお話しいただけますか?
深江:
部門人事はHRBPとして各本部やカンパニーの経営に寄り添うサポート役でありながら、本社人事が企画したものを各現場でしっかり運用する役割を担っています。ただ、目の前の業務に忙殺され、ともすればオペレーションを回すだけで業務が完結したような気がしてしまう部分があるかもしれません。そんなときに、「若手の部門人事メンバーに全社的な視座で企画業務をさせる機会を作れないか」といった管理職の声掛けから、2021年春に部門横断の若手ワーキングチームが立ち上げられたのが、最初のきっかけでした。
インタビュー時の深江さん
そのタイミングで、アルムナイのためのプラットフォーム構築や運営を業務としているハッカズークさんに弊社から研修出向されていた方の発信が後押しになりました。発信されている学びを見聞きして、まさにアルムナイは人事がやるべきことの一つだなと思いました。
また、同期などの近しい年代の社員や同じ人事から転職した方と、その後も個人として関わりを持つ中で、「会社としても辞めた人たちと繋がり続けていくことはできないか」という課題意識とミートするところもあってアルムナイをやってみましょうか、という流れになりました。
Q5:先ほどおっしゃった「人事がやること」について少し詳しくお話し頂けますか?
深江:
採用から退社までの従業員のサイクルがある中で、退職に関して事務的な手続きを行うこと以外、人事があまりアクションできていなかったというのが正直なところです。
退職という決断をした人の意見をもっと聞いて改善に繋げていくべきだと思っていましたし、人的資本経営の考え方が広がっていくと共に、入口と出口、On boardingとOff boarding(アルムナイ)の両方が重要だという認識が社会に広がる中で、人事としてアルムナイのような取り組みをもっとやっていかなければいけないのではないかと思いました。
松野:
社内でも徐々に自身のキャリアに向き合うというような機運が高まってきたことは感じていましたので、アルムナイに対する取り組みが人事の中で全く受け入れられない、ということは感じませんでした。
Q6:「自身のキャリアに向き合うという機運の高まり」は、いつ頃からどのような理由で高まっていったのでしょうか?
松野:
トヨタで働く一人ひとりが、自分の幸せを実現しながら働き、その先に、「幸せの量産」という会社の目指す姿を一緒に実現していくという目指す姿に向けて、数年前から労使の話し合いが行われてきました。その中で「キャリアを自分で考えていくことが非常に重要」という理解が広がっていったと思います。
インタビュー時の松野さん
Q7:アルムナイの検討が開始されてから立ち上げまでの経緯というのはどのようなものだったでしょうか?
深江:
われわれの中でもアルムナイに対する理解度の差があったので、ハッカズークさんにお願いして、他社様で取り組まれている事例をベンチマークさせていただいたり、「組織と個人の心理的契約」を専門とされている神戸大学の服部先生にお話をお聞かせいただいたりしました。そのような形で、手探りながらアルムナイというものに対する理解を深める一方、それを踏まえて「アルムナイがトヨタにおいてどのような価値を出せるのか」を話し合いながら進めていきました。
2021年の終わりには、人事本部長に対して出戻りのキャリア採用、社員のキャリア教育や事業コラボなどの可能性を視野に入れて、アルムナイをやっていきたい、という相談をしました。最初はわれわれの説明が不十分だったこともあり、アルムナイに対するイメージが漠然としていたのですが、そこから始まって、アルムナイに限定せずに本質的な議論を進めていくようになりました。
「今のトヨタで働きたいと思ってもらえる“求心力”は何なのか、逆に人が辞めていく“遠心力”は何なのか。それを踏まえて今後、トヨタは何を求心力に人に集まってもらえる会社になるべきなのか」といった議論を徹底的におこなったのです。その結果、「多様性」や「550万人の自動車産業の仲間への貢献」といった経営テーマとアルムナイの可能性を擦り合わせながら、最終的にはアルムナイをやっていこうという流れになりました。
インタビュー時の深江さん

