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「社会との懸け橋」アルムナイが、企業の存在価値を高める(後編)

インタビュー

企業

2024.1.12


終身雇用、年功序列に代表される日本的経営の形が変わりつつあり、更に人的資本経営の動きが広がる中、立ち上げの機運が高まっているのがOBOGといった卒業生によるネットワーク「アルムナイ」
今回はその代表事例として、先だって「ジャパン・アルムナイ・アワード2023・カルチャー変革部門」最優秀賞を受賞したトヨタ自動車アルムナイの取り組みをご紹介します。ここからは後編です。
◎お話しくださった皆さん
深江 堅允さん(人事部 車両系技術人事室)
楠元 太平さん(生産本部人事室)
松野 早久良さん(人事部 事技系人事室)
李 寛子さん(人事部 事技系人事室)
種林 萌子さん(生産本部人事室)
●インタビュアー:酒井章(キャリアのこれから研究所プロデューサー)

5.アルムナイの活動内容と反響
Q13:では、現在のアルムナイの活動概要についてお聞かせ頂けますか?
深江:
立ち上げが2022年の春だったのですが、最初はわれわれ事務局の知り合いから声をかけながら広げて、オンラインの懇談会をやったり、アルムナイの方々の話を聞く場を設けたり、アルムナイのインタビュー記事をコミュニティで発信したりしてきました。今年2023年7月に社外にオープンにしたことでぐっと登録者数が増えたので、これまでの活動を継続していきながら、初めて開催するオフラインでのイベントの準備をしているところです。コロナも明けたので、いろいろな交流の機会を作っていきたいと思っています。
松野:
その他には、コミュニティの中で、現在の会社の様子や採用に関する情報発信を目的とした様々なルームを立ち上げることで、アルムナイの方々にもっと参加いただけるようにできればと思っています。
インタビュー時の松野さん
Q14:いま、アルムナイと言えば、かなり「カムバック採用」が注目されていますが、その点で何か活動を予定されていますか?
松野:
「カムバック採用」は拡大の方向で会社としても動きを進めていますし、それもアルムナイの取り組みが大きく前進したきっかけとなっています。既に事例として増加しつつありますが、一度アルムナイコミュニティに入って頂いた方に「今のトヨタって昔と少し雰囲気が変わったな」「もう一度このような職場で働いてみたいな」と再びチャレンジしていただけるような事例が出ることが理想的だと考えています。現在の会社の魅力を如何にお伝えしていくか、キャリア採用担当と連携して検討しています。

Q15:カムバック採用で入られる方にどのようなことを期待されますか?
松野:
キャリア採用担当と話をしているのは、「以前のトヨタ在籍時の活躍ぶりだけではなく、社外に出てから得られたものに着目したい」ということです。実際に、在籍時と全く違う部署に応募される方もいらっしゃり、そのようなご活躍も会社としては非常に喜ばしいことだと考えています。
Q16:アルムナイの価値は、ある種「複眼の視点」のようなものかもしれませんね。社内の事も知っているし、社会のことも知っているので、両方の視点から期待できる人材かもしれません。では、立ち上げられて、アルムナイの皆さんと社員の方々の双方の反響はいかがだったでしょうか?
深江:
アルムナイの皆さんからの反響という点では、オフィシャルに会社が公認したという発信がおこなわれたことによって「本気度が伝わってくる」という声を頂戴したり、1ヶ月で200人ぐらいの皆さんに登録いただいたりしました。実はトヨタともっと繋がりを維持したい、機会があればもう一度働きたいと思っている方が多くいらっしゃったということがわかったことが、わかりやすい反響だと思っています。遠心力ばかり気にしていましたが、実はこんなに求心力もあったんだと率直に思いました。
社内に関しては、オフィシャルになったことによって、「若手が何か勝手にやっているぞ」ではなく、自分たちの仕事が認められてきたのかな、という感覚があります。また、社員の中にも「前からこのようなことが必要だと思っていたんだ」という想いでコミュニティの中に入る事例もあります。

Q17:「前からこのようなこと」とは、どのようなことを意味していらっしゃるんでしょうか?
深江:
辞めたら縁が切れることにずっと違和感があり、「外に出てすごく面白いことをやっている人たちや、トヨタに好意的な思いを持っている人たちともっと繋がれば、様々な可能性が広がるのでは」ということを前々から課題意識として持っている社員が結構いたのだと思います。
松野:
他にも「現場を見ている人事と我々のような本社の事務局がタッグを組んでやっていこうよ」という声が同じ人事メンバーからも挙がっているので、今後は社内のエンゲージメント施策などにも繋げていけるよう一丸となって取り組んでいけたら思っています。