3.会社の遠心力と求心力
Q8:「遠心力と求心力」という点で、どのようなディスカッションが行われましたか?
深江:
●遠心力
“遠心力”という点ではまず、「なぜ今の人たちは辞めていくんだろう」という疑問が生じても、人事としてきちんとデータを取っていなかったので、どうしても一部の人の声や各自のバイアスがかかった感覚に引っ張られる傾向があったと思います。ただ過去一度取られたアンケートを見ると、長期雇用や安定した処遇といった従来ほとんどの人に求心力として機能したであろう要素が、成長スピードや自分がやりたい事をできるか、といった点を重視する人には遠心力となっている側面もあるかもしれない、と感じました。
●求心力
一方、「社会的な影響力の大きさ」や「チームワーク・面倒見の良さ」といったこれからも求心力となる部分も多くありそうだという点も再評価できました。トヨタとして失ってはいけないものも残しつつ、より視野を広く持ちながら、個々人の多様なキャリア形成を後押ししていきたい、といった話をしました。
●キャリア自律
もう一つのディスカッションのテーマは、まさに「キャリア自律」でした。キャリアを本質的に考えれば転職も選択肢に入ってくると思います。今の時代は常に社外の選択肢にネットで触れるので、そのうえで「この会社で働く」という自己選択をしている状態が理想だと思います。そのためには転職をタブ―として扱う風土を無くしていくことを前提に、会社としても多様なキャリアの選択肢をどう用意できるかが重要、といったディスカッションを重ねました。
●仕事の価値
アルムナイの文脈で言いますと、「仕事の価値」が話題になりました。ずっと組織の中で働いていると、今自分がやっている仕事の社会的な価値について、感じづらくなっていくと思います。しかし、外から仕事の価値を再認識できたり、今自分がやっている仕事を通じて、どんな強みが身に付いているのかを交流の中で見い出したりすることが、これからの育成として大事ではないか、という話をしました。
Q9:日本の企業では「定年を待たずに辞めていく人間は裏切り者」という風潮がありますが、そのようなご意見はなかったのでしょうか?
深江:
そこまでネガティブではなかったですね。一部の上の世代には「いい会社なのに何で辞めるのか理解できない。自分が若い頃は転職を選択肢に入れることなんか無かった」という感覚もあったと思いますが、若手の価値観を否定するというより、理解しようとしてくれる感覚でした。
Q10:特に生産技術系の社員の方々のキャリアの在り方やキャリア観は、事務系の社員の方々とは異なる部分があると思いますが、その点はいかがでしたか?
楠元:
技能系の方たちは、「作業の精度を高め改善を重ねながら、どれだけ自分の技術を高めていけるのか」ということに特化して、ご自身のキャリアを考えています。つまり、次の職場に異動して、そこでどういう経験をするのかを自分で考えるのではなく、その人の技量に応じて上司も最初に配属されたところからほぼ変わることなく、どんどん技術を突き詰めていくことが考え方のベースにあります。
ですから、「自律的なキャリア」のようなことを考える風土は、そもそも無かったと思います。
インタビュー時の楠元さん

4.アルムナイ立上げまでに悩んだこと・推進力になったこと
Q11:アルムナイの立ち上げまでで皆さんで話し合われたことや悩まれたことなどあれば、お話しいただけますか?
深江:
今までになかったことを導入するということはそれほど経験して来なかったので、説明コストがかかりました。アルムナイというと一番多い最初の反応は「転職を是とするのか?」というものでしたが、当然メンバーのエンゲージメントを高める努力を最大限することが前提です。誤解されないように説明して、共感してもらうことは結構難しかったです。
加えて、われわれも本業がありながら有志メンバー的にやっているという位置づけなので、目に見える成果がなかなか出にくい中でいかにモチベーションを保っていくか、という悩みはありました。
松野:
若手が全て企画をして上位者に提案していくことは、通常の仕事では多くなかったので、ボトムアップで進めていく難しさを改めて感じました。現在でも、人によっては先ほどの話にあった“遠心力”を強くイメージされる方もいます。
また、現時点で致命的な課題のないことに対して時間を割いて取り組む価値は何なのかを問われたときに、将来に向けた種まきであることを理解してもらう難しさはあったと感じています。その中で、「アルムナイがトヨタにとってどのような価値があるのか」をコアメンバーで整理するところに多くの時間を割いて議論しました。
楠元:
私は技能系の人事をしていますが、離職者が出ることに悩んでいるものの、こういうプラットフォームを使った活動はスタッフの方たちと比べると不慣れな部分があります。なので、アルムナイの取り組みが、人が辞めてしまって困る現場の問題の解決に本当に繋げていくことができるのだろうか、と当初は疑問視していました。
Q12:アルムナイの取り組みを、若手の皆さんが推進されたことは非常に素晴らしいなと思います。その中で立ち上げに至った要因は、どのようなものがあったでしょうか?
深江:
まず挙げたいのは、社内の説得に一緒に加わってもらった上司の皆さんによるサポートの部分が大きかったと思います。加えて、会社の流れとうまく合致したことです。トヨタという会社には、労使の話し合いを通じ、トップが決めた事を愚直に実現しようとする風土があるのですが、多様性やキャリア自律が重要なテーマとして上がってきた中で、アルムナイの立ち上げを準備していたところと、予期しない形でミートしたという感覚もあります。
松野:
私も深江が挙げた2点は大きかったと感じています。もう1点、最近感じているのは、各拠点・各部門の人事から徐々に湧き上がってくる「退職の決断をした理由を組織の風土改善に繋げたい。既に退職をした人との繋がりをもちたい」といったニーズにまさに応える取り組みとなっていることが、社内で応援してもらえるポイントにもなっていると思います。
楠元:
私も、上司の支援という言葉に代表されると思います。「直感的に良いと思えるものはやってみたらいいんじゃないか」という空気が、少なくとも私が入社した2019年以降は生まれていると感じています。
辞めるときに絶縁関係になってしまうのはやっぱり悲しいことなので、「それを克服するためにやれることがあれば、失敗してもいいからやってみよう」ということが、われわれやアルムナイの面倒を見てくださった方の間に共通した想いとしてありました。
■後編はこちら

●インタビュアー:酒井 章(株式会社クリエイティブ・ジャーニー代表、キャリアのこれから研究所プロデューサー)
広告代理店を退職後、起業。同時に武蔵野美術大学造形構想研究科修士課程に入学。研究テーマは「先見の明のある人財のキャリアのデザイン、組織のデザイン、社会のデザイン」。同大学院修了後、引き続き京都芸術大学芸術研究科(超域ラボ)で現代アート視点から「働くひとの芸術祭」構想を研究し修了。

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