6.多様性尊重・人を大切にする組織風土とアルムナイ
Q18:課題となっている社員の皆さんのキャリア自律についての影響などありますでしょうか?
松野:
アルムナイの取り組みに対する社内の認知がまだ十分ではありませんが、キャリアの選択肢を大きく拡大する方向への「会社としての覚悟」を示すメッセージになっていくと思いますし、そのメッセージを如何に丁寧に従業員に伝えていくかは重要だと考えています。
Q19:「会社としての覚悟」について、少し詳しくお聞かせいただけますか?
松野:
一度社外に出て、様々な世界を経験されて再びトヨタに戻ってくる、もしくは、トヨタで得たものを社会の様々な価値に広げていくという関係性をキャリアの選択肢の一つとすることが、これまではあまり会社としてオープンにはできていなかったと思います。アルムナイの取り組みが「会社の多様性尊重に繋がる」という従業員への大きなメッセージになっていると思っています。

Q20:今回、アルムナイを御社が実現した一つの要因としては、人を大切にする文化が元々あったところが大きいかなと感じています。その点はいかがでしょうか?
深江:
そうですね。どちらかと言えばウェットな文化を持つ会社で、そういう関係性だからこそ、仕事上の利害関係だけではない上司からの親心であったり、部下からの親しみであったりといった人間関係が元々あったと思います。逆にそれが一つの集団として強くなりすぎて、そこから出るのが裏切り行為のように見えていたところもあるかもしれません。人間関係がなかなか濃い会社だと思うので、「いい奴だから、これからも繋がろう」ということが普通に受け容れられる土壌があったのだと感じています。
Q21:このアルムナイの活動が、皆さんのキャリアにとってどのような意味を持っているのか、お聞かせ頂けますか?
松野:
私にとっては二つあります。一つは、入社したばかりで人事業務を全く知らない中、本活動に参画させてもらえたことで、現在の退職プロセスやキャリア形成の取り組みといった、自分の知識や視野を広げるきっかけになったと思っています。もう一つは、若手のうちから企画をする経験をいただいたことで「このような挑戦をしてもいいんだ」という意識付けにもなり、自分のキャリアにとって非常にありがたい経験だと思っています。
深江:
先にも述べましたが、アルムナイを企画しているときにメンバーで話し合ったのは、色々な選択肢がある中で「それでも自分はこのためにトヨタで働いているんだ」ということを一人ひとりが持てる状態がキャリアとしてあるべき姿、幸せな状態なのかな、ということでした。
アルムナイの皆さんの活動を知ることで、転職したり海外の大学院に行ったりするような情報も入ってきますが、その上で「自分は何のためにトヨタで働くのか?」を常に内省するきっかけになります。アルムナイという存在を通じて社員一人ひとりが自分のキャリアを客観的に捉えて内省し、その結果として納得感を持って幸せに働く人が増えることに繋がったら、それが一番望ましいことだと思っています。
李:
新卒採用をやっていると、学生から「トヨタと他の会社の違いは何ですか」とよく聞かれるんです。ただ、私自身がトヨタでしか働いたことがないし、何が他の会社と比べて優れていて、どこが劣っているのかを自分自身が肌感を持って喋れない、ということを学生とコミュニケーションしている中で感じてきました。アルムナイの活動を通じてトヨタの卒業生とコミュニケーションさせて頂きながら、フラットにトヨタの良さや改善点を知ることが、自分自身の成長にもなると思いますし、仕事にも還元できると考えています。
インタビュー時の李さん
種林:
アルムナイというコミュニティがあることが、退職を選択される方にとっても、トヨタ社内にいる人にとっても、キャリアの選択肢や視野を広げてくれる助けになるといいなと思っています。
私も前の会社を退職すると決断したことは、すごく重い選択でした。でも、「退職者にいつでも扉を開いている」ということを会社が伝えてくれることで、重苦しく考えすぎずに人生の一つの経験として別の仕事を経験して、またトヨタに戻って来てくれるような選択肢の広がりができたり、決断する人の心を軽くできたらいいなと思います。
また、トヨタ社内にいて「この働き方でいいのかな」と悩んでいる人にも色々な世界があるということを見てもらえるようになることで、もう少し働く人の心が軽くなるといいな、という思いがあります。

7.アルムナイの意味・今後の展望
Q22:これからアルムナイの活動について、どのようなことをしていきたいですか?
深江:
元々掲げていた方向性はぶれることなくやっていきたいと思っています。なので、まずは採用というわかりやすい切り口から社内外にアピールしていますが、それを皮切りに、キャリア教育や新しいビジネス面のコラボレーションにも繋げていきたいです。そのためには、いろいろな人がまず出会って交流する必要があると思うので、「こんな人がいる」という発信やイベントにもっと多くの人に参加して頂いて、何か生まれてくる機会をつくっていきたいですね。
松野:
私も採用以外のところで、ぜひこのコミュニティをもっと知ってもらえるような活動に取り組んでいきたいと思っています。そのためにも大事にしたいのは、「アルムナイの方に魅力と感じていただけるコミュニティか」ということです。「繋がれて良かったね」と思っていただける動きを加速させたいと思っていますし、その結果、アルムナイと従業員の関係性や交流がもっと生まれて、現時点では考えもしない様々な取り組みに繋がるものができたら嬉しいですね。
種林:
アルムナイが「トヨタの中にいる社員が外と繋がれる窓口になる」と思っています。トヨタの中で仕事している社員の人たちにも、もっとたくさん外の風が入ってくるようになったらいいな、と感じています。そのためには、まずは社内でアルムナイの認知度をもっと上げていく取り組みが必要だと思っています。
インタビュー時の種林さん
李:
「トヨタの社員が、より外に目を向けられるような機会」として活用したいと思っています。人事の若手のメンバーの話を聞くと「トヨタ以外の皆さんはどのような働き方をしているのか、どういう思いを持って働いているのか、そもそも働き方ってどんな感じか」に興味はあるものの、なかなか接点・交流の機会がないなと感じて来たので、外を気軽に見ることができる機会になったら良いなと思います。
Q23:最後に、アルムナイの活動を通じて、このアルムナイの価値というのはどのようなものだと定義されますか?
深江:
NHKの「プロフェショナル」みたいな感じですか(笑)。アルムナイって、本当にすごく幅広い領域に関わってくるものだなと改めて思っています。トヨタという会社があったからこそアルムナイという存在の人たちが現れたのであって、「トヨタという会社に入った縁があって良かった」と思ってくださる人が1人でも増えたらいいな、と思いますし、アルムナイがトヨタという会社が世の中から「ありがとう」といってもらえる1つの理由になればと期待しています。
松野:
社内と社外を繋いでいただけるような「懸け橋のような存在」だと思っています。これまで組織としてのトヨタは外との接点が少ない側面があったからこそ、トヨタを知った上で社外に出られた方の言葉というのは非常に現役従業員にとって説得力があります。そのような方々と繋がり続けられることはトヨタにとって非常に大きな価値ですし、アルムナイの方にも意義を感じていただけるのではないかと思います。
種林:
「トヨタと社会の共通言語を作っていく」ことだと感じています。私自身は入社して数か月ですが、仕事のやり方にも独自のものがたくさんあると感じています。外の世界とトヨタの両方を知っているアルムナイの方々の知見が集まることによって、共通言語のようなものが生まれて、トヨタと社会双方の理解が深まっていくところにアルムナイの価値があると思っています。
李:
「外の世界と繋がることができる一番近い存在」だと思いつつ、いい意味で、今後そこの切れ目がなく曖昧になっていくのかな、と思っています。変にトヨタの人・アルムナイの人ではなく、うまく混ざり合っていくと良いのではないでしょうか。
インタビュー時の李さん

〇インタビューを終えて(酒井)
本インタビューのキーワードのひとつが「求心力と遠心力」でした。企業を取り巻く事業環境、雇用関係の在り方が大きく変わりつつある中で「この会社で働く意味は何か、なぜ会社を辞めて行くのか」のせめぎ合いに、多くの企業や働く人が直面しているのではないでしょうか。アルムナイの取り組みは、そのせめぎ合いを改めて問い直す「メガネ」のような存在かもしれません。そして、そうしたアルムナイと言う存在の意味を本能的に強く感じているのは若い世代の皆さんかもしれません。
また、組織間、組織と人の関係性、組織と社会の関係性の断絶が広がろうとしているいま、アルムナイという取り組みは、それらを結び直し、新たな繋がり(在職者と卒業生、働く人と会社、企業と社会、本社人事と部門人事等)を再生する役割も果たしているのではないでしょうか。ともすればカムバック採用がクローズアップされていますが、アルムナイが問い直す本質に気付かされたインタビューとなりました。トヨタアルムナイの今後の発展をキャリアのこれから研究所は応援していきたいと思います。